ないす☆すこっぱー
この世界は大きすぎる。
1歳かそこらのまだ幼かった頃、母に連れられて外へ初めて出た時に、その広さに圧倒されて俺は泣きだしてしまった。母に抱かれても手が届かない天井よりも高い青空。端にたどり着くだけでも息切れがする長い廊下よりも広い野原。広いと思っていた家よりも、世界は遥かに広かった。
成長するにつれ世界は広がっていった。
父について街に行って、泣きだすほど広く感じた村よりも更に大きな街に驚き。
学校に通うようになり、国や大陸について学び。
図書館で借りた本によって、宇宙という表わしきれないほどの大きなものを知った。
どんなに魔法が発達しようとも、宇宙に行けるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだった。なによりもこの星でさえも広すぎて、すべての場所へと行くことができないでいるのだから、そのむずかしさがよくわかる。
だけど、俺は宇宙に行きたかった。
幼いころ、より広大な外というものを見て家が小さく感じたように、より広い宇宙を見れば、この星の広さが小さくなると思ったからだった。
俺は未だに世界の大きさが怖かった。
だども、宇宙を目指すには魔法がいる。
それも風属性の魔法が、だ。
……悲しいかな。どんなに宇宙を望もうとも、俺にはその適応はなかった。いや、あるにはあるのだ。風の魔石でブーストしてようやく微風が吹く程度の適応は。
宇宙に行くという壮大な夢を諦めた少年期の俺は、次に冒険者を目指した。
宇宙の神秘を明かせないのならば、せめてこの星の全てを知りたいと思ったからだった。ほとんど交流のない遠い国、森の奥深くにあるというエルフの隠れ里、南国の島々にある常夏の王国、雲の中にあるという魔法の国。
おとぎ話に出てくるこれらの実在する国を巡るためには冒険者は都合がいい。
それに冒険者になれば、この星で一番謎に満ちているというダンジョンにも入れる。
宇宙まで続く遥かな空と比べれば、地下へと続くダンジョンはいつか果てがくるのも良かった。
未踏の地であるダンジョンを少しずつ解き明かしていくことで、世界が狭くなっていくのはとても愉快だった。
悲しいかな、風属性の適応は低い俺だったが、幸いにも土属性は天才と称えられるほど高かった。羨む声を聞くこともあるが、正直こんなものよりも空を飛べるほうが俺にとっては何百倍も羨ましい。
その特に誇りとも思っていない長所だったが、主にダンジョンへ潜る時には大変役に立った。
そう、文字通り「潜る」のに。
こればかりは感覚的なもので説明をしがたいのだが、俺は地面へともぐることができた。
魔術に詳しい友人曰く、皮膚の感覚で土の魔力のわずかな違いを読み取り、それに合わせた魔力を身にまとわせて土砂の隙間を縫っている。らしい。正直、そんな風に理論立てて詳しく説明されても、物心つくころにはすでに土に潜って遊んでいた俺にしてみればフツーに水中を泳いでいるのと変わらない感覚なので、自分がなにをしているのかもよくわかっていない。
説明してくれた友人にそれを素直に告げたら、魔法を舐めるなと、杖で全力で殴られた。
閑話休題。
とにもかくにも、世界の国々を周るのにも飽いた俺の現在の日課はダンジョンに潜ることである。
今日もギルドの依頼で潜るところだ。
ダンジョンの入口に拵えてある管理小屋のスタッフに挨拶をしてから中へと入って行く。巨大な石で組まれた洞窟の口へと踏み入っていくと、じっとした湿った空気が混ざり始めていく。
入ってすぐは大きな広場になっている。ここにはモンスターや罠がないので、何組かの冒険者パーティが固まって談笑をしているのが見えた。
彼らを横目に、俺はさらに奥へと進んでいく。
そう進まないうちに、入口から差し込んでいた明るい陽の光は消えて、暗がりが色を濃くし始める。
もっと深くまで進めば耳が痛くなるほどの静寂が満ちているが、ここいら辺の浅い階層では、まだ人の気配がまだあちらこちらから感じられる。
分かれ道の右からは、おそらく初心者の戦っている声が聞こえる。あんなに大きな声を出していると、ほかのモンスターを呼び寄せてしまうことだろう。だが、それもまた経験だ。
1階から3階までは出てくるモンスターは少ないが、弱いモンスターばかりだし、すぐに帰ることができるしで初心者達の訓練場として活用されている。
5階まで直行できる近道があるので、腕に自信のある冒険者たちはわざわざこの辺りを通ることは少ない。
無事に戦闘に勝利したのか挙がる歓声を遠くに聞きながら、俺は壁から生えている光る花を摘んでいく。
≪フラワー・ランプ≫という人工的な花だ。
どこかのお偉い魔術師が開発したこの花は、魔力を吸収して光る習性を持っている。街灯代わりにするには魔力の補充コストがかかり過ぎて使えなかったが、空気中にまで魔力が満ちているダンジョンであれば常に光を放つことができた。松明よりも弱い光だが、ないよりもマシである。
冒険者たちがこぞってダンジョンへと植えはじめ、そのお陰で灯りの用意がいらなくなり初心者にやさしい、上級者にもありがたいダンジョンが増えている。
で、俺の仕事はというと、フラワー・ランプを深い階層へと株分けすることだった。
作られた故に、この花は繁殖能力がとても低かった。
種から花を咲くまで育つには数年かかる上に、丁寧に世話をしたとしても3分の1しか残らない。育ち切って土にしっかりと根付いてしまえばかなり頑丈で枯れることはほとんどないのだが、すでに花が咲いているような株を移植すると、根付くまでの間しばらく水をやり続けなければならなかった。
入口から近いところならば小まめに世話が出来るが、熟練の冒険者が3日かけてようやくたどり着ける奥地に植えたとしても誰が水を毎日やれるというのだ。
反則に近い魔法が使える俺に白羽の矢が立ったのも仕方がないことだろう。
なにしろモンスターに会うこともなく、罠にかかることなく、迷路のような道を無視して一直線に目的地まで泳いでいけるのだ。
フラワー・ランプの詰まった袋を腰につけると、替りにスコップを右手に構える。
15階までは定植が終わっているので、今日は16階を目指す予定だ。
新しい階層に正直、心が躍っている。
「さて、潜りますか」
一つ、胸の深くにまで息を吸い込むと、俺は土の中へと潜っていった。