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勇者ガール  作者: 茅原
旅立ち
5/7

旅支度。part1

「毛皮の上着と、手袋と、帽子と、傘と……それから靴も予備を買っておいたほうがいいよね。あ、それと靴下もいるし……包帯もいるわよね。後は、やっぱり下着もたくさん買っておいたほうがいいし……保存の利く食べ物は絶対必要だし、それから……!」

「はいはい、ワクワクするのは解るけど、一旦落ち着いて」

 

 と、子供を宥める教師のような口調でミズキに宥められ、こんな時に落ち着いていられるかとユイカはムッとしたが、ミズキはあくまで余裕の面持ちで正午近くの賑やかな市場を見回し、


「色々買わなきゃいけない物もあるけど、今はそれよりフヨウを捜さなきゃ」

「フヨウさん?」

「うん、さっきお母さんに訊いたら、買い物に行ったって言ってたから、たぶんこの辺で暢気にお喋りでもしてると思うんだけど……」

 

 あっ。

 

 と、ユイカとミズキの声が重なる。


 黒と白の、オーソドックスなメイド服に身を包んだその人物は、ミズキの予想した通り、市場の交差点にある喫茶店の店先で楽しげに立ち話をしていた。

 

 長い黒髪を頭の後ろで一つに結った、これでもかと色気を放つように女性的でふくよかな体つきながら女性にしては高めの背をしたその人物――ミズキの家に勤めるメイドであるフヨウを、ミズキはまるで獲物を狩る獣のような鋭い目で睨みつける。


「やっぱりサボってる。……よぉし、ちょっと驚かせてやる」

「やめなよ、また怒られるよ?」

 

 というユイカの忠告になど耳も貸さず、ミズキはまさしく獲物を狩るように、行き交う人を上手く陰に使いながらフヨウの背後へそろりそろりと迫っていく。そして、


「積年の恨みっ!」

 

 叫びながら、フヨウのスカートを大きく捲り上げた。

 

 すると、そこにあったのもまた、黒と白との鮮やかなコントラストだった。満月のように大きくて白い丸いものと、その丸いものをわずかに隠す黒い紐が、一瞬、陽の光を受けて眩いほど輝いた。


「ミズキお嬢様……もう小さな子供ではないのですから、このようなことはやめてくださいませ」

 

 やや頬を赤らめて周囲を気にしながらも、流石は大人の女性らしく、フヨウは穏やかな笑みを浮かべながら長いスカートを押さえる。

 

 急の出来事だったのだが幸いだったが、見てしまった人は見てしまっただろう。ユイカはむしろフヨウよりもドギマギ周囲の様子を窺いながらそのもとへ駆け寄り、


「フ、フヨウさん、あの……こんにちは」

「あら、こんにちは、ユイカお嬢様」

 

 バスケットを両手に持ち直しながら、フヨウはまるで一輪挿しの花のようにふわりと優しく微笑む。ユイカが思わずその柔らかく、そして色っぽい笑みに見惚れていると、


「ねえ、フヨウ、一緒にアレ食べに行こうよ! フヨウの好きなミツマメ! ミツマメ食べに行こう! アタシが奢ってあげるから!」

 

 ミツマメとは、このミュスカードという街伝統の、エンゲという豆を茹でたものと様々なフルーツに糖蜜などをかけたスイーツである。察するに、どうやらミズキは、たったそれだけのものでフヨウを買収し、旅へ連れて行こうとしているらしい。

 

 フヨウは、そのやや垂れたような目をパチクリと見開きながら、


「お嬢様が、わたくしに……? しかし、なぜ急に、そのような……?」

「え? あ、ああ……いや、その……これは、あの……あ、アレだよ、いわゆる日ごろの感謝ってやつだよ」

「感謝……お嬢様が……?」

 

 まるでネコが人語を話すのを見たかのように、フヨウはその目をさらに丸くする。


『日ごろの感謝って?』

 

 そう尋ねようと口を開きかけたユイカを刺すようにミズキは睨み、にこりとよい子の笑みを顔に広げる。


「うん、フヨウにはいつもお世話になってるからさ。何かお礼したいなって、ずっと思ってたんだよ」

「そうですか……解りました。それならば、ありがたくお言葉に甘えさせていただきます。お嬢様が人に感謝をする日が来るなど……夢にも思いませんでした。わたくし、とても嬉しゅうございます……」

「ふふん、まあ、アタシももう大人だからねえ」

 

 褒められているようでその逆のような言葉に鼻を高くしつつ、ミズキはフヨウの手を引いてどこかへと歩き出す。フヨウと別れの挨拶を交わす喫茶店の女主人に頭を下げつつ、ユイカは急いでミズキの隣に並び、


「ねえ、ミズキ。今は時間がないんじゃ……」

 

 しっ。とミズキは口の前に人差し指を立て、喧噪の中でユイカに耳打ちをする。


「大丈夫。今はフヨウに何もご馳走する気なんてないから」

「え? 今は、って……?」

「だって、正直に言ったらついてきてくれないかもしれないじゃん。だから、今はとりあえずミツマメで釣っておくの」

「な、なんでそんな嘘つくのよ。どうせすぐバレちゃうよ……」

「大丈夫だよ。旅に出ちゃえば、後はこっちのもんなんだから」

「でも、これから色々準備してたら、そんなの……!」

 

 コソコソと話をしているこちらを、フヨウが怪訝そうに見下ろしてくる。しかし、その顔をパッと明るくしながらとあるほうへと目を向けて、


「お嬢様、あのレストランでしょうか? でも、あのレストランのメニューにミツマメなどあったでしょうか……?」

「うん、あそこじゃないよ。まだまだ、もっと遠くにあるお店だよ」

「ならば……ああ、町外れに最近できたとかいう、あの評判の甘味処でございますか?」

「え? いや、えーと……も、もっと遠くかな?」

「もっと……?」

「う、うん、そ、それよりちょーっとだけ遠く……かな?」

「町外れよりも遠く……でございますか?」

「ご、ごめんなさい、フヨウさんっ!」

 

 じりじりと追い詰められていく息苦しさに耐えきれず、ユイカは立ち止まってフヨウに頭を下げる。


「じ、実は、その……ミズキ、わたしとフヨウさんを『勇者ガール』っていう旅行ツアーに勝手に申し込んで……それで、魔王城まで行くことが、もう決まっちゃってるっていうか……!」

「魔王城まで……?」

「な、なんでもう教えちゃうのさ、ユイカ! せめて、もう少し直前じゃないと――」

「もう充分直前でしょ! っていうか、こんな嘘、準備してる間にバレるに決まってるじゃない!」

「バレないよ!」

「バレるよ!」

「バレないって! ず、ずっと……ずっと目隠ししたまま街の外まで連れて行けばいいじゃん!」

「誘拐でしょ、そんなの!」

 

 怒るミズキに怒り返して、それから二人、ハッと息を呑んでフヨウを見上げる。と、まるで暗殺者のように冷然とこちらを見下ろしているその目と目が合う。

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