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カオスの館

ある意味、前作『ナイデンヌの妖女』の続編です。時代背景とかは別の『エロエロンナ』シリーズと繋がっていますが、知らなくても全然平気です。


 港湾都市エロエロンナ。

 ポワン河口にある都市で、妖精語で『波瀾万丈な』都市との意味がある。

 運河が縦横を走る、大規模な交易都市であり、様々場所から訪れる者達から、異国情緒な雰囲気漂う活気ある場所であった。

 その一角に、カオスの館があった。


「だぁーっ!」


 カオスの館と言う名ではあるが、外見は普通の町屋である。

 それは住人が付けた渾名であるのだが、その主、ラムザス・ナーハンは雄叫びを上げていた。

 彼の恋人。いや、内縁の妻と言った方が良いのかも知れぬが、ハルピュイアのメカールがその原因である。彼女はいつもの通り、遊んでいた。


「どしたの?」


 そう尋ねるハルピュイアは魔物である。

 知性を持った種として認められた魔族では無い。簡単な言語は理解するが、それが知的な何物にも結びつかず、本能に頼った行動が多い魔物に分類される種なのだ。


 人間の頭部を持つが身体の大部分は鳥だ。胸の部分は豊かな乳房があるが、これは人間や亜人を欺瞞する擬態に過ぎない。大体、ハルピュイアは卵生で哺乳類では無いからである。


「遊んじゃ駄目だって言ったろうが」

「そうだっけ?」


 ラムザスが作りかけていた『作品』は、メカールによってバラバラにされていた。

 何か、整った物があると壊したくなるのはハルピュイアの本能なのだ。

 例えば、晩餐の席があるとすれば、空から食卓目掛けて降下して料理は汚く食い散らかし、食器を割り、更にその場で脱糞すらする。

 神話や英雄譚にもハルピュイアは異様に汚く不潔で、そして道徳的に退廃した種族であると記されている通りなのだ。


「うん、駄目」

「分かった」


 メカールはそう答えるが、怪しい物である。

 と言うのも、ハルピュイアはいわゆる鳥頭なのだ。


 彼女と似た種族にセイレーンと呼ばれる半人半鳥の者達が居るが、こちらは魔族であり、きちんと物の道理を弁えている。そしてハルピュイアと自分達を同一視される事を嫌っていた。

