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Blue Gene-蒼の血統-

少し長くなってしまいました。先ずはお詫びを。そして、注釈として最初と最後の章以外はアメリカが舞台です。英語を話しているものと思ってください。英語的な言い回しが分からず苦労しました。自分の無学が悔やまれる。

 アトラク=ナクアの襲撃事件から一夜明けた国立大学付属病院。その個室の一つにベッドに眠る啄木鳥司狼きつつきしろうと、こっくりこっくり船を漕ぐ飯豊いいとよマリアの姿があった。

唐突にドアが開き、外の喧騒と共に2人の男が病室に現れる。2人の内で右目を黒い眼帯で覆った壮年の男がマリアに近寄り肩を叩く。

「マリア。今日はもう帰りなさい」

「…お父さん」

数秒、ぼんやりとマリアは見上げ、はっとして立ち上がり敬礼する。

「お疲れ様です。神吉かんき大佐」

「うん、ご苦労」

破顔して神吉もそれに応じた。

「つーかさ、寝いなら家に帰れば良かったじゃん。何で一晩中兄貴と一緒にいたわけ?家に一人ぽっちでいるのが寂しかったの?」

鴇也ときや!」

ニヤニヤ笑う少年をマリアが睨みつける。

「良いじゃない。恥ずかしがらなくってもさあ。姉弟なんだから。ああ、そうだ。ヒト・サン・マル・マルから兄貴が作った新宿のクレーターの後片付け交代して貰うから。寝といた方が良いよ?それとも、ここで兄貴と一緒に寝る?」

「失礼します」

顔を真っ赤にしたマリアは鴇也の言葉を無視して神吉に敬礼すると去っていった。

「あまりからかってやるな」

くすくす笑う鴇也に神吉は苦笑してたしなめる。

「済みません。ただ、何て言うか。バカどもに一言文句を言ってやりたくて…。兄貴もどうして僕の到着を待たずに自爆なんてしたのか…」

苦渋の色を浮かべて鴇也は眠る司狼の顔を見つめる。

「父さん。大丈夫なんだよね?」

「ああ。グラディウスの爆発からはアイギスが完璧に守ってくれた。身体は至って健康だ。アトラク=ナクアの毒も解毒は済んでいる」

「そう。でも、これが初めての敗北だね」

「敗北?」

「うん。今回、兄貴はたまたま運が良かったから助かっただけ。グラディウスまで使っての引き分けは敗北だよ。今の僕たちの中でグラディウスの防御力と破壊力はそらの持つゼウスの雷霆ケラウノスを上回る最強の能力だった。予想されてはいたけど、僕たちじゃ本物の神性生物には勝てない事が証明された」

「悔しいか?」

「もちろん。家族を傷付けられた上に無能だなんて思われたくない。でも、この世界には、どうしようもない事や、どうにもならない事が確かにある。不条理や理不尽は勝者と敗者を明確に差別する。その壁を超える事は出来ないし奇跡はない。無理をすれば必ずガタが来る。ただ、僕は思うんだ。それはこの世界では敗者が勝者に成れないって意味じゃないって。そうだよね?父さん」

「ああ、その通りだ」

「絶対に父さんの望みを叶えてみせるよ。僕たち11人はその為に生まれたんだから」

溌剌と笑顔で宣言する鴇也に神吉の顔が僅かに曇る。

「それじゃ。僕は朝ごはん食べたら仕事に戻るよ」

手を振って去っていく鴇也を見送り神吉は思考に埋没する。何度も何度も繰り返し問い続けてきた事を今一度。

「俺がしている事は、正しいのか?」


 その場所は暗闇に満たされていた。底知れない闇の中に様々な感情が沈澱しているさまを思う。さながら人の存在を否定する深海と言った風情。だからこそこの場に集っている者達は生者でも死者でもない。

