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ボクの声

作者: ムラノ

誰か聴こえますか、ボクの声。

誰か聴いてくれますか、ボクの声。


人が行き交うこの路で、僕は7年前に歌い始めた。

路上ライブと言うやつだ。


中古でおじいちゃんに買ってもらった古びたギターを片手にここに通った。

有名になりたいがために。


テレビ番組で取り上げられるスターになって、友達に自慢して、有名人と仲良くなって…。

そんな夢をずっと見ていた。


でも、今はそんな夢は見ていない。

もうボクの声は失われたのだから。


ガンだった。


発見が遅れたのもあり、声帯を取ることとなった。

ずっと夢見ていた世界に近づくことさえ出来ずに、僕は…。


手術後気を落としていた僕を毎日気に掛けてくれていた人がいた。

ギターを買ってくれた僕のおじいちゃんだ。



いつもいつも励ましの言葉をくれた。

新しい趣味を探そうと色々な教室にも連れていってくれた。

毎日毎日…。


そして、昨日僕のおじいちゃんは亡くなった。

ずっと前から病気を患っていたらしい。

落ち込む僕に気を遣わせないように隠していたのだと親から聞いた。


おじいちゃん、僕は…僕はおじいちゃんにありがとうって言ってない。

僕をカーテンを閉めきった暗い部屋から連れ出してくれたこと。

僕に新たな楽しさを与えてくれたこと。


……僕にギターを買って夢を与えてくれたこと。



その思いを胸に今ここに立っている。

特に何かするために来たわけでもないが、おじいちゃんに買ってもらったギターを握りしめてフラフラとここにやって来た。


(もう、歌えないのにどうして。なんでここに来たんだろう。)


どうしようもない気持ちが複雑に交差し俯く。

すると、自分の足元に一つの影がとまった。



「あの、歌わないんですか?」



ゆっくり見上げると、若い女性が立っており年は僕と変わらないようだった。


彼女の質問に僕はゆっくりと頷き、喉を指差した。


「喉痛めてらっしゃるんですか?風邪とか?」


その質問にゆっくりと首を振った。

僕はズボンの右ポケットに手を入れ、中から単語帳を取り出した。

そして1枚目に書かれているものを見せた。


それを見た彼女は少し悲しそうな顔をした。


「すみません、声が…。知らずにとはいえ嫌な思いをさせてしまいました。本当にすみません。」


その言葉にまたペラペラと単語帳をめくり彼女に見せる。


『いいえ』

『大丈夫です』

『気にしないで下さい』


それを見て安心したのか彼女の表情は少し和らいだ。


「急に話し掛けてすみません。実は私貴方が何年も前からここで路上ライブしているのをずっと聞いていたんです。でも、認識されるのが恥ずかしくて、そこの角で隠れて聞いていたんです。」


彼女は照れくさそうに下を向き話を続ける。


「でも、急に貴方が来なくなって。時間がある時はここに来てたんですけど会えなくて。辞めちゃったのかなって……貴方の歌でいつも勇気貰ってたから寂しかったんです。そう思って諦めてたら今日貴方が立ってて………、でもずっと遠くを見つめててとても寂しそうに見えたから頑張って声を掛けてみたんです。迷惑だったらごめんなさい。」



僕はずっと誰にも聞いてもらえていないと思っていた。

無表情で過ぎて行く会社員。

迷惑そうにこっちをチラ見するおばさん。

友達との会話を楽しみながら帰る学生。

誰も僕を必要としていなかった。

そう思っていたのに…。


(角に隠れられてたら分かんないよな…)


ふっと笑みがこぼれた。

彼女は不思議そうにこちらを見る。


『迷惑』

『してない』

『ありがとう』


単語帳を見せると彼女は嬉しそうに頷いた。


「あの、それって貴方が作ったんですか?」

そう言って彼女は僕が持っている単語帳を指差した。



『いいえ』


単語帳で会話をしようとしたが合う言葉が無かったためスマホを取り出し、メモ機能を開けて文章を打ち込んだ。


『おじいちゃんが作ってくれたんです。よく使うかもしれない言葉を単語帳にたくさん書いてプレゼントしてくれたんです。』

『探すの面倒だしスマホのメモ機能あるから別に必要じゃないんですけど、おじいちゃんすごい自慢気に渡してきて。家にはもっとありますよ。』


彼女はクスクスと笑う。


「それでも、大切に使ってるんですね。面倒ならずっと使わないでしょうし、おじいちゃんのこと大好きなんですね。おじいちゃん喜んでるでしょう?」


その言葉に胸が刺さる。


『これ使うの初めてなんです。』

『手術してから落ち込んで、こんな風に家族以外の誰かと会話するのは初めてで。』


それを見せて少し悩んでからまた文字を打つ。


『実は昨日おじいちゃんが亡くなったんです。それで、何故かここにおじいちゃんに買ってもらったギターとこの単語帳を持って来てたんです。自分でもなんでここに来たのか分かってないんです。おかしいですよね。』


