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1話 誕生日

黒原 怜 (リョウ・クロハラ)

 本作の主人公。地球の高校3年として普通の生活を送っていたが、ある日突然自宅で謎の光に包まれ、異世界に召喚される。


「あれ……?ここは……」

 目を開けると、そこには深い森が広がっていた。

「って、なんじゃそりゃ!?」

 記憶が正しければ、俺はさっきまで家にいた筈だ。

「夢……か?」

 こんな状況、本来なら夢である事以外に考えられない筈だが、肌に感じる風や吸い込む空気、地を踏む感触は、とてもそうとは思えないほど現実的だった。

「……えーっと、とりあえず携帯」

 黒い長ズボンのポケットをまさぐり、愛用のスマホを探す。

 無い。

「あ……そうだ、シャワーの時机に置いてそのままだった」

 思い出して後悔する。まさかこんな事態になるとは。

「てか、やっぱ夢にしちゃ忠実すぎるよな」

 携帯を持っていない事すら記憶と同じであり、服もさっきまで着ていた物と同じだ。

「だとしたら、何でそんな状況で森にいるかが問題なんだけど」

 幸いにも、履き慣れた灰色のスリッパを着けていた為、素足で土を踏む事にはならなくて済んだ。

 瞬き、改めて周囲を観察する。

 都会住みには馴染みがない密集した深緑の木々。

 重なる枝葉の隙間から木漏れ日が地に注ぎ、明るく暖かい。

「ちょっと待て、部屋にいる時は夜だった。間違いない。寝落ちした感覚もない……はず」

 青い空に、見たことのない植物たち。

 その後も暫く周りを眺めていたが、自分が何故そこにいるかも分からない時点で状況の把握もしようがない。

 ここが本当に森の中なら、方角が分からず荷物もなくとても危ない状況だが、結局はリアルな夢と片付ける以外に説明がつかない。

「……でも」

 俺の記憶にはここで目を開ける前、最後に家であった事が鮮明に残っている。

 謎の現象に巻き込まれた瞬間の恐怖と、まるで世界から切り離されたような感覚。

 そして、今はこんなにリアルな知らない場所に立っている。

「まさか、ね」

 そんな状況に連想して俺が思い浮かべたのは、俺の好きな架空の物語だった。

 主人公が突然違う世界に飛ばされ、その世界で多くの力を持ち、活躍し、褒め称えられ、時には恨まれ、時には苦戦し、時には悩みながら紡ぐ物語。

 例えばそれは、異世界転移とか転生とか呼ばれるものだ。

「……なーんて、な」

 俺は普通の高校生だ。

 勇気があると人から言われる事はよくあるが、飛び抜けて凄い事が出来るわけじゃない。

 巫山戯た事を考えるのはこの辺でやめよう。それより、人口の道か目印でもないか周囲の確認を――

「あれ?」

 歩き出そうとした時、自身の身体に違和感を覚えた。

「なんか……身体が軽い?」

 思った通りに、瞬時に身体が動く。足を前に出そうと思えば、一切の間隔もなく思った場所に足が着く。それでいて、小足で歩いている時のような、速度を抑える故のもどかしさに似た感覚すらある。

「まさか本当に……いや……」

 そんな、妄想のストーリーが現実に起きると本当に信じてるのか?馬鹿らしい。

 そう自分に言い聞かせる。なのに、胸の高鳴りが収まらない。

 この感覚が間違いでないのなら、全力を出してみたら、どんなことができる?

 少し息を吸って、膝を軽く曲げる。

 それから思いっきり力を入れて、地を蹴った。

「わっ、ぷ」

 頭に何かが被さって、視界が暗くなる。と思えば、次の瞬間には眩しくなった。

「え?」

 突然切り替わった視界に、思わず困惑の声が漏れる。さっきまで周囲に生い茂っていた植物は消え、どの方向を見ても青空しか目に映らない。

 頭を手で払うと、髪に引っかかった何枚かの葉っぱが触れて、すぐ離れて落ちた。

 ひらひらと、風に揺られて落ちていく葉っぱを目で追う。

 葉っぱが自分より下に落ちていく。俺は、どこにも足を着いていない。下には、薄緑の海があった。

 俺の下には、同じように落ちていく葉っぱが何枚もあって、

 葉っぱは薄緑の海に飲まれ、同化して、見えなくなった。

 そこでようやく気付く。薄緑の海は、さっきまで見ていた木々だった。

「って、わあああああああ!」

 それを認識した瞬間、落下が始まった。ゆっくりと落ちてゆく葉を追い越し、木々と、その下の地面が迫る。

 やばい! 死ぬ!

