平和は血の上に
リクに案内された先に待っていたのは、想像を絶する場所だった。
謎の道具が所狭しと並んでいる。
何をどう使うのかもわからない箱状のものや円筒形のもの、球体など様々だ。
「どうですか?」
「なんだこれは…?」
今まで感じたこともない衝撃が、カラムを襲う。
「一つ一つ説明すると本気でキリがないので、この装置だけ見てもらいましょう。」
そう言って、リクは部屋の隅にあったモノを触った。
すると、床の一部がずれ、階段が現れる。
「どうぞこちらへ。」
その下に消えるリク。
恐る恐るリクの後をついていくと、地下には一際大きな透明な筒状の部屋のようなものがあった。
線のようなものが様々なところから様々なところにつながっている。
「これは…?」
見当もつかない。
「魔鉱石集約型安定時空転移装置です。」
「マコーセキ…なんだ?」
聞いたこともない言葉が飛び出してくる。
「要約すると、時間や空間を設定したところへ自由に跳べる装置です。」
「時間を跳べる?」
リクの言う、未来からという意味がわかった気がする。
だが、確実ではない。
「試しましょう!」
「は?」
そんな危険のことを誰がやると言うのだ。
流石に否定しようと思った。
しかし、それより先に、リクはカラムの手を引いて装置の中に入っている。
「な、何をする⁉︎」
「すぐに終わりますから。安全ですしね。」
手早く目の前にある板を操作するリク。
カラムは、手を振りほどこうとするがリクの左手はそれを許そうとしない。
片手でものを動かしているというのに、なんという力だ。
「これ、単純な腕力で掴んでいるわけではないんですよ。パワードスーツってやつです。」
「なんだそれは?」
「魔法による筋力増強に近いですかね。実際、筋肉は使ってないですが。」
リクがそんなことを話していると、目の前の板が高い音を発し始めた。
「これでよし。では出発ですよ。」
「どこに⁉︎何をしに行くんだ⁉︎」
ひたすら恐怖でしかないカラムとは反対に、リクはとても楽しそうだった。
突然、白い光が2人を包む。
目を開けていられないような眩しさがカラムを襲った。
思わず目を閉じる。
一瞬の静寂。
しばらくして、物音が聞こえるようになった。
人々の声が聞こえてくる。
しかし、それは明らかに日常的なものではなかった。
怒号と悲鳴。そして爆音。
うっすらと目を開ける。
すると、二人は崖の上に居た。
眼下では、人間と異形的な生物の戦いが繰り広げられていた。
「魔法大戦…。」
「ご存知でしたか。その通りです。」
魔法大戦時代。
かつての人々は圧倒的な自然を前に、僅かな領地で怯えながら生きていた。
そこに魔法という力を得たことで、今まで恐怖の対象だった異形の生物、いわゆるモンスターを討伐することが可能になった。
そして、過去の英雄たちは強大なモンスターと数々の死闘を繰り広げ、今の人間の生活圏まで広げたと言われている。
それこそがこの時代だ。
しかしそれは伝説の話。
「今までは伝説の話とされていましたよね。しかし、我々はこれらの装置を使うことによって、それらが現実であったことを確認するとこができました。」
淡々と語るリク。
しかし、直に血生臭い現実を体感してしまったことに対してのカラムの衝撃は大きかった。
「伝説は…本当……。我々は…犠牲の上に…。」
「いつの時代も、私たちは誰かの犠牲の上に立っているものです。」
しばらくの間、カラムはそこから動けなかった。
脳は、情報を拒否している。
しかし、体がそれを許してはくれないのだ。
目の前で起こっていることは現実で、それは忘れてはいけないことであって…。
幾人もの人間が倒れ、それらを肉の盾として次の攻撃への備えとする。
魔法によって、モンスターは苦しみ、悶え、そして闇雲に攻撃をする。
それを避けられなかった不幸な人間が、また次の盾となる。
自分は、こんな悲惨な血の海の上で、苦痛の上で、優雅な生活を送っている。
そんな自分がとても卑怯で、傲慢で、醜く見えた。
「帰りましょうか。」
「あ、ああ…。」
振り返ると、二次元的な青白い鏡のような光があった。
おそらくここから自分たちは来て、ここに入れば元に戻れるのだろう。
すぐに帰りたいはずなのだが、足がなかなか動かない。
ここをしっかりと目に焼き付けておけという、神からの試練だろうか。
陰鬱な気になりながらも、首を振ってその気を払う。
少々、危うい歩き方ながら、カラムはその光の中に入った。
「伝えられた伝説は美しいものだった。聖なる魔法が邪なる魔物を討ち滅ぼす。
英雄たちは全員揃って生還し、喜劇となる。なんとも子供が喜びそうなものだ。