立ち並ぶ背凭れの高い椅子。座る人の姿をかたどった物から天井へ伸びる大小様々な管。それは脳と心臓を入れておく為の容器。

生前は優れた科学者や軍人、あるいは政治家だった人々。地位と財力と知力を認められた者のみが集められコンピュータに繋がれて並列化されて群体として機能するロボットになる。

人はそれを死者の賢人会議、サードオーダーまたはイプシシマス機関と呼んだ。

唐突に秘匿された亡者の領域に一筋の光が差す。

「人は夢を見る。異世界を、まだ見ぬ理想郷を。現実から目を背けるために。この世界はただ生きて行くだけでも困難だ。難易度が高すぎる。苦しみしかない。どこかに自分を必要としてくれる、主人公に成れる世界があるのではないか?そう思うことは無理からぬ事です。しかし、それはあり得ない。世界には限界がある。何故か?『世界』とは人が形作るものだから。その人の認識の限界が世界の限界である。世界を変えたければ自分が変わるしかないのです。ほら、我々が文句ばかり垂れるものだから、神様が無理をして世界の関節を外してしまわれた」

芝居がかった言動で中央に歩みを進める右目を眼帯で覆う壮年の男が中央に設置された円卓の上に手を翳す。

コンピュータが反応して映像が浮かび上がった。

「何ノ用ダ。神吉」

「ココハ貴様ノヨウナ輩ガ足ヲ踏ミ入レラレル場所デハナイゾ」

方々に設置されたスピーカーから非難の声が響く。

「お目覚めですか?サードオーダーの皆さま」

「我々ハ眠ラナイ」

「質問ニ答エロ。神吉」

「何ノ用ダ?」

「皆さまにお願いがあって参りました」

「機会ヲ改メロ」

「今、我ラハ忙シイ」

「これの件ですよね?」

神吉が映像に目を向ける。映し出されているのはニューヨークの街並み。そしてそこに住む人々を食らう一つ目の肉塊の姿。

「『アインソフオウル』ノ研究ヲ続ケテキタ我々ノ認識ハ間違イデハナカッタ」

「シカシ、ヨモヤ『アカシアノ果実』ノ発芽ガ我ガ国デ起コロウトハ…」

「果実ヨリ生マレタ怪物ガ、『ゲイザー』トハ…」

「ご愁傷様です」

「黙レ」

「貴様ハココデ何ヲシテイル?コノ時ノ為ニ今マデ生カサレテキタノダゾ」

「それが俺の身柄を預かっている国連軍のお偉方は突然、出現した怪物相手にてんてこ舞いで指揮系統は混乱しています。俺に戦えと言った人は一人もいませんでした。まあ、だからこそ、ここまで来れた訳ですが」

「ナラバ、戦エ。神吉大佐」

「嫌です」

「…ナニ?」

神吉は賢人たちに背を向けて円卓のUSBポートにフラッシュメモリ挿入した。

「何ダ?コレハ…」

「ブルージーンプロジェクト?」

「はい。是非、皆さまに一考して頂きたく」

「馬鹿ナ」

「我ラニ国家予算規模ノ金ト研究施設ヲ用意シロダト」

「貴様ノ世迷言ノタメニ?」

「我ラ合衆国サードオーダーヲ強迫スルト言ウノカ」

「それでは、俺はこれで失礼します。良い返事をお待ちしていますよ。どうか、あの異次元生命体が合衆国のみならず他のイプシシマス機関まで食べてしまう前にご決断下さいますよう」

不敵に笑い神吉はフラッシュメモリを仕舞うと映像を消して来た時と同じように颯爽と歩いて行く。

エレベーターの扉が開き暗闇に光が差す。

「待テ」

「はい?」

「ブルージーンプロジェクトガ条件付キデ全機関ニ承認サレタ」

「条件ハ異次元生命体ゲイザーノ討伐」

「迅速な決断、有り難う御座います」

神吉暦かんきこよみ大佐。一刻モ早ク。アノ怪物ヲ我ラノ世界カラ排除セヨ」

「了解しました。あと、俺が現場に到着するまでにアメリカ軍を撤退させてください。邪魔だ」

ドアが閉まり再び深海は暗闇に満たされた。


 神吉暦と言う人間の来歴は全てが謎に包まれている。どこで生まれ、どこで育ったのか。果ては家族の存在から現在の年齢まで。なぜ国連の平和維持軍に籍を置き、しかし自由に振る舞う事が許されるのか。真実を知るものは死者の賢人会議のみである。

