歴史が動くとき
カラムとサーシスは、平民に見える服に着替えた。
爽やかな風が自分たちの周りを抜けていく。
少々肌寒いが、それでも普段着ている重苦しい服よりも動きやすい。
服とともに、貴族という大きな重荷も脱ぎ去ったような清々しい気分だ。
小屋から少し歩くと、林を抜ける。
街の端の方で畑が広がっている。
街で使われる小麦はここである程度まかなえていたが、最近では人口が増えて、他の街から買っている。
その代わりに、果物の類はこの街から多く出されている。
食べものだけでなく、様々なものが流通する貿易都市なのだ。
「外に出るのは、直に生活実態に触れるためです。さっきも言いましたが、話を聞くより見た方が圧倒的に理解しやすくなります。卓上であーだこーだ議論するより、確実な情報が得られるでしょう。」
「とはいうものの、私だって何度か街には出ているぞ?」
「存じております。その上で、今回見るべきポイントがあるわけです。」
畑の間の街道を歩けば、街の大きな門が見えてくる。
その中に、カラムの住むビスカス邸もあるわけだし、街の様子は知っているつもりだ。
ビスカス邸があるのは、街の南側。
そして、今は街の東門から入ろうとしている。
門をくぐれば、景色は一転。
先ほどまでの田園風景はどこに消えたのやら、人の熱気が押し寄せてくる。
活気溢れるメインストリートが東西に一本通ったこの円村型の街が、アクロアイト王国屈指の大都市、ミアプラである。
そしてビスカス家はここを拠点として周囲の土地を領有しているのだ。
新鮮な果物はもちろん、各地から集まって商人たちが競って店を並べ商品を売りに出す。
それは、森の幸も海の幸もある。
海は、ミアプラからそう遠くないところにあるのだが、それでも時間はかかる。
基本的に海の幸は干物や塩漬けだ。
森に関してはすぐ近くにたくさんあるため、いくらでも取りに行ける。
よって、食に関しては肉類の方が並ぶ。
それ以外にも、地方で作られた陶器や着物の類など様々だ。
地方の大商人から、街の小さな商人夫婦まで出店は沢山並んでいる。
買う者、売る者。
そこは商人たちの戦場であった。
「さあ、どんどん買ってきな!」
「今なら、こっちもおまけしちゃうよ!」
「あれをくれないか!」
「あ、それは俺が先に目をつけたんだよ!」
騒がしく、暑苦しい。
しかし、この風景はいつ見ても楽しいものだった。
だが、
「坊っちゃん、美味しいもの食わねえか?」
「あら、きみは何か欲しいものがあるかい?」
「子供に売るもんはねえよ。帰んな。」
明らかにいつもと見えかたが違う。
着替えをしただけなのに、カラムに対する態度が変化している。
普段なら、歩くための道は何もせずともできているのだが、今日は人混みの間をすり抜けていかなければならない。
地位的に目線が低くなった気がしている。
「わかりますか?庶民的な目線になれるでしょう?」
「ああ、そうだな…。」
これなら、いろいろなことに気がつけるかもしれない。
サーシスの表情が固いことが気になるが、十分楽しい。
「ただし、」
と一言付け加えるリク。
「影を見るために来たことを先に告げておきます。」
前を歩くリクからは、意味の深そうな言葉が出てきた。
「影?」
これまで、この男の連れて行くところで気分のいいところはなかった。
今回もいい予感はしない。
「まあ、覚悟しててくださいよって感じですね。」
やはり楽しそうなこの男。
いつか裏切って殺しに来たりしないだろうか。
そもそも、まだ信頼できると決まったわけではないんだ。
今までの流れだっただけで、この男に全てを任せて良いわけでは…
「さてっと…。」
リクの歩が止まる。
「つきましたよ。」
カラムの目の前には薄暗い路地があった。
そこには無残な人の姿が多くある。
痩せ細った子供。衣服が無いに等しく、病的に青白い女性。薬物の臭いがきつい老人。
腐敗臭と汚物の臭いが鼻腔に突き刺さる。