 無意味に手足を動かすが、空気を掻くだけで何も出来ない。

 せめて頭を上にしようと、姿勢制御を試みる内に、木々に突っ込んで視界が暗くなる。

 いくつもの枝を折りながら落下し、少しだけ速度が緩くなるが、結局止まりきらず、尻から地面に直撃した。

「痛ってて……い、生きてる」

 重症を負わずに済んだ幸運に感謝して、尻を軽く擦りつつ立ち上がる。

「今起こったのって……本当に」

 飛んだ、俺があんな高さまで。

 現実とかけ離れたそんな出来事が、当たり前のように起きた。

 それなら、これは本当にそういう事なのか。

「異世界転移」

 呟くようにその言葉が出た。

 自分を創作に当てはめるなんて、誰もが鼻で笑うような思考。

 それなのに、この状況全てが、まるで世界が、その言葉を肯定するように感じた。

 足を前に出す。今度は全力で、これまでの常識に合わせた制御なんてしない。

 走り始めると、景色が凄い速度で後ろに移動していく。

 車を超える速度で走りながら、目の前に迫る木々は、一つも当たることがない。

 感覚に身を任せ、身体を捻り、回し、跳ね、幹を避けながら、飛ぶように森を走り抜ける。

 気持ちいい!最高に楽しい!

 何処へ行こうとか、どうしてこんな事が出来るのかとか、考えようとも思わなかった。

 並び立つ木々の間を抜け、更に先へ――。

 突然、森の一部では無いものが視界に映って、俺は思わず足を止めた。























 私は、何故自分が危機に陥ったのか理解できなかった。

 森の間を通る道とはいえ、高魔力地帯はここよりずっと西。

 北と南の街を、ほとんど真っ直ぐに繋ぐこの道は、商人や冒険者が通過するのを日に一度は見る。

 脅威としても、獣か、獣に似た弱い魔物が森から迷い出ることがあるのと、ゴブリンが襲撃してくることが稀にある程度。

 安全と言えば誤りになるが、最低限の装備、護衛を念の為連れていれば問題はない。

 そんな道で、それでも周囲を頻繁に魔力視で警戒しながら荷馬車の護衛を務めていた冒険者の私達にとって、危機など有り得ないと言っていい状況。

 それなのに。

「くっ………炎よ!」

 指先から魔力を放出すると、それは炎となって、迫る小柄な魔物を包み込む。

 だが、噴き出す炎の内にいて尚、形を留め、こちらに向かってくる。

 叫び声を上げ、身体を焼きながらも数歩進み、やっと倒れて光となって消えた。

「ほんと、なんなのこいつら?」

 ゴブリン、のはずだ。

 しかし明らかに普通ではない。普通のゴブリンは、あそこまでの耐久力や速度を持っていない筈。

 それに、数も異常だ。いくらゴブリンが数に優れる魔物と言っても、巣の近くでも無ければ一度に遭遇するのは数体、多くて十数体といった所だ。それが三十を超える数で、半数ずつ左右から攻撃して来る。

「ミレア! まだ、いけるか?」

「ちょっと、厳しい……かも」

 牽制として断続的に細い炎を放ちながら、荷馬車の向こうから聞こえる声に、なんとかそう返す。

 火の魔法を得意とする私は、本来ならば前衛を盾として魔法に意識を集中させ、遠距離から攻撃するのが定石のはずだった。

 しかし、ここまで大量の敵に左右から迫って来られては、三人の前衛で守る事は不可能だ。

 小規模な魔法で目の前の敵をどうにか減らす事しか出来ず、仲間と連携する暇もない。

 何より、荷馬車の中には無防備な商人がいる。

 四人で守るとなれば、一箇所に人数を集中させることは出来なかった。

 そもそも、このゴブリン達はどこから出て来た?