 曰く「あんなのと一緒にして欲しくない」と本当に嫌悪している。人間に例えると『猿とヒトを同一視する様な物』であるらしい。

 セイレーンは【魅了の歌】を使えるだけあって、作詞・作曲する文化を持っており、道具を使ったり、魔導を学習する力もあるからだ。

 言われた事を覚えられず、数分で忘却してしまうハルピュイアとは明らかに違うのだ。


「駄目だよ」

「しつこいよ。あたし、遊びに行ってくるね」


 翼を広げて飛び去るメカール。

 ラムザスは嘆息した。辛抱強く、何度でも繰り返し教えれば、鳥頭でもやがて少しずつ記憶が形成されるのは経験則で分かっている。

 だが、飽きっぽいメカールはなかなか物事を覚えてはくれぬのであった。

 実際、ラムザスの名を覚えるのに一月は掛かったのだから。


「あんたも大変だねぇ」


 そう声を掛けてくるのはキサラギ・エストビア。

 海軍の第7迎撃艦隊に属する軍人だ。東方風の容姿。長い黒髪に小顔の美少女と言った風情だが、こいつは男だ。でも、女子の格好をしておりスカートを穿いている。

 それが女の子以上に似合うのは皮肉だろうか。


 軍のモラルはどうなってるんだラムザスは思うが、当の本人からすれば、それ「お前が言うか」の世界だろう。


「惚れた弱みさ。で、何の用だ?」

「ゴムタイヤについてだよ。軍の上層部が注目したらしいね」


 ラムザスは発明家である。昔はクエスター(冒険者)だったのだが、今は引退して思いついた珍奇な発想を形にする商売に鞍替えした。

 ゴムタイヤは従来のソリッドゴムに換えて、中空のチューブに空気を入れたタイヤを作ったら面白かろうと試作中の物である。


「あれか。今、メカールに計算式を滅茶苦茶にされたが…」


 まだ技術的なハードルは高く、耐久性が信頼出来るレベルには達しててないのが難点だ。だが、これはゴムの配合を換える事で克服出来ると信じている。


「そう、それ」

「荒れ地を走破する性能はないぞ」

「艦内とか、構内の輸送機器に使うって話だよ。自転車と組み合わせるのもいいかもね」


 自転車は流行ってる遊び道具である。最初は地面を蹴るだけの代物だったが、大きな前輪とペダルを組み合わせたタイプが出来てからは、愛好者が増えている。


「自転車か。あれ、金持ちの道楽だろ」

「ああ、最近は安価になってきてるからね」


 うんざりした顔でつぶやくラムザスに、キサラギは苦笑する。

 この男は趣味方面を余り認めないのだ。技術とは公共の役に立つ物を作るべきが持論で、遊びの道具とかに興味を示さない。


「遊びが無くちゃ文化的に面白くないし、技術発展の発想に於ける停滞を生んでしまうってのが、僕の上司の考えだけどね」

「領主殿の考えだな」


 ここの領主は錬金術師だ。

 正確にはそれも囓った技術屋であるが、昔は海軍で活躍した造船技師だったらしい。色々変わった発想で、様々な物を作り出している。


 規格統一とか言い出して、船で使う船具や武器の公差を厳密な物に変えたり、コンテナとか言うでっかい箱を設計して輸送に革命を起こしたりしている。

 お陰でバリスタやらカタパルトは、もし、ぶっ壊れても予備の部品さえあれば、どの砲座でも素早く修理可能となっており、この概念はやがて『ERO規格』として市井にも広がる事になる。


「まぁ、そう言う事。遊びは大切だよ」

「思想の違いだな。しかし、自転車にゴムタイヤか。それは俺に無かった発想だな。頂くよ」

「成功したら、幾らか寄越してね」

「アイスクリームが相場だな」


 新しい紙を用意して計算式を書き出す。

 加硫法を工夫して形成すれば、チューブの方は何とかなりそうだった。

 作業が始まったのを見届けると、キサラギはカオスの館を後にする。

 発明家の邪魔になるだけであるからだ。


              ◆       ◆       ◆


 何故、この館が『カオスの館』と称されるのかは、主人であるラムザスが変人だからだ。

 発明なんてやくざな商売だから、試行錯誤は付きものだが、年に何回かは実験失敗のせいで爆発するし、ハルピュイアなんて物騒な…と言うより、はた迷惑な魔物も住んでいる。

 街の外れ、資材置き場に囲まれた運河の裏手という立地が、周りに人家が皆無な事もあって不気味な噂が一人歩きしている。


 錬金術を用いない、純技術的な方法も誤解を生む一つなのかも知れない。

 エルダの技術畑で言えば、それは異端なのである。だから、同じ技術屋でもラムザスは白眼視され、爪弾き者扱いされていた。

 だからこそ、その能力を高く評価した、この街の女領主に請われて移住したと言えなくもない。


「あははははは」


 けたたましい笑いと共にメカールは、天井からぶら下がるチェーンをガラガラと狂った様に引っ張る。楽しい。楽しいのだ。

 飛び回り、丁度休憩にと倉庫の中へと入り込み、天井からぶら下がるそれを、何だろうと思って引っ張ってみたら止まらなくなった。


「面白ーい」


 前述したが、ハルピュイアの身体構造は鳥を基本とする。

 女性の上半身と頭部を持っているが、手に当たる場所は翼であり、下半身は羽毛に覆われた鳥その物である。

 脚は逆関節ないわゆる鳥足で、三つ叉に別れた蹴爪が付いており、腿の部分はローストチキンにしたら美味しそうな感じで丸々太っている。そしてその部分も羽毛、メカールの場合は真っ白な色調で覆われて、尻には美しい尾尾が突き出している。


 手は翼と記したが、関節の先端には申し訳程度に手がある。それは三本指で物はかろうじて握れるが、細かい作業には適さない不器用な手である。

 しかし、天井のチェーンを回す程度には何の不自由も無い。


「おーい、ラムザスの旦那」


 その知らせがカオスの館に届いたのは計算式を書き終え、一息付いていた午後の事だった。

 ラムザスの弟子であるタカラ。女ドワーフが知らせてくれたのである。

 曰く、「お宅のハルピュイアらしいのが、うちの倉庫で大騒ぎしてるから引き取って欲しい」と頼まれたらしいのである。


「何処だってぇ?」

「そう遠くないよ。倉庫を管理するククルゥのおじさんが困ってた」

「ククルゥって言うと、アルゴ運輸のあそこか」


 ラムザスは素早く目星を付ける。

 コーヒーを淹れたばかりなのにタイミングが悪いと思いつつ、上着を引っかけて外へ出る。


「くそっ、コーヒーは西大陸産で高いんだぞ」


 贅沢な輸入品だ。しかし、この港湾都市では直輸入されるせいで若干、他の街よりは安いが、それでもラムザスにとってはささやかな贅沢なのである。


「飲んでから出れば?」

「いや、コーヒーなんかよりメカールの方が大事だ」


 タカラは「お熱い事で」とからかいながらクスクス笑う。

 それを無視してラムザスは通りを小走りに駆けた。


 アルゴ通運は近所にある運輸会社だ。本社はここから西のナイデンヌの街にあるらしいが、ラムザス自身は行った事が無い。支社をこのエロエロンナに展開出来るのだから、それなりに儲かってる会社なのだろうとは推測するが。


