夕焼けの朝
慣れない感覚も二度目となると見知ったものになる。初めの覚醒と同じように目を開くと、空の向こうへ太陽が沈んでいくところだった。どうやら丸半日以上寝てしまったらしい。そういえば頬を撫でた風が少し冷たくなっていた気がする。随分と贅沢な二度寝をしてしまったようだ。
「・・・・」
そのせいか、頭の中がまだ起ききっていないようである。空腹は感じないが、喉はカラカラだ。一口でいいから水を飲みたいところである。そのせいか体の硬直のことを忘れて体を起こしてしまい、来たる痛みに備えて身をすくめたが、どこも痛くなかった。それどころか体は何の抵抗なく起き上がった。どうやら二度寝前の激しい筋肉痛はすっかり治ったようだ。二度寝もまったくの無意味とは言えない。
すっかり気分が軽くなった俺は体を起こしながらあたりをキョロキョロとしてみるが、呆れるほどの緑一色であった。しかし風景より、まずは俺の体だ。なにせ俺は確かに電車に轢かれたのだ。腕の一本や二本なくて当然である。
立ち上がって、自分の体を確認してみた。
まずは手足。特に変わったところはない。ただ俺はもう少しだけ肌の色が濃かった気がする。まあいい。些細なことは気にせず次は細かいところを見ていく。
髪の毛オーケー。顔も、胴も、太もももオーケー。見える限り、触れる限りの範囲では特に異常はないようだ。
よかった・・・・。
心の底からの安堵を初めて経験した。心臓に絡みついた鎖が音を立てて外れた気分である。今なら魔法も使える気分だ。
と、安堵の文句で魔法なんて単語を出したが、そういえばここは異世界だったな。今のところそれらしいところは見えないが、もしかしたら実際に魔法とか使えちゃったりするのか?剣と魔法、猫耳に人外。そんな存在が溢れる夢のような異世界だとしたら、死んでここに来たのも悪くない。
俺は生前はそういったものに興味があったから、妄想も人並みにした。その妄想では俺みたいな小心者はまずはじめにパニックを起こす予定だった。しかし人間実際にやってみないとわからないものだ。妄想に反して今は案外落ち着いた心境である。
しかし、俺の現状は芳しくないな。
「喉がカラカラだ」
俺は乾ききった喉を撫でながらそう呟いた。
水を飲みたいが、現状はそれどころではない。ここはどこなのか、自分は今なんなのか、すべてが分からない。体の感じから言って見た目は以前とは違うようだ。
現在の俺はまさに、この世に産み落とされたばかりの赤ん坊に等しい。
金はない。家もない。家族も頼れる仲間もいない。周りはひたすらに森しかない。
考えれば考えるほど膨れていく不安を煽るように、森が風を受けてざわめいた。
文量についてのご意見はありますでしょうか?一応これより少し多いぐらいを通常にしたいと思っています。