2000年1月7日にニューヨークに出現したゲイザーをたった一人で討伐したことで一時期は英雄だと持て囃す者も多かったが、その後に始めた研究を知る者は皆、口を揃えて彼をマッドサイエンティストと評した。

「なぜ、あれほど惨い非人道的な実験が許されるのか。政府は何を考えている?」

「たった11人の為に1000人以上の命が失われた!あいつは命を何だと思っているんだ?」

「年を取らない。人を人とも思わない。あの人はきっとゲイザーと同じ化け物なのよ!」

研究者たちは口々に悪罵を浴びせ彼の元から去って行き、実験が一段落することには誰も残っていなかった。

「あの人たち、僕たちのどこが嫌いだったのかな?」

「さあ?僕たちと言うより父さんのことが嫌いだったんじゃないかな。だってあの人たち僕たちと目を合わせようとしなかったし。ねえ。誰かこの中に話した事がある人っている?」

子供たちが揃って首をふるふると振る。

そこは窓のない白い部屋だった。40畳程の広さに高い天井。ただ一面だけ天井付近の壁が硝子に成っている。広々とした手術室と言った風情。

部屋の中で座高の低い椅子に座ってタブレット端末を操作する神吉とその周囲に11人のエレメンタリースクールくらいの子供が各々グループを作ってひそひそ話している。

「お父さんはさびしくない?」

少年の一人が神吉の裾を引っ張る。

「ん?俺には君たちがいるから寂しくないな。君は寂しい、6号?」

「ううん」

「良かった」

神吉に頭を撫でられた少年がくすぐったそうに笑う。

「でも、人がいないと困りませんか?」

「大丈夫だ。一番大変な時期は過ぎた。後はそれほど人手は必要ない。どうしても必要になったらロボットでも作るさ。長期的に見ればその方が費用は安く済む…。長期的に見ればね」

「僕も手伝います」

年長の少年の言葉に続いて子供たちが僕も、私もと声を上げる。

「皆ありがとう。さて、今日の授業を始めようか」

タブレット端末を脇に置いて神吉は子供たちを見回す。

「先ずはアインソフオウルについてだ。これは人が認識できる限界である4次元より上位の5から7次元までを含めての呼称だ。ただしこのアインソフオウルは外に広がるのではなく内包されるものと言われる。つまり…」

言葉を切ってポケットから折り紙を出して掌の上に乗せて見せる。

「1次元は点。2次元は面。そして3次元は…」

素早く折り紙で紙風船を作って息を吹き込んで手の上で転がす。

「立体だ。4次元は時間的な遷移。ではそれより上位とは、この風船の中にある空気に該当する。これはインド哲学の仏教におけるシューニャに非常によく似た概念だ。分かるかな?」

神吉の言葉に11人中9が首を振った。

「そうか。これでも大分噛み砕いたんだがな」

「まだ分かりにくいと言うか、よけい分かりにくくなっていると言うか」

「そうか。仕方ない。ナノマシンで大脳の神経回路に手を加えたが知能指数を上げるためではなかったんだからな。今は理解できなくても良いから憶えておいてくれ」

興味を失って他事をやっている子たちに笑みを浮かべて神吉は話を続ける。

くうと異なる点はアインソフオウルには下位の次元に影響力を持ったエネルギーに満ちている事だ。俺もまだ全てを解明できてはいないが、そこに存在が示唆されているエネルギーを紹介しよう。感情に反応する『アストラル』、生命に反応する『マナ』、情報に反応する『エーテル』そして精神に反応する『アカシャ』の4つだ。実際、これら4つのエネルギーがこの世界にどう影響し、お互いがどう影響し合っているのか分かってない」

