目指す方角
ピメンタとの対面を終えてから数週間。
かなり早いペースで、リクは歴史を教えていた。
「……さてと、ここまでで大体の歴史の流れはつかめましたね。」
「ああ、そうだな。」
ノートと呼ばれる紙の束を置きながら、リクはカラムに一つの問いを投げかける。
「歴史が動くとき、主に何が原因となりますか?」
「原因?」
しばし考えて答えを探す。
大規模な災害があったり、戦争があると民衆に動揺が広がり動きが活発になる。
逆に、圧倒的な平和の中では動きが少ない。
では、民衆に動揺が広がるのはどういう時か。
相次ぐ敗戦で軍事費用が多額になったり、死傷者が増加したり…。
現状を打破しようという目的から、動きは起こる。
そしてその目標となるのは……。
「権力者…。」
「その通りです。」
「原因の大半は権力者の腐敗にあります。過度な税金、無謀な戦争…。害を被るのは民衆です。現在のアクロアイト王国でこれらを満たす条件とはなんですか?」
「…………税金か…?」
「そうですね。要因の一つとしてはそれが挙げられるでしょう。特にビスカス家を含む四大貴族の領地では過度な税金に不満の声が上がり始めています。実際の所、それらの声が届いたことはないでしょうが。」
「ああ。聞いたことがない。」
「ではなぜ聞いたことがないと思いますか?」
カラムが街に出ている時、そういった声を聞いたことがなかった。
実際、皆好意的に接してくれていたので全くと言っていいほど気がつかなかったのだ。
では何故気がつかないのか。
「演技…。」
ポツリとカラムは呟く。
自分に向けられた好意的な表情は全て演技だとしたら。
人を疑うようなことになり、カラムの思考は遮断しそうになる。
いくら貴族社会に身をおいていたとしても、演技と見栄だけで回っている世界にいたとしても、たかだか12歳の少年にはまだ重い。
人を疑い、人から裏切られるという経験をしたことがない彼には、そのような意識が回っただけで思考が停止してしまうのだ。
しかし、彼はさらにその先に進む。
自分に演技をしているとしたら、演技をしなければならない理由がある。
おそらく、何かを恐れてそういった行動に移らなければならなかったのだろう。
彼が持つ恐ろしいものとは…。
彼が、ビスカス家が保有する騎士団。
護衛や場合によっては逮捕や処刑も行う機関だ。
ある程度の自治権が認められている四大貴族はこういった騎士団を有している。
騎士団に彼が命じれば、その人々は即刻逮捕、監禁、処刑だろう。
それが可能であるが故に民衆は彼に演技をする。
つまり、民衆が恐れるものとは
「絶対的支配体制。独裁支配の形だ。この支配体制自体を恐れているんだ。」
パチパチと手を叩くリクの姿が見える。
「おめでとうございます。全てのゴールでありスタートは、独裁体制、それ自体の改革です。」
長い思考を必要としたが、それでも正解に至った彼は自身を褒め、そして胸をなでおろした。
リクは、そんなカラムを見てリクはさらに続ける。
「では、独裁体制の反対はなんでしょうか。」
「民主主義であろう?」
「そうですね。なら、独裁体制が何故始まったかわかりますか。」
「力を持つものが、その力によって圧政を敷いたこと。」
「それは一つの形ですね。」
「一つ?他にもあるというのか?」
「ええ、一番恐ろしい形が抜けています。」
「恐ろしい…。1人に権力が集中するという政治体制か?」
「いえ、もっと。」
「…わからん。降参だ、教えてくれ。」
リクは笑顔で話す。
「最も恐ろしいのは、『民主主義の腐敗から、民衆自ら独裁体制を求める場合』です。」
少々時間を有した。
言葉の恐ろしさを否定するために。
「ば、馬鹿な‼︎今、貴様は民衆が独裁体制を恐れているといったではないか‼︎それが何故自ら彼らがそれを求めるんだ‼︎」
「だから、ピメンタ様も仰っていたでしょう?愚民と。」
「そ、それは…。」
「基本的に、人間は利己的な生き物です。自分さえよければ後先のことを考えないのです。」
民衆が自ら独裁を求める。
そんなことがあってしまったら、自分が目指す道が…。
「つまり、貴様はこう言いたいということか。私の目指す道が無意味であると。この先、いつか民衆は私が敷いた民主主義の体制を破壊し、自ら劇薬を手に取ると。私のこれからの努力は無駄であると、そう言いたいのだな⁉︎」
机を強く叩き、リクを睨む。
しかしリクは未だに笑顔を保ったまま。
そんなリクに、カラムが怒号を浴びせようとしたその瞬間。
「歴史が動くとき、本来ならば未来は誰もわからないはずです。」
リクが静かに話す。
「しかし、私という人間が未来を知っている以上、誰もわからないという前提は崩れます。」
「何を言って…。」
「私が教えなければ、いえ私がいなければ、あなたは独裁の恐ろしさをも知ることができなかったでしょう。」
「それは…。」
「私が提示しなければ、その場にあったカードの存在すら、あなたは確認できなかったのです。厳しいことを言うようですが、私が教師であなたが生徒である以上、少なくとも今のあなたよりは私の方が知識を持っています。自分を過信しすぎないでいただきたいですね。今のあなたには大きな力がある訳でもないのですから。」
言葉が出なかった。
彼は正論を並べている。
自分の無力さを痛感した。
「しかし、あなたが目指す道の未来も私は知っています。それもお忘れなく。」
突き落とすのがリクなら、引き上げるのもリク。
上手い商売だとカラムは思った。
「ふっ…。まあ、リクがいるならなんとかなりそうだな…。」
「私などでよければ、いくらでも力になりますよ。」
「自分では何もできないことを思い知らされた人間に一人で物事を成せという方がおかしくないか?」
「あはは…。まったくその通りで。」
方角は定まった。
あとは進むのみだ。
遅くなりました。
リアルの方で色々ありまして、2回投稿ができませんでした。
申し訳ありません。
突然なのですが、このお話は不定期投稿になるかもしれません。
というのも、私自身、学がないものですから、貴族ものを描きたくてもどんな描写が正しいのか全くと言っていいほどわからないのです。
もしかするとこの話と別の話を投稿するかもしれません。
ただ、そちらはまだ構想段階で、着地地点が決まっていませんので投稿できるかわかりませんし…(とはいえ、これもちゃんと着地できるとは決まっていませんが)
ですので、次回は未定です。
よろしくお願いします