圧倒的に足りない緩衝材
シグさん曰く、先日の騒乱を切っ掛けに、退屈していた本たちが暴れ始めたそうだ。この段階で俺の頭は処理不能を訴えたが、何てことない顔でシグさんが続けるものだから、平気なふりをして相槌を打った。本が退屈って、暴れるって、本ってそんな獰猛な存在だったっけ?
回収する本は、本のまま隠れるもの、逃げるもの、先ほどのように書かれた内容に化けるもの等々、その表現方法は多岐に渡るらしい。また、無害を装って本の中へ引き摺り込むものもあるとか。七不思議かよ。そのため今現在図書館は立ち入りを禁止しているそうだ。
何より、これまで静かに憮然とした顔をしていたルイが、全ての本を集め終わり、改めて浄化すれば図書館としての機能を取り戻すと聞いた瞬間、俄然やる気を出した。こんなにもやる気に満ちているルイはそうそう見ない。ベルも驚いて三度見していた。俺だって三度見した。写真撮って副隊の土産にしようかと思った。
最後に、それぞれの武器に先ほどのような幻視に対して物理で殴れるよう補助を受け、戦闘に対する注意事項を聞いた。相手は幻視であろうと本であるため、火や水などの術の使用は禁止。本が汚れるような技も禁止とされた。結構な縛りの要求に、人選ミスなのでは? 我が隊の格闘家連中を思い浮かべた。
「それでは、僕はここで待ってますので、本を回収したら、ここまで持ってきてください」
「ええっ、シグさん来ないんですか!?」
「僕は結界役なので……」
残念そうに眉尻を下げたシグさんが、図書館全体に結界を張り、本が逃げないようにしているとの旨を話し、益々本について疑心を深める。俺の知ってる本、逃げたりなんかしない……
「任せてください。全ての本を集めてきます」
「おい、早くしろ。僕は行くからな」
穏やかな顔でシグさんに微笑みかけていたベルの笑顔が、ぴしり、一瞬強張る。捕獲リストと図書館の見取り図とを見比べていたはずのルイは既に扉を潜っており、依頼人から背を向けたベルが仄暗い顔をした。かつかつ、彼のブーツの音が高い天井に反響する。
「ジョンさん、行きますよ」
「あ、はい」
苛立ちを押さえ込んだ固い声に、やっぱり緩衝材足りないんでないの? 静かに心の中で悪態をついた。