「何か、ときどきぼんやりした言い方するよね。父さん。けっきょくまだ何も分かってないの?」

「良い質問だ、10号。その通り。俺は先生の研究を引き継いだだけにすぎない。俺にはアインソフオウルは勿論、高次元エネルギーを認識する事が出来ないんだ。しかし、君たちは違う。アインソフオウルを認識し制御するために必要とされる因子であるアカシアの果実を擬似的に再現したモノを持って生まれたんだから」

「ぎじてきって?」

「模倣すると言う意味だ。つまりアカシアの果実とは特殊な脳神経回路の事だと言う事が分かっている。しかしそれを形成できる人間は少ない。だから、ナノマシンを媒体にそれを再現させたんだ。だから、君たちは世界の真理を、高次元エネルギーを認識できる筈だ」

「よくわかんない」

「つまり、僕たちは何ができるんですか?」

「よし。では今からそれをやってみよう。実習だ」

神吉は立ち上がると小走りで部屋の端まで行き紙風船を置いて子供たちの元に帰ってきた。

「さて、1号。アカシアの果実が内包する種子―元型によって発現する能力は人によって異なる。君の場合はゼウス、つまり電気だ。その能力であの風船を撃ち抜いてみてくれ」

「そんなこと、言われてもですね…。どうすれば良いか」

不安げな少年に神吉は隣に座り懐からスタンガンを取り出して見せた。スイッチを押すとバチバチと電気が流れる。

「良いか?これが君の力だ。イメージするんだ。人間の感情にアストラルは反応する。そしてアストラルはエーテルに影響を及ぼす。エーテルはこの現象世界を変化させる」

「…う~ん」

「難しく考えなくて良い。スタンガンを貸そう。見るんだ。この電気が君だ。君が電気だ。ほら、手を伸ばしてみろ。君にとってあの紙風船は決して手の届かない者ではない。触れられる筈だ」

スタンガンを握りしめて青白い電流を見つめていた少年が何かに気づいたように突然、紙風船に手を伸ばす。と、パンッと音がして紙風船が弾け飛んだ。

「…お父さん」

「良くやった」

「これ、ほしいんですが」

「そうだな。人に向けない事を約束できるなら」

「ありがとう」

お礼もそこそこにスタンガンを眺める少年の姿に神吉は苦笑する。

「ねえ、父さん。しつもんなんだけど。エーテルがさんじげんせかいの中にあるなら、今1号はどこの中にあるエーテルをつかったの?」

「良い質問だ。だが、少し考えてみよう。視野を少し広げれば俺たちは何かの中に居ると解釈できる。さて、俺たちはどこにいる?」

少しの間を置いて少年がおずおずと手を上げる。

「はい。6号」

「ちきゅう?」

「惜しい。違う。俺たちは地球の中には居ない。もっともっと大きな存在だ」

「…うちゅう?」

「そうだ。10号。俺たちは宇宙の中にいると解釈できる。つまりこの能力は宇宙の持つエーテルエネルギーを使用していると考えられる」

「宇宙エネルギー!」

瞳をキラキラさせる少年の頭を撫でて神吉は微笑む。

「…そうだな。さて、6号。君も試してみないか?」

「僕、やってみたい」

「よし。良いぞ。君の能力は…アレスだ。軍勢、白兵、兵器などを司る。要するに君の能力は人が武器を使って引き起こす現象そのものだ。剣で斬る、槍で突く、盾で防ぐ等だな。分かるか?」