ぎこちない笑みを浮かべながら見せると、彼女は優しい笑顔を自分に向けた。


「ここに貴方が来たのはおじいちゃんに元気な姿を見せたかったんじゃないですか。自分は大丈夫だから心配するなって。おじいちゃんに自分の声を聴いて欲しくてここに来たんじゃないかなって私は思いますよ?」



(僕の声…)


「貴方が声を出せなくても心の声ならギターの音と一緒に届けれるはずですよ。って、なんかキザなこと言ってますね私!」


(あぁ、そうか。僕はおじいちゃんに僕の気持ちを…声を届けたくて、聴いて欲しくてここに来たんだ。)


僕はここに来た理由に気付き術後初めて心の底から笑った。


『そんなことない。ありがとう。』

『僕は歌いに来たんだ。声は出ないけどおじいちゃんに僕の声を届けるために。今から歌うよ。』


(あ、そうだ…。)


『今日はここで、目の前で聴いてくれると嬉しいな。』


照れながら見せると、彼女は笑いながら頷いた。



また僕はここに立ってる。誰も僕の事なんか気にしてない…。

いや、今日は違う。

今日は聞いてくれる人がいる。

それに、おじいちゃんもどこかで聞いてくれているはずだ。


おじいちゃん、ありがとう。



傷の入った古びたギターをひき、声は出ないが必死に歌う。

周りのごく一部の人達は口パクで路上ライブをする男を異様とし、足を止める人もいた。


歌詞は誰にも分からない。それでもおじいちゃんへの想いをひたすら曲にのせた。


歌い終わり、僕の気持ちはとても晴れていた。

もう観客は彼女しかいなかったが、それでも満足だった。

だが少し恥ずかしさもあり、照れながら彼女の方を向くと彼女は大粒の涙を流していた。


「ごめんなさい、気にしないで下さい。これはただ単純に貴方の歌に感動したんです。歌詞は分からないけど、それでもとても感動して。私にも聴かせてくれてありがとうございました。」


そう言って深く彼女はお辞儀をした。


泣いている女性になんと声を掛けたら良いか分からず、自分の女性経験の無さを恨んだ。そして、


『こちらこそありがとうございました。貴女のおかげでおじいちゃんに声を届けることができました。感謝しています。』


と、彼女に見せ深々と頭を下げた。


その後場所を移動し喫茶店で彼女と色々話をした。

その中で、彼女も歌手を目指し頑張っていると知った。

同じ夢を見ていたとしりとても嬉しくなって話が弾んだ。


そして時間も遅くなりそろそろ終わりにしようとした時彼女は深刻そうな顔をし口を開いた。


「貴方には酷い事かもしれませんが、私と一緒に音楽をやりませんか。今日貴方の歌を聴いて一緒に歌いたいって強く思ったんです。貴方が声を出して歌うことは出来ないけど、それでも届くはずなんです。これから私と音楽やってくれませんか?」



ずっと夢みていた

でも諦めるしかなくて

また同じ夢を見ていいのだろうか…




(いや、ダメだ。同じ夢は見れない。)




僕は彼女の目をまっすぐに見る。


『僕は前みたいに夢を見ることはない。』


『前はスターになって有名人と仲良くなって、友達に自慢したいがためだった。そんな夢を見てた。』


『だけど今気がついた。今までは見るだけで終わってしまっていた。僕は夢を追いかける。必ず辿り着く。今度は自慢したいからじゃなく、自分の声を届けるために。』


『だから、』


僕は慌ててズボンの左ポケットに手を入れる。

そこには別の単語帳が入っていた。

開けたことはなかったが、これはおじいちゃんが口に出しながら書いていた。


(どこかに、どこかに書いてあるはず…。あった!)


彼女は不安そうに見つめる。


(だから…、)


『一緒に』

『音楽』

『やりたいです』

『夢を追いかける』


単語帳を彼女にめくって見せるとそれを手に取り指でなぞった。


「夢、一緒に追いかけましょう!必ず私達なら辿り着けます!」


店内に響き渡る声で彼女はそう言い放ち、他の客や店員の視線に気付いて恥ずかしそうにしたが、その目はとてもやる気に満ちていた。


僕は単語帳をめくり僕の声とともに彼女に見せた。


『ありがとう』

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