18
「……お、気がついたみたいだな」
気づいたら俺は原っぱに大の字で寝転がっていた。
「……いてて」
身を起こそうとして、肋が痛む。
「ほら、ポーション」
エリックが差し出してくれたのは回復ポーション。一度家に帰って取ってきたのだろうか?
有り難く頂いておくことにする。
半量ほど飲むと大分痛みが治まった。折れた骨は低級ポーションでは中々くっつかない。
低級ポーションの材料には切り傷に効能のある薬草が使われていることが多いから仕方ないだろう。
しばらく訓練は軽い物になるだろう。
「ロディ、俺は決めたよ。俺は十歳になったら王都に行く」
唐突なエリックの発言に俺は驚いた。
「ロディが街へ行った日。この国の騎士団長がわざわざうちまでやって来たんだ。騎士団に入らないかって。唐突なスカウトに俺はびっくりしたよ」
たしか、この国では六歳の時に行われる天職鑑定の結果が国に通達されると聞いたことがある。
優秀な子供を野放しにしては勿体ないからと言うのが理由だ。
騎士団長が出張ってくると言うのは流石に予想外だが、人員確保のために動いても別に不思議じゃない。
「騎士団長は俺を誘ってくれたんだけどな。一緒にいた俺と同じ歳くらいの女の子がきつい目で俺を睨むんだよ。弱そう。騎士団には相応しくないって言ってな」
へぇ、そんな事があったのか。
「そこ女の子はミラージュナイトというユニークジョブらしい。更に聞くと騎士団長の娘だそうだ。で、なんか知らない間に俺はその女の子と決闘をさせられた」
「で、どうだったの?」
「負けたよ。手も足も出なかった。俺は上級ジョブを得て浮かれてたんだなった思い知った。女の子は騎士になっても命を落とすだけだから諦めろと言ってきた」
「でも、その口ぶりだと諦めないんだろ、エリックは」
「まぁな。その場ではそう言ったさ。だけど、次の日にはお前が帰ってきて。鬼のように強いお前の父さんが負傷して意識が戻らないって話を聞いて……俺は急に怖くなった。戦いになればあれだけ強い人でも命を落とすかもしれない。いっそ、騎士という夢を諦めてこの村で暮らした方が幸せなんじゃないかって思って。だからこそ今日お前に決闘を申し込んだ」
「なんでだよ」
「俺の知っている限り、この村で一番強い同い年くらいの子供はお前だ。お前に負けるようじゃ騎士としてやっていけないと思った。お前に負けたら潔く諦めて父さんの後を継いで芋畑でもやろうと思ったんだ。つき合わせて悪かった」
そう言えばさっき、俺がいなくなったら寂しいかとエリックは聞いてきたな。
迷ってたからこそ聞いてきたのか。
「今の俺じゃ全然足りない。努力もせずに夢だけ語るだけのただのアホウだ。本気で騎士になりたい奴はきっともっと死にものぐるいで生きている。十歳になって騎士学校に入れるようになるまでに少しでも力を付けたい。だから今日みたいに時々で良いから俺の相手をして欲しい」
「水くさいな。友達だろ。そういう事なら協力する。だからエリック。お前も王都に行くまでの間俺に協力しろ」
「それは構わないけどさ、何をやれば良いんだ」
「何って? そりゃレベル上げに決まっているじゃないか。勿論、パッシュお前もだ」
先程から遠慮してか会話に入ってこないパッシュもついでに巻き込んでおいた。
「え? 僕もやるの?」
「当たり前だろ。鍛冶師でもジョブレベルを上げておいて損はないぞ。強い武器を作れるようになるかもしれないぞ」
俺が言うと、パッシュは怪訝な顔つきになっていった。
「レベルを上げるなら単純にひたすら鍛冶作業をすればいいと思うんだけど」
なるほど。村人も確かそうだったな。冒険者に挨拶すると何故か経験値が入った。
戦いに向かないジョブには戦闘以外の方向で経験値を稼ぐ手段が用意されているのかもしれない。
俺の推測だが多分そうだ。
ただ、それは魔物から得られる経験値に比べると大分少ないはずだ。
村人時代にそのスキルで経験値を稼いだが、大分効率が悪かった。
一月がかりで4レベル。
逆に魔物を倒す場合は、その気になれば4レベルはあっさり稼げる。
実際俺は街でそれくらいは上がったはずだ。
「なぁ、具体的なレベルアップの目標はいくつなんだ? 10レベルか? 20レベルか?」
エリックがなんか消極的なことを言っている。
六歳の今から十歳まで。四年がかりでそれだけの成果じゃ寂しい。
「いや、俺としては40ジョブマスターくらいは考えてる。年間10の計算だな。きついが頑張ればいけるだろ」
俺が言うと、エリックがあんぐりと口を開けてしまった。
「いやいや待て待て。朝から晩まで剣を振ったって、そんな経験値は稼げないぞ」
「魔物を狩ればすぐだろ」
「確かに、魔物と戦うとレベルが上がりやすいって話は聞くな。実戦で得られる経験は大きいって事なのかな? だけどそれにも限界があるだろ」
ん?
