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グレーウルフAのとおぼえ!
なんと、グレーウルフCがあらわれた。
グレーウルフBの遠吠え!
なんと、グレーウルフDがあらわれた。
ざっくりと状況を説明するとこうだ。
俺はグレーウルフ四匹を相手取っている。
二体ならギリギリ何とかなるが、三体以上は無理だ。
研ぎ澄ました集中力で何とか致命傷を避けてはいるが、肝を冷やす場面は何度かあった。
悪夢だと思いたいが、肩口にバックリと開いた傷が嫌でもここが現実だと教えてくれる。
痛みで額には脂汗が滲み、服には血が染み出している。
そのうち失血で動けなくなるかもしれない。止血するだけの余裕もない。
そうなる前に何とかしないと。
血の臭いが恐らく獣に俺の位置を教えるだろう。
もう逃げ切るのは絶望的だ。
ならば倒しきるしか無い。
賭けではあるがそろそろ仕掛けてもいい頃合いだろう。
ちらりと周囲の状況を確認する。
パッシュは痛む足で頑張ってくれたらしい。
見える範囲から既に退避が完了している。
ならどうするか。
そんなの決まっている。逃げるのだ。
勝つために逃げるのだ。
俺はパッシュが向かった方向とは別の方向に駆け出す。
狼は獲物が疲れ切るまでおいそれとは仕掛けてこない。
グレーウルフはそれよりも好戦的な印象だが、やはり安全マージンを優先する嫌いがあるようだ。
四体がローテーションして基本的に俺を休ませないように代わる代わる攻撃をしかけてきたのだ。
その事から見ても間違いないと思う。
では、俺が遠くに逃げたらどうするか?
一体二体だけで追ってくるのか?
それは違う。全員で追ってくるしかない。
勿論、グレーウルフだって馬鹿じゃないので俺を一定の方向に追いやろうと連携しているのがすぐに分かった。
明らかに森へと向かう方向だけグレーフルフたちが回り込んで来ないのだ。
森になんか行ったら自殺行為だ。恐らくグレーウルフ達のテリトリーだ。
だから俺はその不自然な隙間をわざと無視して自分の行きたい方向に押し通る。
グレーウルフが威嚇していようとお構いなしだ。
面食らったのかグレーウルフは咄嗟に飛び退き俺の進行を許してしまう。
今までわざわざグレーウルフのいる方向に突っ込んでくるような獲物はいなかったんだろうなぁ。
それで必要以上に警戒したんだろう。
何にせよラッキーだ。
おかげで俺は目的の場所までやってくることが出来た。
街の中心を流れている川の位置から推測するにこの辺の原っぱにも川が流れていると推測したのだがどうやら当たったようだ。
せせらぎの音が聞こえてくる。
改めて状況を確認しよう。
相手は中型犬サイズの狼が四体。
一方で俺は丸腰。前方には川。
よし、この状況なら間違いなく俺の勝ちだ。
俺は躊躇うことなく川の中にザブンと飛び込んだ。
狼たちは俺に釣られて二体だけ川へと飛び込んだ。
残りの二体は飛び込む手前で毛皮が濡れるのを嫌ってか踏鞴を踏んだ。
俺は素早く川の中で立ちあがる。
すると、俺のへそ回りまで水がやってくる。
予想以上に深い。おばさんは膝くらいまでだったのに。
一方で狼共は足がつかないのか必死に犬かきでバタバタと手足を動かしていた。
慌てて岸の方へと引き返していこうとする。
「逃がすと思ったか!」
俺は狼共の頭を上から手で押し込むようにして水の中へと沈めてやった。
仲間のピンチに岸辺に残っていたグレーウルフ達も慌てて水の中に飛び込んできたが、火中の栗を拾いに行くようなもんだ。大やけどして貰おう。
しばらく先に飛び込んできた方を沈めているとグレーウルフを押さえている手から不意に感触がなくなった。まるで泡になって消えてしまったみたいだ。
遅れてもう一体も消失する。
もう一体の方には何か手の中に残る感触があった。元と比べると軽い印象を受ける。
すぐに両手を使いたいので、一応足で踏んづけて確保しておくことにする。
頃合いを見計らって新たに飛び込んできたグレーウルフの頭に俺は手を伸ばし水中に沈める。
そして全て動かなくなったのを確認してようやく安堵の息を吐いた。
新たに飛び込んできたグレーウルフの一体からも何かを入手できたみたいだ。
俺は足で押さえておいた何かと手の中に残った何かを水中から取り出してみる。
それは毛皮だった。
グレーウルフから落ちたはずなのに何故か茶色い。
水に沈めただけで毛皮が剥離するのもおかしい。
と、なるとこれはドロップアイテムか?
恐らく数種類のモンスターが共通のアイテムを落とすと考えた方が良い。
恐らく落ちたのはグレーウルフの毛皮ではなくて、魔物の毛皮といった呼称になるのだろう。
どうやらこの世界では倒した魔物の死骸は残らないらしい。
四体とも川の水へと消えてしまった。
そのうち毛皮をドロップしたのは二体だけ。どうやら一定の確率でアイテムが落ちるようだ。
どういった判定になっているか分からないが、ゲームみたいだな。
いや、ジョブとかステータスがある時点で今更か。
ゲームみたいなのは俺好みなので良しとしよう。
グロがない点も評価点だ。
恐らくここは街から見て上流に当たる。流されていけば自然と街の中へと到達するだろう。
勿論狼のことを水中で倒せる算段があって川には飛び込んだ。
もし、川の中まで追いかけてこなかったら来なかったで川を使って逃げ帰ろうとは思っていたから問題なし。
さて、帰りますか。
俺は川の緩やかな流れにその身を任せた。