蝿の集った人を見れば、数人に一人は死んでいた。
湧き出た蛆を食べようとする老婆もいる。
「こ…こは……?」
「街の北側。ビスカス邸からちょうど間反対です。薬物、暴力、性犯罪。そんなことが日常的に行われる貧民街です。」
明るい街の影。
自分が知らなかった世界。
またもや、自分は無知であった。
しかも今回は、「過去」ではない。
「現在」である。
その分、衝撃は大きい。
「サーシス……知っていたのか……。」
込み上げてくる謎の感情を含んだ言葉。
ぶつけるべき相手はいないとわかっていながらも。
「存じておりました。」
「ならば、なぜ教えなかった‼︎」
怒鳴り声が路地裏に響く。
「こんな…こんな…こんな悲惨な生活をしている者の上で、私は何をのうのうと幸福に生きているのだ‼︎私が不幸ということを知らないなら、彼らは幸福というものを知らないのではないか⁉︎なぜ…なぜ私が、何の不自由もなく生きているんだ⁉︎」
「まあまあ、カラム様。」
声をかけるのはリク。
優しい声色だ。
「幸福というのを知らないなら、彼らは不幸も知りません。比較対象がありませんから。それに彼らはここから這い上がろうとしませんから、出ることができないのも当たり前です。」
「なっ…貴様は何を‼︎」
「それともなんですか?ここの人間を、全員あなたの屋敷で雇いますか?養いますか?」
「っ…それは…」
「お教えしたでしょう?いつの時代も誰かの犠牲の上に立っていると。彼らは経済の犠牲者であるだけです。厳しいようですが、今のままでは彼らを救うことはできません。」
言い返す言葉も、力もない。
それは気力でもあるが、知力でもある。
正論なのだ。
自分が知らなかっただけなのだ。
むしろ、知らなければこんなことも言い出さなかった。
そんな自分が恐ろしい。
知らないのなら知ればいい。
そして教えればいい。
今のままでダメなら、今を変えればいい。
「…てやる。」
はじめは小さくとも、次第にそれは確かなものになっていく。
「変えてやる…。」
最後に行き着く大きな一つの決意がカラムの中に確立した。
「この国を…いや、この世界を…変えてやる…‼︎不幸を、犠牲をなくす‼︎自由と平等を、誰の手にも届くところへ‼︎」
誰にも悲しまれずに死ぬ者を無くしたい。
今日を生きる権利を全員に持たせたい。
夢を持って夜を過ごし、希望を持って朝を迎えさせたい。
そのためには…
「力が…知力が、武力が、権力が必要だ…。」
「おっしゃる通りでございます。」
権力は、自分にはある。
武力は、権力を使えばなんとかなるかもしれない。
知力は…
「リク。」
「なんでしょう?」
「貴公の力が必要だ。」
「もう、私に制約はありません。何なりとお申し付けください。」
「では、貴公をビスカス家総参謀長官に任ずる。」
「その任、しかと承りました。しかし、参謀というのは本来軍人が就く位です。私は武力による統制などあまり好みませんし、第一に戦術に関しては全くの無知。私は専属家庭教師ぐらいの任で十分です。」
「…そうしよう。早急に、この街について色々と教えて欲しい。この街だけでなく、この国のことも。」
「はい。貴方の大道に向けて、全力を尽くす所存でございます。」
ここに、新たなる歴史の一ページが刻まれようとしていた。
カラム・ビスカス・ルー、後世の人間に「革命の父」と呼ばれる彼の運命を、そしてそれを取り巻く自分たちの運命を、今は誰も知らない。
ただ一人を除いては。
このページをご覧いただき、ありがとうございます。
高砂団子です。
やっとあらすじ回収いたしましたね。
正直一安心です。
ここまで続けてきたわけですが、まあ未だに主要人物の一人称二人称が定まりませんね。
それはしっかりと調べていきたいとは思うのですが…
最近少々忙しく、hero combine なんですよ。
だから次を書ききれるかどうか…頑張ります。
次回は6月13日の予定です。
それでは失礼いたします。