 魔力視は障害物越しでも生物を見ることが出来る。完全な精度とは言えないものの、それでも展開していればここまでの量の魔物を見逃す筈がない。

 というより、魔力視を通してすら突然現れたように見えたのだ。

「ああ、もう!」

 しかし、いくら不思議に思ってもゴブリンは実際にここにいて、今が危険な状況であることは変わりない。

 街を移動するついでに引き受けた、簡単な護衛のはずだったのに。

 これなら、高魔力区域に近い依頼とあまり違いはない。

 それにこれを生き延びても、ただ通過するだけの護衛と同じ報酬量。割に合わない。

 そんな事を考えてみるけど、正直生き残れるかも不安だ。

「っ危ない!」

「え?」

 声に反応して振り返ると、ゴブリンの持つ鉄の刃が目の前まで迫っていて――

「っ!」

 すんでのところで、後ろに躱すことが出来た。しかし、接近戦に慣れた戦士でもない彼女は、無理に身体を捻ったことでその場に尻餅をついてしまう。

 彼女が顔を上げた時、既にゴブリンは手に持つ粗雑な鉄の刃を構え直している。

 立ち上がる隙もなく、彼女の眼前に刃の先端が迫る。

 生命の危機を悟り、彼女は世界がスローになったように感じた。

 避ける?もう間に合わない。

 魔法?すぐには放てない。

 仲間……も、自分の近くの対処が限界でこっちを見てない。

 ……あ、終わった。

 不思議と、自分に迫る死がまるで他人事のように感じる。

 死ぬ時はこんなものかと、妙に冷静に考えている。

 こんな場所でゴブリンに殺されるなんて、自分でも本気で受け止められていないのだろうか。

 でも、冒険者があっさり死ぬなんて、よくある事。

 分かっていて、自らこの道を選んだのだ。

 私は、物語の登場人物じゃない。

 窮地に陥ってもぎりぎりで助けが来るなんて事は無い。自分でどうにも出来ない状況になったら、そこで終わりだ。

 私はどうすることも出来ず、迫る刃の先をただ眺めて――

 ……あれ?

 仲間はこっちを気にしてなかった。声を掛ける余裕もない筈だ。

 じゃあ、さっきの警告は誰が――

「…………え?」

 突然、目の前に近付いていた刃が、それを持つゴブリンの身体ごと消えた。

 そして、代わりにその場所には人が拳を突き出して立っていた。

「うぉ、すっげ……これ全力はやばいな」

 男は腕を引っ込めると、感覚を確かめるように開いたり閉じたりしながら何か呟いている。

 少ししてから男は振り返ると、脳の処理が追い付かず、呆然としている私に手を伸ばしながら話しかけてきた。

「危なかった、大丈夫ですか?」

 その姿は、まさに物語の主人公のようだった。
















「…………ええ、ありがとう」

 尻餅をついていた少女が俺の手を取って立ち上がる。思わず手を貸していたが、力加減を間違えて握り潰すなんてことにならなくて良かった。

 この力には、正直まだ慣れていない。

 少女に大きな怪我は、見たところなさそうだ。

 しかし、綺麗な青いローブが土で汚れてしまったな。

 その原因である緑肌の怪物は、俺が胴を殴ると少し浮く程の衝撃を受け、後ろの仲間を巻き込んで倒れていた。

 複数体重なって倒れた為、上手く立てずに暴れている。

 その事態につられてか、突然出てきた俺が注意を惹いたのか、殆どの緑肌がこっちに注目していた。

「……初っ端からハードだな」

 でも、それを乗り切れるだけの力があることは自覚してる。

 取り敢えず、自分の心配よりも……

「すみませーん! そっち、もう暫く任せられますかー?」

 こっちから少し離れた場所と、馬車の反対側にいる、鎧を着けた男達に声を掛ける。

 彼らは、こちらに気を取られた緑肌達を斬り伏せていた。

 重そうな鎧を着ているが、それでも滑らかに動いて隙のある敵に攻撃を加えつつ、自らに向けられた刃を避けている。

「援護か! 助かる! こっちにミレアの支援は頼めそうか?」

 馬車の向こう側にいる男が一瞬こっちを向いて、言葉を返してくる。

「うん、いける! 貴方は向こうが片付くまで、ここのゴブリンを任せられる?」

 助けた少女はミレアという名前らしい。ついでに、緑肌の怪物はゴブリンか。彼女にそう聞かれるが、これくらいならむしろ……

「余裕だ!」

 彼女がその返答を聞いて向こう側に走り出したと共に、俺は距離を置いて警戒しているゴブリン達の集団に向かって駆ける。

 先頭のゴブリンが右手の剣を構えるが、その動きはとても遅く感じる。

 それに、身体の動かし方が自然に分かる。

 剣を横に薙ぐ瞬間、姿勢を低くしてそれを躱し、走った勢いのまま顎に右の拳を叩き込む。

 骨を砕く感触が腕に伝わり、ゴブリンは即座に光の塵となった。

 息をつく隙もなく、倒したゴブリンの後ろから槍を持った別のゴブリンが現れ、左右にも他のゴブリンが集まり、俺を囲むように回り込んでくる。

 取り敢えず、正面から!