 五分もしない内にアルゴ通運の事務所に到着する。煉瓦造りの倉庫の一階を改装しただけの味も素っ気も無い建物だ。看板だけが「ここが我が社の事務所ですよ」と主張している。


「ああ、来た」

「ぱぱぁ、あのおねーさんどうするの?」


 人馬族セントールの男が振り向く。

 その周囲には小さな女の子が数人居て、彼の服の裾をぐいぐいと引っ張りながら上目遣いで何かを訴えている。


「みんな、お客さんが来た。挨拶しなさい」


 そう命じられた女の子達は一斉にラムザスの方を向き直ると、スカートの裾を摘まんで優雅に挨拶をする。


「ミラージュと申します」

「オラオです」

「コルセア…」 


 その子達の下半身が甲殻類であるのでその動作は違和感があるが、その作法は完璧であった。

 ヤシクネーだ。熱帯産の魔族で下半身がヤシガニのアラクネーといった感じだが、寒さに弱く、沿岸地方以外の本土で見掛ける事は少ない。

 だが、この街は冬でも暖かいので、それ程珍しくない。


 そう言えば、アルゴ通運は大手のマールゼン商会と縁を持ったなと言っていたな。マールゼンの当主がヤシクネーだった筈だから、この子達も政略結婚の一環として結ばれた際に生まれたのかも知れない。とラムザスは頭の中で噂を反芻する。


「ラムザス・ナーハンだ。早速だけど…」

「ハルピュイアの件ですね。ああ、失礼、私が支社長のククルゥ・アルゴです」

「あのおねーさん」

「オラオ。商談中だ。向こうへ行ってなさい」


 ククルゥの服の裾を握っていた女の子。オラオと言うらしいヤシクネーにククルゥは優しげだが、強い調子でたしなめる。

 周りに居た他の二人もオラオの手を取って引き離す。顔立ちが似ているので姉妹なのだろう。

 女系の魔族や魔物全般に言える話だが、例外なく顔立ちは美しい。これは生存や生殖に必要な、ヒトや亜人の男を魅了する為に進化、収斂した結果である。


「おねーさんとはメカール。いや、ハルピュイアの事か?」


 オラオは頷く。

 ククルゥは苦笑して「実はハルピュイアを最初に発見したのが、このオラオでして」と説明する。つまりはメカールの第一発見者か。

 続いてラムザスは「そのおねーさんをどうした?」と尋ねる。


「…倉庫に居ると迷惑だから、備品庫へ案内して遊んで貰ってるわ」

「備品庫?」

「各種道具を置いてある所ですよ。これから向かいます」


 ククルゥは蹄を鳴らしながら、その備品庫とやらへ案内する。

 事務所を出ると幾つかの倉庫の中を潜り抜ける。

 規模は大きく、中で大勢の者達が働いている。荷馬車やら荷車が盛んに出入りし、倉庫内の物品を積んだり降ろしたりと忙しいと思えば、全く人気の無い倉庫もあってギャップが激しい。

