汝、過労働を捨て、休暇を満喫しなさい
ヒズミルの町に入ってすぐ、俺は冒険者ギルドへと向かった。ヒズミルの町の冒険者ギルドは王都から近く、町のそばに魔物も出るためかなり立派なギルドであった。
程なくしてギルドへついた俺は大きくて頑丈そうな木製の扉を開けその中へと入る。
冒険者ギルドの中はかなりの広さがあった。正面には依頼の受付がありカウンターの中で受付嬢たちが忙しそうに手を動かしている。その横にある大きな掲示板には様々な紙が貼られており、どうやらすべて依頼の書のようだ。
受付の右奥には酒場があり、昼間だというのにたくさんの冒険者たちが酒を飲んでは騒いでいる。また左奥には魔物の素材を持った冒険者たちが集っており、素材の買取を行う場所のようだった。
「おぉー!これぞ冒険者ギルドって感じだな!さっそく登録してみよう。すみませーん。」
そう言って俺は正面の受付へと声をかけてみた。
「はい何でしょうか?」
応対してくれたのは少しウェーブのかかった綺麗な金髪のお姉さん。スタイル、特に胸部のあたりがとても豊かで冒険者の男たちに人気がありそうだなーという印象を持った。
「今日この町に来たのですが、冒険者登録をしようと思って。」
「新規登録ですか?少々お待ちくださいね。」
そう言って何やら書類を探し出す彼女。ふと周りを見ると何人かの冒険者が興味深そうにこちらを見ていた。
どうしてこんなに見られているのか疑問に思ったが、そういえば俺は天界のとても高価そうな白と金色の服装のままであった。
おおかた貴族か大商人の息子が冒険者ギルドへ登録に来たと見られているのであろう。実態はもっと偉い神様だがな!
先ほどの門兵はとてもいい人だったので、こちらの言ったことを全面的に信用してくれて服装のことでは疑わなかったのだろう。
門を守る人間がそんな素直でいいのかとふと思ったが、彼の人柄はとても好ましいものだったのでその疑念はすぐに頭の中で打ち消した。
これは先に服屋へ行って違和感無い服装を整えるべきだったと少し反省して視線の理由に納得していると受付嬢に声をかけられた。
「お待たせしました。こちら登録に必要な書類となります。書いてみて何か分からないところがあれば遠慮なく聞いてくださいね。」
「あの、質問なんですがこの『スキル』の欄って何ですか?」
「え?『スキル』ですか?」
そう言ったまま受付嬢は固まってしまった。
何かまずいことを聞いてしまったのだろうか?と俺が不安に思っていると
後ろから1人の冒険者に声をかけられた
「おいおいまさか兄ちゃんは16歳になってないのか?子供はさっさと帰って家の手伝いでもしてるんだなぁ。」
質問の意図がわからなかったのでとりあえず正直に
「いや俺は18歳だが。」
と答えるとさらに冒険者ギルドが凍りついたようになった。
「今こいつ18って言ったか?」
「なのにスキルを持ってないって⋯⋯まさか!?」
「邪教徒⋯⋯」
「あの頭のおかしな連中か。」
「ひぃっ 口に出すんじゃねえ!」
冒険者たちがざわつきはじめ、何やら穏やかでない言葉も聞こえてきた。すると受付嬢が恐る恐る話しかけてきた。
「あの⋯⋯あなたは何の神様を信仰していますか?」
「宗教ですか?」
困った、特に信仰してないなあ。みんなの様子を見るに、この世界は善人悪人関係なく何かしらの神を信仰しているのか。
「えーとその『シンオー教』を信仰しています。」
そんなもん存在しないけどまあいいか
「シンオー教?聞いたことないですが邪教徒では無さそうですね。その⋯⋯シンオー教の教えを聞かせてもらっていいでしょうか?」
「わかりました。シンオー教は『生きとし生けるものは平等に自由のもとにある。汝、過労働を捨て、休暇を満喫しなさい。有給は全て使い切りなさい。』という教えでして。」
「(よくわからないけれど害は無さそうね)わかりました、ありがとうございます。それでそのシンオー教ではスキルを授かることは無いのでしょうか?通常、どこの宗教も成人の儀でスキルを授かるのですが。」
つまりスキルを授からない何らかの宗教が邪教ということか、なるほど。
「シンオー教は少し特殊でして、スキル授与は他の教会のもとで行うんですよ。二つの教えを信仰するわけでですね。シンオー教は自由を謳うだけあって、その教え自体にも縛られませんし。」
「そ、そうなんですか。邪教徒で無かったことはわかりました。それで貴方が成人を過ぎてもスキルを授かっていないわけは?」
「それはですね、俺の地元はかなりの田舎でしてね。村の掟で18歳まで村から出れないのですが、このたび18歳になったということで俺のことを村で一番高価な服と一緒に送り出してくれたんですよ。」
「とりあえずはわかりました。ではスキルを所得してからもう一度来ていただけますか?」
そう言って受付嬢さんは微笑んでくれた。良かった。納得してくれたみたいだ。
その時の受付嬢の笑みは引き笑いだったということは言うまでもないのだが⋯⋯
「次にやることも決まったし、順調だな!」
そう言って俺はギルドから出ていった。
「なあお前、シンオー教なんて知ってるか?」
「知らねえよ、それに18歳まで出てこれない村だと?そんなもん噂でも聞いたことねえよ。」
ヒズミルの町の冒険者ギルドは一時、謎の村から来た謎の神を信仰する謎の新人の噂で持ち切りになった。