 突き出してきた槍を右に避け、柄を掴んで引くと、ゴブリンは体勢を崩す。

 こっちに怯んだゴブリンの腹を蹴り飛ばす!

 衝撃に力が抜けたゴブリンが槍を手放し、奪うことに成功し……

バキッ!

「折れた!?」

 木と鉄でできた粗製の槍はゴブリンから引き抜いた衝撃で呆気なく折れ、武器を手に入れようとする試みは失敗した。

「って、あっぶ!」

 息をつく間もなく、別の攻撃が左右から迫る。

 首を狙った一閃に屈んだ瞬間、短剣が左右から同時に胴を狙って突き出される。

 前後に躱すのは間に合わない。なら、上!

 足に力を込めて、地を蹴る。

 身長の2倍程の高さまで跳躍し、一瞬姿を見失った槍持ちゴブリンの頭上に向けて急降下。

 勢いを利用して脳天を踏みつけ、衝撃を与える。

「っとと!」

 頭に足を着いた為、一瞬転びそうになるが、何とか立て直して今度は頭から跳躍、集団から離れた所に着地した。

「一生で初めてこんな動きしたな」

 しかし、息をつく暇はない。少し距離が離れたとは言え、数歩近付けば槍は届く。

 だが、こっちの方向にいるゴブリン達は全員俺を向いてる。馬車より、俺を優先して攻撃対象に選んだようだ。

 馬車を気にしなくて良いと捉えるか、より大変になると考えるべきか……

 まあ、どっちでもいいか。

 実は、結構楽しんでるんだ。


















「あっちは言葉通り余裕そうね」

 彼は身一つで多数の敵に飛び込み、圧倒している。

 こっちの仲間も頑張ってくれているし、これなら魔法に集中する時間は十分に作れる。

 私は周りを気にするのをやめ、自分の内側に全ての意識を向ける。

 身体に巡る力を感じる。想いを叶える偉大な力。

 私は炎が欲しい。敵を焼き尽くす大きな炎。

 私は手からその力、魔力を放出する。

 熱く輝く炎のように勢いよく、強く、力を発し続ける。

 魔力は手から離れた瞬間、熱を帯び、光を発し、実体を持った"魔法"となる。

「離れて!」

 声を聞いた仲間の三人が後方に退くと同時に、魔法がゴブリンの群れに襲いかかった。

 たちまち先頭のゴブリン達が火に飲まれ、見えなくなる。

 炎はそのまま群れを喰い付くすように伸び、後方のゴブリンまでも次々と飲み込んでゆく。

「っ!」

 実体を持った魔法は、私自身にも影響を及ぼす。

 熱と光で目が痛い。手の先が熱い。

 でも、まだゴブリン達を焼ききれてはいない。

「はああああああああ!」

 このまま魔力が枯渇するまで放ち続ける!

 後を考えようがここで倒し切れなかったら意味がない!

 激しい炎の中で、尚向かって来ていたゴブリン達のシルエットが、徐々になくなっていく。

 眼前のゴブリン達が全て消えるのと同時に、魔力を全て放ち尽くし、炎は黒煙を残して消えていった。

「はあ……はあ……どう、にか」

 体内の魔力を全て放出し、全身を脱力感が襲う。

 これで1日は魔法を使えなくなった。

 だが、一方向のゴブリン達を殲滅出来たのは大きい。

「向こう、側は?」

 助けてくれた男と、もう一人の仲間が守っている方向。あちらは大丈夫だろうか?