しかし、現実はもっと生臭く、薄汚れた戦闘だったわけだ。」
「童話も本当は怖いものが多いですからね。」
「現実が恐ろしいというのもあるが、それを知ろうともしないかった自分が一番恐ろしいんだ。」
カラムはもう、何も考えたくなかった。
自分の来ている純白の服に、血がついていないのが不思議だった。
「今日はお疲れのご様子ですから、ご自宅の方でお休みになられた方が…。」
「そうだな…。精神に響いたからね…。そろそろ帰らせてもらうよ。」
口調も父の真似事から戻っていた。
過去を知ろうともしなかった自分の浅さ。
むしろ、それを教えられることがなかった。
無知であることは時として幸福であるが、不幸でもある。
自分より年下の人間には、そんな思いはして欲しくない。
「教育…か…。」
教えられたことを学ぶというのをこう表現しているのを聞いた。
自分が受けているものを一般人も同じように受けているとすれば、それは改善しなければならない。
だが、前に父が言っていた気がする。
「お前は特別だから、こういうことができるんだ。」と。
あの時は、特別という響きが素敵すぎて全く気にしていなかったが、教育を受けられているのが自分だけだとしたら…
自分が当たり前に知っていることを知らないということがありえるのだ。
無知が不幸ならば、それは自分以外の子供は不幸だということではないか。
「いや、今日は疲れた。」
今の重い精神状態では考えられない。
帰ったらすぐに寝てしまおう。
考えるのは明日からだ。
「おかえりなさいませ。」
「「「「おかえりなさいませ。」」」」
執事の声に、使用人達が声を重ねる。
「今日はお早いですね。」
「えっ?」
ホールにある柱時計を見ると、出かけてから30分も経っていない。
「なぜ…。」
「どうかなさいましたか?」
執事が尋ねてくるが答えようがない。
過去を見てきたからもっと時間が経っているはずだなんて誰が信じるだろうか。
「歴史を学んでいたのだけど、思ったより時間が経っていなかったから。」
嘘をつく。
「勉強熱心なのはいいことではございますが、出かけるときは私どもに一声おかけいただきたいのです。」
嘘だと気付いているのだろうが、それを表には出さないあたり、流石だとカラムは感心してしまう。
しかし聞いておきたいことがある。
「サーシス。」
執事の名前を呼ぶ。
「いかがいたしましたか?」
「教育を受けるということは普通なのか?」
自室に歩きながら、さっき考えていたことをまっすぐに聞いてみる。
「そうですね……。カラム様ほどの高等教育は受けている人間はいないでしょう。カラム様は特別ですから。」
「そうか……。」
自分を持ち上げることを聞きたかったわけではない、とカラムは思ってしまう。
「しかし、例えば、商人の子供なら、銭金の勘定はしっかりとできなければいけません。
ですから、そういった面では教育を受けているとも言えるのではないでしょうか。」
執事が告げているのは正しいことだろう。
自分だけが教育を受けているわけではないということだ。
疑念の解消とともに嬉しさがカラムの内から込み上げてくる。
「そうか!なら、歴史や魔法技術なんかの教育もか?」
「それは難しいかもしれません。平民の頭がそれほどのことについてこられないでしょうし…」
「そういうことじゃ…。」
「金銭的にも厳しいものはございましょう。教育には費用がかかりますから。」
「……受けられないほどなのか…。」
教育を受けない生活を考えたことがないカラムにとっては、難しい話かもしれない。
「我々が教育にかかる費用を支払うのは?」
「平民全員にというのは不可能です。」
「そうか…。」
子供心ながらに、不幸というものから救いたいという心はあった。
自分が幸福というものならば、自分と同じ位置に連れて来ればいい。
そういう安易な考えは、打ち砕かれてしまった。
「もう下がってもいいぞ。」
「かしこまりました。」
一人になった自室でため息を漏らしてしまう。
「自分には何もできないのか…。」
解決する方法とすれば…
「リクにきいてみるか…。」
あの男なら何か知っているかもしれない。
このページを開いてくださりありがとうございます
さて、第2話が投稿されましたが、当初の予定より書きたい部分が書けていません。
読んでて思われた方もいると思いますが、リクの正体が不明。
そして、話が飛んでる。
正直、結構疲れておりまして、話を考える余裕がないです。
とりあえず、隔週投稿を予定しておりますので、よろしくお願いします。
次回の投稿は5月16日を予定しておりますが、都合により変更になる場合もあります。
ご了承ください。
それでは失礼します。