 やがて到着したのが備品庫。

 大きな建物だが周囲の倉庫から比べると、明らかに小規模な規模である。


「ここ。おねーさんはチェーンブロックがお気に入り」


 何故か付いてきたオラオが説明する。

 チェーンブロック。歯車とチェーンを利用した簡易クレーンだ。新ルネサンス期に開発され、今では広く使われる様になった機械だ。


「あはははは。回る。回るぅ!」


 中に入るとメカールが楽しそうにチェーンをたぐっていた。

 備品庫と言うだけあって、使わない機器類や壊れた道具なんかを安置する場所なのだろう。

 天井からは幾つものチェーンブロックが垂れ下がり、壁には台車やら掃除道具が立てかけれてある。奥には何か分からないガラクタも散乱していた。


「娘の話によると、倉庫に入り込んであれを回していたそうですが、倉庫内には顧客様から預かった荷物があるので、こちらへ誘導したとか」

「万が一、荷物に損害が出たら我が商会の恥だから」


 ククルゥの説明に続いてオラオが語る。

 まだ小さいのに良く出来た娘だとラムザスは感心する。

 この小さな女の子並みの知恵がメカールにあったらなと夢想してしまうが、いかんいかんと、それを頭から追い出す。


「済みません。今、引き取りますので。メカール!」

「あっ、ラムザス。見て、見て、これ回るんだよ。ガラガラって、がらがらって!」


 声を掛けるがメカールは手を止めなかった。

 むしろ、こんな面白い物があるんだと盛んにアピールしている。


「ほら、帰るぞ」

「ヤダ」


 ああ、いつもの癖だな。こう言う時は食べ物の話題を出して吊るのが効果的だ。


「夕食はシチューだぞ」

「シチュー!」


 食べ物の名を聞いて一瞬手を止めるが、メカールは名残惜しそうにチェーンブロックを見つめている。葛藤しているのが明らかだ。


「ラムザスぅ。これ、欲しい」

「えっ」


 これと言うのは、無論、チェーンブロックである。

 確かに広く普及している機械ではあるのだが、重量物を吊すのが用途なので一般家庭に置いてある様な代物では無い。そして価格は結構高い。

 いや、ラムザスのカオスの館は一般家庭では無いが…。


「確かに俺も一台欲しいよ。作業が楽になる可能性があるからな」

「貰ってこう」

「だーっ、そう言う訳にも行かないんだよ」

 

 ハルピュイアには所有権の観念が理解出来ない。

 カラスが光り物を見つけて自分の巣へと持ち帰って貯め込むのと同様、そこにある物で欲しいとなると、勝手に持ち去って行く。

 セイレーンがハルピュイアを嫌う理由の一つが、長年、その行動が他種族に混同され、誤解されて迫害を受けた歴史があるからなのである。


「宜しかったら、差し上げましょうか?」


 意外な申し出が上がったのが、その時であった。


              ◆       ◆       ◆


 カオスの館。

 とっぷりと日の暮れた室内でラムザスは頭を抱えていた。

 うっすらとガラガラとチェーンの音が作業室から聞こえるが、あれはメカールが夕食後にお気に入りの玩具で遊んでいる音だろう。


「画期的な輸送機器を考案して下さい…か」


 ククルゥがチェーンブロックを譲る際に付けた条件である。

 梃子として動かないメカール相手に、困り果てていた所、それなりに高価な物を譲って貰ったから、これは真剣に考える必要があった。


 無論、ラムザスとて貧乏人ではない。発明家なんてやくざな商売をしているのだから、それなりに元手はある。だが、突発的な出費を考えると、結構痛いのだった。

 資金はなるべく、発明品の原材料用に使いたいからである。その為に申し出を渡りに船とばかりに受けてしまった。


「安易に状況に流されたか。今からでも、代金を支払って…いやいや」


 一旦引き受けたからには、ラムザスとて発明家としての矜持がある。安っぽいプライドなのかも知れないが、負けを認めるのは悔しい。

 ふと、昼間のキサラギを思い出す。


「自転車か。それにゴムタイヤ…。何か引っかかるな」


 何だろうと考えて寝台に横になる。

 考えが行き詰まった時は、こうして身体を横たえてぼうっとしているのが気分転換だ。

 ガラガラガラ。

 横になると静寂が身にしみる。この近所には人家が殆ど無い。

 故に賑やかな都会的な喧噪からは程遠い。弟子であるタカラも既に帳簿を付け終わり、家への帰路に就いている頃だ。


 ガラガラガラ。

 僅かに聞こえるのはメカールが遊んでいる音。チェーンブロックの作動音のみだ。


「チェーンブロック!」


 はっとして頭にその単語が思い浮かび、ラムザスは飛び起きた。

 来る。インスピレーションが湧く。そうか、こいつを応用すれば!