「わかんない」

「そうか…。では、君にも良い物をあげよう」

神吉は懐から掌に収まるほど小さな銀色の剣と折り紙を取り出した。折り紙を半分に折って剣を折り目に沿って滑らせるとスッパリと切れた。

「ペーパーナイフだ」

神吉がナイフと折り紙を渡すと少年は早速、真似をする。しかし、上手く切れずに切り口がギザギザになってしまった。

「力を入れ過ぎだ。おいで」

神吉は少年の手に手を重ねて折り紙を切って見せる。

「おお!!」

「やってごらん」

三度目の正直か、ゆっくりではあったが少年は上手く折り紙を切る事が出来た。

「きれたよ!」

「うん。次はペーパーナイフを使わずに折り紙を切ってみよう。紙を切った時の感触を思い出して」

床に置かれた折り紙を少年は注視する。他の子供たちも興味津々と折り紙を見つめる。だが、変化はない。

「実際に触ってみると良い。君たちの能力は自分の体から離れるほど力が衰えるという性質がある。つまり近しいほど威力が上がるんだ」

そっと少年が人差し指を折り紙に近づけ、触れる。瞬間スッとそうなる事が当たり前のように折り紙が2つに切れた。わっと子供たちが拍手を送る。

「できた」

「偉いぞ。さすがだ」

「あの、お父さん。わたしもやってみたい!」

ぴょんぴょん飛び跳ねて少女が訴える。

「3号か。済まない。君はアテナの能力だ。6号同じ軍神ではあるが君は攻撃的なタイプではなく守備に向いている。他人の身体能力を向上させたり鉄壁の防御力で守護したり出来る力だ。だが、まだ未熟な内は自分の能力を把握する所から始めて欲しい。防御の能力を確かめるために攻撃して君に怪我を負わせたくはないんだ。分かってくれるかな?」

「…うん」

「有り難う」

項垂れる少女の頭を撫でて神吉は話を続ける。

「他の2号ヘラ、4号アポロン、5号アプロディテ、7号アルテミス、8号デメテル、9号ヘパイストス、10号ヘルメス、11号ポセイドン…は出来そうだが、君はまだ幼すぎる。また今度だ」

呼ばれた最年少の少年がキョトンとした顔をする。

「君たちの能力は擬似アカシアの果実の持つ種子の形、元型によって発現できる事が決まっている。はっきりと目に見える能力とは限らない。自分にどんな事が可能なのか、自覚はなくても君たちは既に知っている筈だ。よく考え、自分自身と向き合い能力を磨いてくれ。以上、今日の授業は終わりだ」

神吉が締め括ると集まっていた子供たちが三々五々と散る。

「でもさ、のうりょくの名前、ぜんぶギリシャしんわのかみさまなんだね」

その場に残っていた少年が舌足らずな感じで言う。

「そうだな…。君たちの基礎遺伝子の元になった半分、母方の人がアカシアの果実を持っていた人で、彼女が自分の能力の事を『ヘスティアの火』と呼んでいたんだ。だから君たちにも同じ12神から名前を取った。この能力はまだ未知数な所が多い。彼女は解釈次第で能力を拡張することさえ可能だと言っていた。名は体を表すとも言う。だったら余計、神の名を冠した方が良いだろう?」