 私はもう何もできないけど、こっちの二人が行くまで耐えてくれれば少しは余裕が……

「炎よ! だっけ?」

 どこか気の抜けた声と同時に私の目に映ったのは、魔法士の私が驚く程に大きい炎だった。






















 どうしたものか。

 さっきは余裕とか楽しいとか言ったけど、俺が集中的に狙われ始めてから、なかなか致命打を与える隙がない。

 回避に紛れて殴ったり蹴ったりはしてるが、怯ませるだけで数を減らすには至らなかった。

 いくら身体能力が上がっていても素手で戦うのは辛いと思い、ゴブリンから武器を奪いもしたんだが、こいつらの肌を貫こうとすると壊れてしまった。

 こっちにいるもう一人の鎧着た人も、俺を助けようとはしてくれてるけど、ゴブリン達はかなり頑丈なようで、致命傷以外では身体を何度斬りつけられても活発に動いている。

 あのしっかり作られた剣でもあまり効かないとなると、木や錆びた鉄の武器では絶望的だ。

 俺自身は問題ないにしろ、このままじゃ時間が掛かりすぎるな。鎧の人も疲れが見えてきてるし。

「離れて!」

 ミレアさんの声と、その少し後に大量のゴブリンの悲鳴。

 向こうで何か起こった?

「邪魔だ、この!」

 近くのゴブリンを殴りつけ、ミレアさんのいる方を確認する。

「はああああああ!」

 叫ぶ彼女の手の先から、炎が吹き出ている!?

 大量のゴブリンを容易く燃やし、すごい勢いで数を減らしていく。

 すっげえ……あれって、魔法?

 あんなのどうやって撃つんだろう?

 俺もあれが使えれば、こいつらもすぐ倒せるんだろうけど。

 近くにいるゴブリン達の攻撃を避けながら、まだ炎を放ち続けているミレアさんを観察する。

 …………なるほど。彼女の手に、全身から何かが集まっているように感じられる。それが手の先で炎に変換されてる……って感じか?

