13
……俺は現実を受け入れられないでいた。
「……俺の……せいだ」
本当は分かってた。
あのまま街にいるのが正解だったんだって。
だけど、俺は調子に乗ってたんだ。
グレーウルフを自分の力で仕留めることが出来た。
しかも素手でだ。
この事に浮かれていた。
俺ならもっと出来ると思ってしまった。
武器があればもっと魔物を狩れると思ってしまったんだ。
だから父さん達に無事を報告するという建前で街を出た。
今の俺なら弱い魔物くらいなら返り討ちに出来る自信があった。
俺は多分どっかでここがゲームの延長線だと思っていたんだ。
ゲームの主人公のように何もかもが思い通りに行く。
そう思ってしまっていた。
つけあがった代償がこれだ。
身近な人間が死にかけてようやく俺はここがゲームではないという当たり前の事に気づいた。
レベルアップというただの趣味のために人一人殺しかけて俺は何をやってんだろう?
「おい、坊主。ぼうっとしてんじゃねぇ! とっととジェイフの奴を連れ帰るぞ」
父さんは意識不明の重体だ。オークに斬られた傷跡は炭化している。
幸か不幸か斬撃と同時に焼かれたことで失血は押さえられたようだ。
訓練中によくやったと俺を撫でてくれたあの大きな手はもう無い。
俺は運が良かった。一歩間違えば死んでいた。
死なずに済んだのは父さんが身を這って俺を助けてくれたからだ。
力が無いことが悔しかった。軽率な自分の行動に激しい怒りが湧く。
痛ましい父さんの姿を見るのが辛い。
俺の頭の中はぐちゃぐちゃだった。
「しっかりしろ。バカ野郎が!」
頬に衝撃。為す術なく俺は吹っ飛ばされた。どうやら殴られたらしい。
野っ原に転がり上を見上げるとケルベンのおっさんのいかつい顔がそこにあった。
「ジェイフを急いで街へと運ぶぞ。急がねぇと本当に死んじまう」
俺ははっとなった。
父さんは意識こそ失っているがかすかに呼吸を続けている。
しかし、いつ止まってもおかしくないようなか細い呼吸だ。
今すべきことをしなければ。
ケルベンのおっさんが父さんを背負おうとする。
しかし、ケルベンのおっさんは足が悪い。パッシュの話では病気も持っているらしい。
ただ自分が歩くのだけで精一杯に見えた。
だから、俺はケルベンが腰に差している剣を確認して言った。
「父さんは俺が背負う。ケルベンのおっさんは魔物が来たら対処してくれ。武器を持ってるくらいだ。戦えるんだろう?」
「当たり前だ。荷物になるくらいなら最初から街に引きこもって出てこねぇよ」
俺は父さんを肩に背負った。
歩けないほどでは無いがずっしりとした重量を背中に感じる。
父さんのつま先を引きずってしまうのは身長が足りないから仕方ないだろう。
命の重みだ。落としてはならない。
これでも俺は鍛えている。
通常の子供よりは力がある自信がある。走れはしないがそれなりの速度で歩くことくらいは出来る。
俺は怪我の父さんを街へと急ぎ連れて帰るために余計なことは考えずただひたすら懸命に足を動かし続けた。
「パッシュ。坊主。死ぬ気で街へと走れ。何があってもジェイフの奴を落とすんじゃねぇぞ」
ケルベンのおっさんが突然大声を張り上げた。周囲を見回すと俺がさっき戦ったオークより一回り大きなオークがこちらに迫ってきているのが見えた。
「父さん!」
「パッシュ。すまんな。どうにか騙し騙しやって来たが、どうやらお迎えが来たらしい。お前ならきっと良い鍛冶師になれる。俺が保証するぜ」
「……父さん。いやだ! いやだよぅ」
「パッシュ。最後に一つ大事なことを教えてやる。人はいつか死ぬ生き物だ。遅いか早いかだ。どうせ何もしなくても失った命だ。だったらせめてダチや息子の為に使いてぇじゃねぇか。死んだ後、誰かの心に残る、感謝される、そんな生き方をしろよパッシュ」
ケルベンのおっさんはパッシュの頭を撫でるとニカッと笑った。
パッシュの顔はぐちゃぐちゃだ。
俺ももらい泣きしてぐちゃぐちゃになっている。
「ジェイフ。お前はこれくらいじゃくたばらねぇって俺は知ってんだ。何せ昔っからのダチだからな。どうせ根性で生きるんだろ。俺はお前ほど根性はねぇ。病に今にも負けそうだ。だからその前にお前の為に死んでやる。死んでやるんだから頼み事くらい聞いて貰うからな。俺が死んだら息子を……パッシュを頼むぞ」
覚悟を決めた男に対して俺が出来る事は一つだけだった。
ケルベンのおっさんに背を向けて俺は歩き出す。
「くそ、ハンマーがありゃあな。剣はあんま得意じゃねぇんだがこの弱りきった体じゃこれしか振り回せねぇから仕方ねぇ」
間もなく剣線がぶつかり合う音が聞こえてきた。
戦いの様子は見ていないため分からないが、激しい物だと言うくらいは分かる。
「パッシュ! お前までケルベンのおっさんの後を追って死んだら俺が許さねぇからな!」
ケルベンのおっさんの元を未だ離れようとしないパッシュに対し、俺は背中越しに言った。
無粋な言い方になるが、パッシュがいたところでケルベンのおっさんの戦いの邪魔になるだけだ。
俺じゃパッシュをこちらに引き寄せる楔としては弱いかもしれない。
だからこそ飾った言葉はいらない。本心をぶつける。
「お前は俺の友達だ。死んだら俺が泣くぞ! それでもいいのか!」
パッシュは黙ったままだ。
「行け! パッシュ。そこにいると邪魔だ。斬り殺しちまうぞ」
「……嫌だ。父さんも一緒に」
「パッシュ。ダチが呼んでるぞ。だから行け! ダチは何より大事にするもんだ」
「……う、うわああああああん」
パッシュの悲痛な泣き声がこちらへと駆け寄ってくるのが分かる。
「坊主! 不器用なせがれだが、ずっと友達でいてやってくれ」
「ああ、任せろ!」
「ならば悔いはねぇ! 最後の戦が負け戦ってのは洒落にならねぇからお前にだけは意地でも勝たせて貰おうか」
俺はパッシュにかける言葉が見つからなかった。無言でただひたすら歩く。
気づいたときには街のすぐそばまでやって来ていて、俺を見つけた衛兵が慌てた様子で駆け寄ってきた。