御利益=お賽銭
第1話 御利益=お賽銭
「あ〜、こたつから一歩も動きたくね〜。」
1月3日、お正月三ヶ日も最終日の今日。テレビでは未だに人で賑わっている神社を特集している。
「にしても、よくこんな人混みの中に行きたがるよな。どうせ行ったところで何か起きるわけでもないっていうのにな。」
まあ、どうせ家に居ても暇だからとか、なんとなく有名だからとかいう理由でほとんどのやつはいってるんだろうなー。
まったく、正月だっていうんだからもっと自宅にでもこもってゆっくりすればいいのに。どうしてわざわざ疲れに行くのかねー。
「とか考えつつも、実際は暇だからちょっと行ってみたいなーなんて思ってみたり?」
自分しかいない家の中で当然返事など返ってくるはずもない。ただテレビの音だけがなっている部屋の中で少し悲しくなる。
「よし、このままこたつに入っていても、する事ないしな。少し気晴らしに外を散歩でもするかな。」
……なお、こたつの魔力を振り払うまでにはこれから30分程度の時間がかかった事をここに記しておこう。
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そんなわけで、俺は今、全財産が入っている財布と愛用のスマホをジャンバーのポケットに商店街のある通りを歩いている。
「しっかし、やっぱりどの店も閉まってるよな。」
今はまだお正月。当然、商店街の店はシャッターが閉まっているしスーパーでさえも明かりが点いてない。
商店街の弁当屋ででも昼飯を買おうと思ってたんだがこの分だと閉まってるだろうしな。ちょっと遠いが駅前のコンビニまで行くかね。
「にしても、ここがこんなに空いてるなんてな。1年間住んでいて初めて見たぞ。」
普段はそれなりに混雑している商店街。しかし、今は通りの端から端まで誰ひとりとして歩いていない。
結局、駅前のコンビニにつくまでの間、誰にも出会う事はなかった。
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「ウーロン茶、唐揚げ弁当で568円になります。」
財布から小銭を取り出し支払ってお釣りと商品を受け取る。
「ありがとうございましたー」
バイトのにいちゃんが後ろでそう言っているのを聞きながら店を出る。
しっかし、本当に人が居ないな。コンビニに着くまで誰にも出会わなかったから異世界にでも召喚される前兆かと思ったぞ。
まあ、これ以上外にいても寒いだけだし、さっさと家に帰ってこたつに入るか。
と、しばらく歩いたところで小さな神社があることに気づく。そういえばこの道は結構よく通っているけど
今まで入ったことはなかったな。
どうせ家に帰っても暇っちゃ暇なんだ。ちょっと寄って行くことにするか。
そう考えて俺は中に入って行くが境内には誰一人としていない。まあ、こんな小さな神社、町内のイベントもでも無ければ来ることはないからな。
“何小さいとか言っとんねん これでも古くから続く由緒ただしい神社やねんぞ”
ん? 何か今誰かに怒られた気がしたんだが。 そう思ってあたりを見回すがやはり誰もいない。やはり気のせいか。こんな小さな神社に人なんて来るわけないからな。
“小さい小さいってお前の家よりかなり大きいわ。てか神社来たんやったら賽銭の一つくらいさっさと入れろや”
今度は賽銭を入れろと怒られた気がする。あたりには誰もいないんだから気のせいには違いないんだが。まあ、初詣なんだから賽銭くらいは入れてもいいかもしれないな。
そして俺はそのまま賽銭箱の方に向かい財布を取り出す。
「マジか、小銭が五百円玉しかないぞ。いやまて、奥の方にまだ小銭が残ってた」
俺はひとまず五百円玉を財布と指の間に挟み、それから財布の奥の小銭を取ろうとした。
“ん?兄ちゃんお賽銭入れるんか?
⁉︎ SO RE HA 五百円玉‼︎
この神社が出来てからおおよそ450年、雨にも負けず風にも負けず台風の直撃にも幾度となく晒され、世界大戦の戦火にも耐え凌ぎ、時に団地建設の業者に狙われ、時に地上げ屋に襲われ、少子高齢化の波の煽りを受けてこの町内の行事ですらもう殆ど使われることは無くなってしまって、このままやったら後数十年もせんうちに潰されてしまうっちゅうくらい長い間生きたこのわしが生まれてからたった3回しか見ことのない五百円玉か⁉︎”
「⁉︎あっ、俺の財布がっ」
突然の声に驚いて思わず財布を落としてしまう。幸いにも賽銭箱の上にある枠のおかげで財布ごと中に入って行くことはなかったが、小銭は全て賽銭箱の中に落ちていった。
「まったく、誰だよ脅かしやがって」
少し苛立ちながら後ろを振り向くが誰もいない。流石に今度のは気のせいではないと思うんだけどな。そして前を向きなおすと、そこには小さなおっさんが浮かんでいた。
…どうやら俺は賽銭箱に小銭を落としたショックで幻覚が見えているようだ。
“ちゃうから、わし幻覚やないから。わしはこの神社で祀られてる神さんや”
どうやらこの幻覚は自称神様だそうだ。まったく図々しいにもほどがある。だいたい神って言ったらもっと神々しいオーラとか出てるだろ。
“コレやから素人はあかんねん。あんなオーラなんて出したところでなんぞ金になるわけでもないし疲れるだけやがな。自分、オーラとか出したことあるんかいな。あれめっちゃ疲れんねんで、ほんまに”
いかにも胡散臭い口調で自称神は語りかけてくる。神だって言うんだったら証拠の一つでも見せろって。なんか奇跡みたいな事を起こすとかさ。
“それやったらさっきから自分、一回も喋ってないのに会話が成立してるやんか。それじゃあかんのか?”
一見論理的に答えが返ってきたようだが、これは俺の幻覚だから俺の考えてる事くらいはわかるだろう。
“自分、えらいけったいな性格しとんなー。もう、面倒くさいし幻覚でええわ。そんな事より兄ちゃんお賽銭入れてくれたやろ。久しぶりにお賽銭入れてもろてん、それもあないにぎょーさん。せやからなんぞ願いでも叶えてやろかなとおもてな。1257円入れてもろたし12文字以内で頼むわ”
なにやら幻覚が都合のいい事を言っているようだ。ラノベでもあるまいしそんな都合といい事なんて起こるとは思えないんだが。まあ、もし願いが叶うんだったらチートで異世界転移して金が欲しいな。なんてな、そんなんで叶うわけないか。
“『チート』で『異世界転移』して『金』が欲しいやね。まあ接続詞サービスで抜いとくんと、行きたい世界はそれっぽいとこにしといたるわ。まあ、気張って楽しみやー”
そう頭の中に響いた時、俺の視界は既に眩しい光で埋め尽くされていた。