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「これは……そこまでに悪い出来だと思わないが。むしろその辺の武器職人より余程筋が良い」
と、カウンターの上に残ったパッシュが打った失敗作らしい直剣を見ながら父さんが言った。
鋼で出来た剣身が木製の柄に差しこまれ掴みやすいように柄布が巻かれている。
鈍く重い金属特有の光沢を放っている。
「……ああ。それは俺が一番よく認めている。あの歳でこれだけ出来るアイツははっきり言って天才だ。ジョブにも恵まれた。いつか俺をも越えるだろう。だからこそ俺はパッシュには客に粗悪品を売りつけるような鍛冶職人にはなって欲しくねぇんだ。まぁ、これはアイツにだけは口が裂けても言えんがな」
語る強面オヤジはどことなく嬉しそうだった。
……なるほど。強面オヤジは不器用なのか。
「でも、どこが駄目なのか分からないよ」
俺は素直に思ったことを口にしてみた。
「ああ。坊主。ちょっと横からこの剣を見ててみろ」
強面オヤジが俺に言った。
しかし、背伸びをしてもカウンターに目線が届かなかった。
すると父さんが俺を抱き上げてくれた。
これならよく見える。
強面オヤジは別の剣を取りだした。薄青く輝く美しい剣だ。
剣身の色合いから察するに珍しい金属を使っていることは間違いない。
緩やかな曲線美。さざ波のような刃紋。一見して分かるその鋭さ。
美しさの中に畏怖を覚える。
「うわ~、すっげぇ」
思わず俺は感嘆を漏らした。
すると、強面オヤジは剣について教えてくれた。
「コイツはとあるサムライに頼まれて作った刀身を極限まで薄く作った特注品だな。極限まで軽く、切れ味も抜群だがその分耐久がねぇ。コイツを使いこなすには相当簿技量がいる。脆いから相手の剣は受けられねぇし、攻撃するときも相手の柔らかいところを確実に狙う技量がいる。俺からしたらとんだ欠陥品なんだがそいつにとっては最高の剣らしい」
その話を聞く限り、もの凄い達人だな。いつか会ってみたい。
強面オヤジはカウンターと直剣の剣身の付け根に特注品の剣の薄い刃を滑り込ませた。
比べてみるとよく分かるがパッシュの剣と比べてその特注品の分厚さは四分の一ほどしかない。
そして、それを先端に向かってゆっくりと動かしていく。
しかし、先端近くでコツリと音を立てて動きが止まってしまった。
「見ろ。完全にまっすぐじゃねぇのさ」
強面オヤジが言った。確かに先端の方が根元よりも一ミリくらい机に近いけど。
たったそれだけの誤差で駄目なのか。
「相変わらずこだわりが強いな。ケルベンさんは。だからこそ信頼できるんだが」
父さんが俺を地面におろしながら感嘆の息を漏らした。
あ、そうか。
強面オヤジの名前がケルベンだからここはケルベン工房なのか。
「当たりめぇよ。冒険者は俺らが作った剣に預けるんだ。咄嗟に剣を抜くときは握る向きなんか気にしてらんねぇだろ。上下の握りが変わるくらいで重心が変わっちまうような剣に命預けられるか? 俺なら嫌だね。いつでも同じパフォーマンスが出来てこその武器への信頼よ」
一ミリの誤差。確かに誤差が出れば重心が狂う。
理由は分かったが徹底してるな。
このケルベンのおっさんは見た目は怖いが信用できる。
昔ながらのガンコ職人。
この言葉がぴったりだ。
将来的に俺専用の武器が欲しくなったら頼みに来よう。
「そうだジェイフ。昔のよしみで一つ頼まれてくんねぇか。一度パッシュを森へ連れて行って欲しい。冒険者の現場を早いうちに見せてやりてぇんだ。そこで何か感じるものがあるはずだ。冒険者にとっていかに武器が大切か。俺はそれを魔物との戦いの中で学んだ」
「ああ、どのみち俺の息子も森へと連れて入るつもりだった。わかった。面倒を見るよ」
「すまん。俺は足が悪いからな。こればかりは誰かに頼むしかねぇんだ。なら、ちょっと待ってろ」
さっきは気づかなかったが、確かにケルベンのおっさんは足を引きずっている。
しかし、不自由に慣れきったような自然な足取りで店の奥へと入っていった。
きっと足が悪くなってから長いんだろうな。
そして戻ってくると俺に一つの包みを渡した。
「ほらよ。坊主。コイツがパッシュの打ったかろうじて売り物に出来るレベルの奴だ」
「いやいや、これは貰えないって」
俺がこの剣を貰ってケルベン親子の仲がこじれることになったらその重圧に耐えられる気がしない。
こんな重い剣いらない。だったら木の棒でいい。
「さっきのことを気にしてんのか? どうしても気が進まないのならならパッシュに直接交渉しろ。あいつは俺に怒鳴られて飛び出すと大体決まって橋の所に行くからそこに行けば会えると思うぞ」
まぁ、ダメ元で交渉してみることにしますか。