「ろまんちすと、だね」

「そうとも。科学者はみんなロマンチシストだ」

2人はニヤリと笑い合う。

「ねえねえ。お父さま。私たちのお母さまはどんな人だったの?」

1人の少女の言葉に次々と子供たちが集まり始める。

「ああ…彼女は俺の科学の先生だったんだ」

「きれいだった?」

「綺麗だったよ。俺の3倍くらい頭も良かった」

「せんせいの事がすきになったの?」

「やるなあ。父さん」

「でも、どうやって、いでんしを手に入れたの?」

「え?つきあってたんじゃないの?お母さんなんでしょ?」

「あぁ~!この話はお仕舞いだ。俺は部屋に帰る。1号、6号、それに他の子も、俺のいない所で能力を実際に使わないように!」

「お父さま、お顔、真っ赤よ。どうしたの?」

慌てて立ち上がり去って行く神吉に少女たちが黄色い声を上げてと追い縋る。少年たちはゲーム機を取り出して遊ぶ。

この日の夜、神吉暦を泣かせたとして秘かに子供たちの間で母親の事は禁句として取り決めがなされた。


 「卒業試験合格おめでとう。と言う事で今日は何でも好きなだけ食べてくれ。俺の奢りだ」

ニューヨークにあるカジュアルレストラン。その一角を占領する総勢12人の男女がテーブルを囲む。

「酒飲んで良い?」

「ビール」

「ワイン、赤で」

「落ちつけよ、お前ら…」

既に出来上がっているかのように騒ぐ青年たち。それを冷ややかに見つめる少女たち。

「いや、1号。あの親父に勝てっていう無理ゲーをクリア出来たんだぜ。今日くらいは羽目外そうや」

「気持ちは分かるがな。最低限の節度は守れ、6号」

ビール瓶片手に今にも踊りだしそうな青年の姿に皆が苦笑する。

「少なくとも他人に迷惑をかけるべきではないわ」

「うぇ~い」

少女に窘められて、ばつが悪そうに肩を竦めて騒ぐのを止める。

「貸し切りにすべきだったか?」

「大丈夫でーす」

神吉の言葉に少女の肩を抱きビールを呷る青年が気のない返事を返す。

「6号!」

「良い」

仲間の態度に顔を顰める青年を神吉はやんわりと手で制す。

「良いんだ。今日までなんだ。明日から君たちの自由は制限される。俺の命令は絶対であり、逆らえば厳罰に処される。良いか?皆、聞いてくれ。嫌な話は先に済ましてしまおう」

神吉の言葉に真剣な視線が集まる。

「明日、君たちは俺の指揮下に入る。だが、それは軍人に成ると言う事ではない。それ以前に国連平和維持軍において君たちは人間としてすら扱われない。言わば備品だ。俺の武器として扱われる。これは俺の力不足でもある済まない」

頭を下げる神吉に彼ら、彼女らは困惑した視線を交わす。呆れ果ててため息を吐く者もいた。

「別に良いよそんなの」

「どう言う事だ?」

「僕たちにとって1番大切な事は、父さんの役に立てるかどうかなんだ。他の人間にどう思われようと知らないよ、そんな事。武器として扱われる?上等じゃないか」

「それでは俺が嫌なんだ!」

苦しげに言う神吉の姿に全員がぎょっとする。

「良いか?君たちは人間だ。自分の意思を持ち夢を抱いて生きる権利がある。確かに俺は君たちを俺の目的のために産み出した。考えが及ばなかったとはいえ今まで番号で呼んできた。謝っても赦される事ではない。君たちは普通のどこにでもいる人間なんだ。俺に君たちの人生を台無しにする権利はない。嫌だったらそう言ってくれ」

