礼儀正しいのはいい事だ
目を開けると一面に広がる緑の海。人間界へと転移した俺は広大な野原に1人立っていた。
おー広い広い。
「転移する時、場所の指定をしなかったからかな?何にも無いところに来たみたいだ。」
ワクワクとした面持ちで俺は辺りを見渡した。すると長く続く1本の道と看板を発見した。看板には『ヒズミルの町この先15km』と書いてあった。
「とりあえず、人のいる方に行ってみるかな。いやーやっぱり自由っていいな!」
そう言って看板どうりにしばらく進むと草原から1匹の猪のような獣が出てきた。
「お、魔物だな?俺の人間界での初戦闘かぁ。人間界の魔物はどんな強さなんだろうか。」
拳を構え颯爽と魔物の前に躍り出る。そのまま流麗な動きで魔物を殴りつけた。
するとパァンッとおよそ生物に似つかわしくない破砕音と共に猪の魔物は文字通り塵となった。
「やば⋯⋯これは力が強すぎるみたいだな。神の力(物理)は封印しておこう。」
『神の力』とはその神の信仰の大小で決まる。
多くの人から信仰される神はとてつもない力を持つし、誰からも信仰されなくなった神は死ぬことはないが実体を持てなくなり意志だけの存在になってしまう。
しかし、神王の信仰者とされる対象は他ならぬ『神々全て』であるので、全ての神の力を足したものが彼の力であった。
「封印⋯⋯封印っと。これで一般的な人間くらいの強さになったかな?」
自らの肉体を調整し終えた俺は再度町へ向けて足を進めた。
その頃天界では
「宰相さん。ただいまー。兄さん居るかな?出張から帰ったことを報告したくて。」
「お、弟神様。お帰りなさいませ。じ、実はですね⋯⋯」
「な!?逃げ出したって?何やってるんだ兄さん⋯⋯それよりこの事は姉さんには?」
「いえ、妹神様にはまだ伝わっていないはずです。」
「いいかい?宰相。この事は絶対に姉さんに伝えてはいけないよ。絶対!絶対だからね!幸いにも姉さんは天界の西方を統治する仕事で忙しくてしばらくは帰ってこないはずだから。」
「はっ、心得ております。」
「何としても姉さんにバレる前に戻ってきてもらわないと。僕もこの城の皆も命が危ないよ。」
「わかりました。皆の者絶対に妹神様に伝わるようなことはあってはならないぞ!」
新たな不穏が漂っていた。
再び人間界
「大きな門が見えてきたな。あれがヒズミルの町か。」
ヒズミルの町。大国『アルアーラ王国』に属する町で人間界の世界地図におけるおよそ中心部分にある。王都にも近く、またヒズミルの町近くにはそれなりに魔物が出現するので、ひと山当てて王都へ行きたい冒険者に人気の町であった。
「止まってください。何か身分を証明するものはありますか?」
と、門兵に声をかけられ神王は止まった。
そう言えばどういう立場で人間界で過ごすか決めてなかったな、とりあえず適当に誤魔化すか。
「旅をしていたのですが、ここへ来る途中に猪の魔物に襲われてしまい、荷物を捨てて逃げてきたのです。」
こんなんでどうだろうか?
「それは災難でしたね。ゆっくりとこの町で休んでください。仮身分証を発行しますのでお名前と年齢を教えて貰っていいですか?」
あ、この門兵さん良い人だ。それにしても名前かどうしよう。
少し思い悩んでいると門兵が不思議そうな顔をした。
「えっと名前ですね。『シオン』と申します。先ほど言いました通り旅人で、年は18歳です。」
俺は青年の中でもまだ大人になりきれてないような容貌であったので、それなりの年齢を口にした。ちなみに神王城にいた時には死んだように曇っていた目も輝きを取り戻しつつあった。休暇はやはり素晴らしい。
名前に関しては単純に神王から『う』の文字を抜いて適当に並べ替えただけである。単純でわかりやすいでしょ?
「はい、シオンさんですね。ではこれが仮身分証になります。この町で正規の身分証を取る予定はありますか?」
「荷物を失った時に持っていたお金も全て失ってしまったので、しばらくはこの町で稼ぎたいと思いまして。」
「わかりました。シオンさんは戦闘はできますか?もし出来るからば冒険者ギルドがオススメですよ。冒険者ギルド証がそのまま身分証になりますし、難易度も様々な依頼があるので、自分にあった仕事でお金を稼げます。」
「そうなんですか!ありがとうございます。軽くなら戦うことも出来るので冒険者になってみようと思います。」
「はい、では頑張ってくださいね。何かあったら私はこの門にいますから頼ってください。それでは冒険者の希望の町『ヒズミル』へようこそ!」
その後良い気分で門兵の青年に見送られヒズミルの町へ俺は入った。
「やっぱり丁寧な対応には丁寧に返答するのが良いよね!城のヤツらにも見習わせたい。」
幸先よく心洗われる出会いがあったヒズミルの町。ここでは何が彼を待っているのだろう。
封印したのは神の力(物理)だけなので、他の力は使えます。