なんかちょっと今の発言が気にかかる。
「え? 経験値って魔物が持っているんじゃないの?」
「なんだよその話。初めて聞いたぞ」
ゲームでは魔物を倒すと経験値が手に入る。だが、この世界ではそうじゃないのか?
だけど、グレーウルフを倒したらすぐにレベルが上がったのも事実だ。
だから俺は魔物を倒しても経験値を得られると思っている。
「一つ確認したい。エリックはどうすればレベルが上がると思っている」
「いや、どうするって一つしかないだろ? ジョブ事に決められた特定の行動を取る。これだけだろ」
……なるほど。確かにジョブ事に経験値取得法が定められているのは事実だ。
見習い戦士にも実は存在している。
これはみならい戦士と自分のジョブを確認しようとすることで本能的に分かる。
見習い戦士の経験値取得はこういう計算式だ。
『武器を振った回数100回につき経験値10』
どれだけレベルが上がろうが得られる経験値は一律で10。
序盤はそこそこレベルが上がるが、一回のレベルアップに必要な経験値が増える終盤は地獄だ。
一応補足しておくが、村人は稀な例でこの計算式を持っていない。
計算式を持っていないのはスキルを使う対象によって経験値の取得量に変動があるからだと思われる。
そして日に一回という使用制限まである。
だからこそ、その計算式の代用スキルとして『げんきなあいさつ』が存在しているのだと思う。
俺は前世でゲームをやり込んでいたからこそ、魔物が経験値を持っているものだと思い込んでいた。
だけど、その情報が無かったらどうなるか?
そこには別の思い込みが発生するに違いない。
つまり、思い込みでジョブ事に定められたレベルの上げ方にこだわってしまうわけだ。
仮にそれ以外で経験値が入っていたとしても、入った要因に見当がつかなければ意味が無い。
それこそ、さっきエリックが言ったように、魔物と戦うとレベルが上がりやすいという曖昧な認識に留まっているのかもしれない。
だからレベルを上げたい見習い戦士はがむしゃらに剣を振るしかない。
そんな単純な方法では長続きもしないし時間もかかる。
魔物と戦いながら実戦で剣を振った方がレベルアップは遙かに早いはずだ。
なるほど、この世界の人間が天職至上主義な理由がますます読めてきたぞ。
そんな上げ方では一生に一個ジョブをマスターするのでやっとだ。
天職に経験値2倍ボーナスが乗っていることの意味合いの大きさが分かる。
2倍頑張れば良いだけに見えるが、実際はそんな甘くない。
見習い戦士を例に挙げると、武器を100回振って経験値を20得られる計算になる。
武器を振る回数が半分で良いのは確かに大きなアドバンテージだ。
日に経験値を100稼げる人間と200稼げる人間。
こう比較すればわかりやすい。半分の期間で強くなれる。
だからこそ、この世界の人々は最短で天職を極める。
強くなっても活かす前に老いてしまっては意味が無い。
天職を極めたらレベル最高の状態を最大限利用するために、ジョブは変えない。
経験値が入らないからと最下級ジョブにかえるのは愚の骨頂だ。
純粋なこの世界の人間視点だと恐らくそう考えるのだろう。
「ちなみに聞くが、エリックのジョブの経験値の稼ぎ方はどうなんだ?」
「『攻撃を受けた回数=経験値』となっているな」
ただひたすらに殴られることで経験値を得る……か。
こんな方法で経験値を稼ぐのなら聖騎士はマゾヒストの集団だな。
「ああ、だからさっきもダンジョンごっこでボコボコにして貰ったぜ」
……ああ、なるほど。それであの遊びか。つまり勇者役をやったのはエリックと。
そして俺も20回は叩いたから経験値20はさっきの戦いで稼いだとそういうわけか。
エリックが回避をあまりしなかったのも……もしかして経験値稼ぐため?
もっとも、聖騎士の防御力はかなり高そうだから、こんな無茶苦茶な方法でもある程度経験値は稼げてしまうんだろうな。
さて、本当に魔物を狩れば経験値が稼げるのか?
実に検証の甲斐がありそうな案件だ。