「歯車との組み合わせだな。チェーンは高価だからあれを代用する事にすれば、よしっ」


 思い立ったが吉日。ラムザスは製図板へ向かい、一致心不乱にラフ画を描き続けた。

 ラフ画。正式な設計図では無い単なる書き殴りの概念図だ。

 だが、それを重ねる事でコンセプトは固まる。


「よしっ、行けるぞ」


              ◆       ◆       ◆


 一月後。

 ゴムタイヤの試作に成功し、更にそれを使った輸送機器は完成した。


「自転車かな。これは?」


 作業場にて、キサラギが問うた先にはそれが鎮座していた。

 なるほど、座席の前にハンドルが付いているなど形は自転車によく似ている。だが二輪ではなく、その車体には三輪が備わっていた。前に一輪。後ろに二輪と言った具合である。


「二輪だと不安定だろう。運動神経の無い奴でも、乗れる様にしてみた」

「ラムザス自身が乗れないからね」


 突っ込みを入れるのはタカラ。

 残念ながら、同席されると何が起こるか分からないので、この場にメカールは居ない。ちょっと可哀想だが、巣と称するメカールの専用室に監禁してある。


「あんな不安定な物に人間が乗れるか!」

「あ、肯定した」


 とは言うものの、この時代、二輪車に乗れる者はそう多くない。

 自転車自体が普及していないせいもあるが、最近になって普及した型が、前輪がとてつもなく巨大化したタイプの為でもある。

 これはサドルから足が地面に付かない程で、重心も高く危険性が大きかった。

 だが、前輪が大きくなったのは動力装置として前輪に付けられたペダルのせいでもあった。直径が大きい分、少ない回転で車輪を回せるので都合が良いのである。


「だが、俺はその弊害を解決した。そいつが画期的な伝達機構だ」

「ほーっ、後輪をベルトで駆動するのか」

「ラムザス自慢のゴム動力でね」


 ペダルを踏むとゴム製のベルトが回り、後輪へと動力が伝達されるのである。

 ベルトも単なる板ではなく、孔が開けられている。孔には摩耗防止の為に金属製のハトメが付けられており、これがペダルと車軸にある歯車と噛み合う仕組みだ。


「サドルの位置も適正だね。後ろの二輪は貨物スペースかしらん」


 三輪車の後ろに回ったキサラギが、感心しながら車体を弄くり回す。

 車体の材質は主に木と竹であった。フレームや動力部を除いて鉄製の部分は少ない。


「チェーンブロックを、ガラガラやってるメカールを見て思いついたんだ」

「チェーン?」

「本来はな。しかし、チェーンは高価だろう」


 ゴムベルトは妥協の産物であった。金属製のチェーンを使うのが一番だとは理解しているのだが、それを用いるには価格がネックとなるからだ。


 コスト度外視して作るのだったら問題は無い。しかし、市井で普及させる目的で作るのなら、なるべく安価な製造方法を模索する必要があるとラムザスは考えている。

 車体の方も本当は金属で作りたいのだ。だが、コスト上昇に繋がるのなら、実用上、問題ないレベルまで落とすのが基本となる。


「頑張れば、庶民が買える値段で押さえたいからな」

「走行テスト行きます!」


 タカラが跨がる。後部にダミーの貨物を乗せての試験である。

 身長の低いドワーフ族にあわせて、サドルの位置は低めに調整されている。このサドル位置可変もラムザスが考案した新機軸の一つだ。

 従来の自転車では、サドルが高すぎてドワーフに縁遠い代物であったからだ。


「よしっ、走れ!」


 ラムザスの声援を受けて、試作一号車が軽やかにカオスの館から飛び出して行く。


「この機械。名をなんとしますか?」

「トライクかな。三輪車だから…。本当はメカールって名付けたかったんだが、タカラの奴が猛反対してなぁ」

「僕も反対しますよ。これ、海軍に導入しますからね」


              ◆       ◆       ◆



 三輪車。トライクはその後、市販されて大評判となった。

 簡便な扱いと実用的な貨物搭載量が受けて、都市内での輸送機器として大いに広まったからである。二輪の間に後席を設けて人員輸送用にした仕様も登場し、辻馬車業界とちょっとした争いの種になった事もあった。


 受ければコピー商品が出回るのは世の常であるが、ゴムタイヤの製造に手の出る業者は少なく、ラムザスはこれで巨万の富を稼ぐ事となる。


 トライクは年々改良されて行き、最終的にはチェーンと全金属製の車体を備えたタイプへと進化する。しかし、二輪仕様はラムザスが頑として拒絶した為、同業他社から発売され、彼は事業的にかなりの損失を出しているのだが、これは彼の死後まで改まる事はなかった。


 彼はハルピュイアのメカールと共に生き、五十年の生涯を閉じた後、メカールもまた、彼の後を追う様に永遠の眠りに就いたと語られる。


〈FIN〉

『ナイデンヌ』から時代は大分経ってます。大体十数年から二十年後かな?

パパになったククルゥ君と娘達(妻はクロッカス)登場です。


ラムザスやドワーフのキリー嬢の名は、某GG誌から拝借させて頂きました。

メカールとエストビアで判る人は、何となく判るかも(笑)。


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