 変換されてるものは何だ?見えない大きな力がある。

 あれがあるのは彼女の身体の内側だけじゃない。意識した瞬間、空気にも、ゴブリン達にも、道に生える草にも、そして自分にも、その力があるのが感じられた。

 これは……

「っと! 危ねえ!」

 ミレアさんの魔法を観察していたら、後ろからの攻撃をまともに食らう所だった。

 短剣による突きを屈んで躱して、振り返りながら足払いをお見舞いする。

 すぐに体制を戻し、距離を取ると、転倒したゴブリンは追い縋ってきた別のゴブリンに踏みつけられて光の塵になった。

 俺の前にはまだ十体以上のゴブリンがいる。このまま戦っていれば、苦戦するだろう。

 荷馬車の反対側も気になるし、出来るならばすぐにでも決着をつけたい。

 俺にあれと同じことが出来るなら、それが可能だ。

 出来る。不思議とそう確信できた。

 さっき彼女がやってたのと同じイメージをすればいい。

 目の前のゴブリン全員を焼き尽くすイメージを、攻撃を避けながら作り上げる。

 さっき感じた身体に巡る力を手に集める……ええと、こうか。

 力は意識に従って動くような感じがした。これまでその力を感じたことはなかったのに、自然と動かし方が分かった。

「鎧の人! ちょっと離れててくれ!」

 とか言って出なかったら恥ずかしいけど、一応声を掛けておく。

 鎧の人は一瞬戸惑うような素振りを見せたが、すぐに何をするか理解してくれたようで、視界から外れるように動いてくれた。

 あとは放つだけだ。

 で、最後になんか言ってたっけ? 確か、ええと……

「炎よ! だよな?」

 瞬間、彼女の出していた炎を上回る業火が、俺の手から一気に吹き出した。

「あつっ! マジで出た!」

 業火は一瞬で全てのゴブリンを包み込み、さっきまでの戦闘の意味を問いたくなるほどに呆気なく焼き尽くし、尚も暴れ続ける。

 力の放出をやめると、手の平に熱を残して業火は止まった。

跡には、焼け残ったゴブリン達の装備の残骸と、真っ黒になった草が残されている。

「凄いな……」

 俺の手でこれをやったのか。出来ると思ってやった事ではあるが、人間一人でこれだけの事が出来るのか。

「終わった、の?」

 魔法の跡を眺めていた俺は、後ろから歩いてきたミレアさんの言葉で両方向の戦闘が終わった事を知った。






「戦闘は無事終わりました。もう周囲に魔物は確認できません」

 鎧の人の一人が馬車の中に向かって声を掛けている間、他の三人がこっちに集まって来た。

「貴方が来てくれなければ死んでいたわ、ありがとう。私はミレア・ライリス。荷馬車の護衛中に襲撃を受けてしまったの」

 ミレアさんが名乗って、そういえば仲間との会話を聞いて一方的に知っただけだったと思い出す。

「俺はコウ・サガストだ。こっちがシン・コーギア、向こうにいるのがワタリ・トナク。感謝している。」

「ありがとう。この恩は忘れません」

 鎧の人達の内、こっちで一緒に戦ってたコウさんが他の二人も紹介してくれた。

 戦闘中は兜で顔が見えなかったが、今は外している。

 ミレアさんは赤髪、コウさんは銀髪、シンさんが緑、ワタリさんが黄色と、みんな個性的な髪色をしていて、ファンタジー感が強い。

「しかし、驚いたな。まさか近接戦闘と魔法を両方こなすとは。俺は初めて見た」

「それに魔法の威力も桁違いだった。貴方、どこの冒険者?」

 ミレアさんがそう問いかけてくるが、多分今の俺は何を聞かれても答えられないと思う。

「あー……その……」

「あ、無理に言う必要はないわ。恩人に詮索はしたくないもの」

 だが答えに詰まっている俺を見て、ミレアさんが気を回してくれた。ありがたい。

 しかしこういう時、ラノベの主人公ってどう対処してたっけな?

 突然別世界に移動して、人と不審感を持たれずに会話するって滅茶苦茶ハードな気がする。

「皆さん!」

 そこで、馬車の商人と話していたワタリさんがこっちに戻ってきた。

 表情と声音が分かりやすく明るい。

「想定外の事態に対処してくれた礼として、護衛完了後に依頼外の報酬を頂けると!」

 そう伝えると、ワタリさんはこっちを向いて、

「それから、そちらの方にも報酬をくださるそうです」

 へえ、俺のことも言ってくれたのか。報酬って、金……でいいのかな?

「おお、ありがたい! 流石、レモク殿は太っ腹だ」

「というか、それでようやく普通って感じだけどね。こんな護衛依頼で魔力使い果たしたのよ?私」

「ならミレアさんとそちらの方の魔法には大いに助けられましたから、僕の報酬はお二方に譲ります」

 え、俺にも?

「いや、俺はいいよ。てか、貰えること自体に驚いてるくらいで」

「私もいいわ。ていうか、貴方だって頑張ったでしょ。そういう気の使い方はやめなさい」

「そうですか……まあお二方がそう言うのなら」

 鎧を着けている時は少し怖かったが、皆いい人だな。

「それにしても、仲いいんですね」

「私と三人は同じパーティではないんだけどね。活動範囲がほぼ一緒だから、同じ依頼を受ける事がよくあるの」

 それで全員同じ鎧なんだろうか?

 全身鎧の剣士三人パーティか。硬派だな。

「さて」

 ワタリさんがそう言って、俺に話しかけて来た。

「貴方は、何か別の用事をお持ちですか?出来れば南の街までご同行してもらい、私達と一緒に報酬を受け取って頂きたいのですが、別の用事があるのであれば引き留める訳にはいきません。その場合でも、後に機会があれば報酬はお渡ししたいですが」

「いや、大丈夫だ。同行させてもらえると有り難い」

 むしろ、行くあてのなかった俺にとっては渡りに船だ。

「決まりだな。じゃあ、半日もない道のりだが、改めて宜しく頼む」

「こちらこそ、宜しくお願いします」

 コウさんにそう返答して、俺はこのパーティに加えてもらえる事になった。

「そういえば貴方、名前は? 言えない事情でもあるかしら?」

 ああ、俺は名乗ってなかったな。

 少し失礼だったかもしれないと反省しつつ、本名をそのまま告げるか一瞬迷う。

 俺の名前は、ここにいる人達と比べると思いきり浮いているように感じる。

 だが……まあ、いいか。

「俺は、リョウ。リョウ・クロハラだ」

 俺は名乗った。

 この世界で、俺の名前を。

「リョウ、ね。よろしく。じゃあ、取り敢えずこっちに来て」

 ミレアさんはそう言って馬車の方に歩いて行き、それに他の三人も続く。

 俺も一番後ろから付いていく。


 これは、宣言だ。

 俺は今日、今この世界で名を名乗った。

 俺はこの世界に認識され、一部になった。

 これから、ここから始まる。

 今日が俺の、誕生日だ。

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