何故か涙を浮かべる神吉に一同は失笑する。

「はいはい」

「親父が1番酔ってんじゃないか?これ。酒弱いんだから、あんま飲むなよ」

「兄さん姉さんが成人した時も泣いてたよね。もう年なんじゃない?」

「うむ…そうなんだろうか?まあ良い。まだ社会保障番号は用意できなかったが名前を考えてきたんだ。気に入ってくれると良いんだが…」

神吉が懐から1枚の紙を取り出す。回し読みする皆の顔にくすぐったそうな笑みが浮かんだ。

「苗字は『神吉』で統一しなかったんですね」

不思議そうに青年が尋ねる。

「ああ。君たちが俺の手から離れて1人前の人間として生きていけるように、と思ってね」

寂しげに微笑む神吉を余所に名前の話題が白熱する。

「ねえ。1号のこれ何て読むの?」

樫木宙かしぎそらじゃないか?」

「えぇ。光宙ぴかちゅうの方が面白いのに」

「いや、まずいだろ」

「ピカピカしてるよ」

「そういう問題じゃないし」

「6号の苗字も変だよね。何で啄木鳥きつつき?いつも腰振ってるから?」

「啄木鳥が振ってんのは腰じゃないから」

「なるほど。12神の能力や聖獣や聖木から名付けたんですね?」

「ああ。でも変えたければ変えても構わない。これも強制ではないのだから」

「3号のマリアって。絶壁の間違いじゃないの?」

「どう言う…意味だ」

「ほら、硬くて平らな…」

「良いだろう、10号。面に出ろ。貴様のその腐った性根、私が叩き直してやる!」

「鴇也だよ。三神鴇也みかみときや

「ちょっと、みんな静かになさい」

喧喧囂囂(けんけんごうごう)飛び交う楽しげな会話。神吉とその子供たちの最も幸福だった昔日の風景。


 ふと気がついて腕時計に目をやる。思ったよりも長いしていた事に驚いた。

「眠ってしまったのか…?」

自覚はないが夢を見ていた気がする。とても罪深く、幸福な夢を。

病室を出て早足で歩く。エントランスまで来た神吉はソファに座る鴇也の姿を発見した。口いっぱいに菓子パンを詰め込みコーヒー入り清涼飲料水で流し込んでいる。

「何をしているんだ?」

「うむむぅ…。それはこっちのセリフだよ。直ぐに来ると思って待ってたのに」

「ああ、そうか。済まない」

「まあ、ちょうど良かったけどね。朝ごはんも終わったし」

ビニール袋を一纏めにしてポケットに突っ込み鴇也は立ち上がる。

「大佐。それより意見を聞きたい事があるんだけど?」

「何だ?」

「昔あった異次元生命体ゲイザーが出現した時の死傷者数って3000人を超えたんだよね?なのに本物の神性生物を相手に200人弱くらいしか被害がなかった。どうしてだと思う?」

「先ず1つ。対応が迅速だった。現場の近くに3号と6号がいた事は不幸中の幸いだったと言えるだろう」

「それで?」

冷徹な視線が神吉を射抜く。

「…それ以外の理由は確証がない」

「まだその時ではない?じゃあ代わりに僕が言うよ。6号が戦ったあれはアトラク=ナクアじゃなかった。死者のアカシアの果実が発芽するなんて前代未聞だよ。その現場に居合わせた人もいない」

「あれが邪神ではなかったと?」

「そうじゃなくて…。僕は現場で大量の蜘蛛の死体を見たんだ。サイズは違ったけど、どれもとても精巧だった。まるで本物の生き物みたいに。もしあれを邪神が即席で作ったんだとしたら、自分の事もコピー出来たんじゃないかと思うんだ。もしくは邪神アトラク=ナクアらしい生物を。それくらいの時間はあったんじゃないかな?」

「目の付けどころは良い。だが全ては推測にすぎない。証拠が必要だ。本当に死者のアカシアの果実が発芽したのか。邪神の行方。そしてその邪神は本物であったのか。調べる事は沢山ある」

「うん。僕も手伝うよ。でも、もし今の話が本当だったら、僕たちは操り人形に負けた事に成るんだね」

「落ち込んでいる時間はない。前震でこの規模なら、本震が来るまでに対策を考えなければならない。頼りにしているぞ」

神吉が肩を叩いて励ます。鴇也はそれに満面の笑みで応えた。

「うん。よし!それじゃ現場まで送ってくよ」

「ありがとう。ただオートバイに乗せてくれるのは良いんだが、ヘルメスの能力は使わないでほしい」

「え、なに。大佐、怖いの?」

「……怖い」

遠慮のなく呵々大笑する鴇也の声がエントランスに木霊した。


説明回いかがだったでしょうか?きちんと伝わったのか不安です。このサイトで可能かどうか分かりませんが質問して頂ければ答えますので、感想をください。

さて、唐突ではありますがアカシアの果実のシナリオに重大な欠陥が発見されたため連載を休載したいと思います。もしかしたらそのまま…と言う事もあるかもしれません。

ヒロイン不在の危機。主人公になびかず、この物語を主人公以上に引っ張り転がせる存在。キャラクターの案が上手く纏まりません。

そう言う訳でさようなら。また会う日まで。

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