月を励みに
そういえば・・・・どうなんだろうな。転倒の痛みも消え、荒かった息も落ちついてきた俺は木に寄りかかりながらなんとなく考えていた。
あの狼、今頃どうしているだろうか。俺がこうしてのんびりしていられるのだから、FSでよく見る魔物のようなものはいないのだろう。もしいたらほっと一息どころではない。結構本気で八つ裂きにされていそうだ。
ならばあの狼は今も、あの場所で今も目を閉じているのだろう。
「女の子、だったよな」
狼が身に着けていたポーチには明らかに女性用の着替えがあった。狼が実は下着泥棒とか、女装の趣味があるとかでなければ、狼の正体は女性の人間である。
俺は女の子を一人森の中に置いてきたのだ。
「・・・・」
そういえば、俺の死に際も誰一人知り合いが周りにいなかったな。ちょうど一人で秋葉原に行くところだったから、いつものオタク仲間もいなかった。
っていうか、友達自体少なかった。オタクだからだろうか。あの狼はどうなのだろうか。
「なんでいちいちアイツが出てくるんだ・・・・」
俺は頭を掻きながら頑張って頭に浮かぶ狼の姿を払おうとする。
俺はオタクとして生きてきた。それもオタク文化の塊みたいなキモオタだ。キャラが濃かったため人望はそれなりにあったが、その倍ぐらい指さされて笑わわれた。はっきり言ってオタクは差別される立場だった。
あの狼も同じだろうか。生前読んだラノベや見たアニメでは、人狼はいい扱いをされていなかった。この異世界にどの程度、人狼のような亜人種がいるのかわからない。しかし普通の人間から見れば恐怖の対象であるのは避けられないだろう。きっと少なからず差別されてきたに違いない。
・・なんでこう何回もあいつがでてくーーーー
心中で何回もぼやいて、俺はやっと気づいた。
俺と同じだ。あの狼は多分、いやきっと俺と同じなんだ。
そんなやつを、俺は見捨てた。
そう考えると、俺の落ち着いてきた胸に再び罪悪感がじくじくと沸き始まる。心臓を締め付けるような感じがして、俺は自分の胸のあたりを抑えた。
俺はもう二度と死にたくないんだ。痛い思いをしたくない。つらい、苦しい思いをしたくない。
そのはずなのになんでこんなに胸が痛いんだ。死なないための最善策を実行しているはずなのに、息苦しくて仕方がない。
理由は薄々わかってる。いや、わかっていて見えていないふりをしている。
あいつは狼じゃない。人間なんだ。そりゃあ見た目は本物の狼が尻尾巻いて逃げるほど恐ろしい銀狼だけど、中身はきちんと人間の女性のはずだ。
見捨ててーーーーいいのか?
それはまずキモオタとか以前に、人としてあっていいのか?
「はぁ・・・・」
こんな堂々巡りの思考を繰り返している時点で、答えは決まっているに等しかった。
もういい。どうせ俺はお人好しだよまったく。
なら仕方ないか。
死にたくない。死ぬぐらいなら他人なんて見捨てたほうがましだ。
でも、今は違う。あいつは見捨ててはいけない気がする。いまあの人狼を見捨てたら、キモオタじゃない俺が、俺の良心とかいうやつが死ぬ。
もしかしたら夢と同じ死を迎えるかもしれない。それへの恐怖は今もなお変わらないが、俺はできるだけ力強く立ち上がり一歩を踏み出した。
まったく、異世界も大変なものだ。
最近休みが多すぎて学校へ行く気が失せる・・




