脆きもの 汝の名は女なり
割と勢いに任せて書いた本作。よくある超能力バトルものに成りそうで危機感を抱く。前代未聞、前人未到の結末を目指して!
最初からクライマックスでお送りします。
逃げ惑う人々。助けを求めて痛切に上がる悲鳴。玉突き事故を起こした車から立ち上る黒煙。
そして何より、今にも泣きそうな顔で宵闇の空を見上げて立ちつくす彼の表情が全てを物語っていた。
言葉はいらない。絶望がそこにある。彼は目が離せない。ビルとビルとの間に糸を張り巡らせ、その中央に君臨する恋人だったモノ。真紅の目に黒檀色の毛で覆われた丸太のような脚を持った人間大の蜘蛛。
その名をアトラク=ナクア。深淵の谷間で『破滅を編む者』と呼ばれる邪悪な神性。
それが生み出した何十匹もの蜘蛛の化け物が、次々と人を糸で捕らえ、牙を突き立てて行く。
本体よりも一回り小さいとはいえ、ビルの合間を俊敏に飛び回り、車を糸で絡めて悠々と吊るし上げる様な相手に人間は成す術がない。彼の仲間たちも発砲して応戦しているが全く意味を成していなかった。
「司狼!」
唐突に肩を掴まれて引き倒される。その眼前を車が横切り彼が乗ってきた車に激突した。彼の―司狼と呼ばれた青年に割れた硝子が降り注ぐ。
「啄木鳥司狼、しっかりしろ!」
胸倉を掴まれて引き起こされ、怒鳴られる。司狼と同じ漆黒の軍装に身を包んだ、まだ年若い金髪の女性。
その凛々しい碧眼が司狼を睨む。
「済みません。飯豊さん。少し、取り乱しました。もう、大丈夫です」
飯豊の訝しげな視線を無視して司狼は再び邪神に視線を向ける。
「本当に、あれがアラネアなんですか?」
「違う。彼女は死んだ。お前もあの娘の死体を見ただろう」
飯豊の言葉に司狼は数時間前の出来事をフラッシュバックする。夕暮れの薄暗い部屋。天井からぶらりと垂れ下がった恋人の姿。浮腫んで歪んだ顔。鼻を突く腐臭。何故か今朝、見た筈の笑顔が思い出せない。
「じゃあ、あれは…」
「アラネアだった人間の死体から生まれた化物だ」
「そう、ですか…」
目を伏せる司狼の痛々しい姿に飯豊が苦虫を噛み潰したような顔をする。
「…司狼」
「飯豊さん。隊の指揮をお願いします。あれの相手は俺がやります」
「おい!待て」
言い置いて歩き出す司狼を飯豊が肩を掴んで引き止めるが、
「あんたの力は殺しに向かないだろう」
と振り返って言う彼の冷酷な言葉と苛烈な視線に飯豊は二の句が継げない。
絶句して瞠目する彼女に司狼は、やや口調を和らげて続ける。
「飯豊さん。いつも通りにやろう。飯豊さんはその楯で市民を守る、そして俺の剣が敵を殺す。俺たち2人に敵う奴はいない。だろう?」
冗談めかしてにやりとで言う司狼に飯豊はどこまでも真摯に問い返す。
「出来るのか?」
「信じてくれ」
沈黙は一瞬。飯豊が黙したまま右手を差し出した。片膝をつき、司狼は流麗な所作でそっと手を取って甲にキスをする。そして2人は互いに背を向け戦場に一歩を踏む出す。
「ああ、そうだ。飯豊さん。半径1キロ圏内の避難が完了したら照明弾で知らせてください」
「…了解した」
と背中を合わせ話す戦士2人の元に高みから女性の悲鳴を思わせる甲高い声が届く。
「ああ、分かってるよ。アラネア。今そっちに行くから」
司狼は車の間を縫うようにして進みつつ言う。その口元に笑みを浮かべて。
「そういや、お前、あれ嫌いだったな。仕事をする上で必要な事だって説明しても納得してくれなかったし。なあ、もうしないから、赦してくれないか?」
邪神と化した恋人に語りかけながら進む司狼ただ一人の元に、今まで跳梁跋扈していた蜘蛛たちが、ぞろぞろと集まり始める。気がつけば横転した車の上に、張り巡らせた蜘蛛の巣の上に夥しい数の蜘蛛が、今か今かと静かにその時を待つように司狼を見つめていた。
「駄目、かな?」
司狼の言葉に対する返事であるかのように、背後にいた蜘蛛の1匹が飛びかかる。
が、その蜘蛛は途中で何か固い壁に激突したように路上に落下し、そして起き上がる間もなく唐突に引き裂かれて絶命した。
「仕方がない。じゃあ、喧嘩をしよう。生前のお前は気弱だったから、誰かと喧嘩した事も無いだろう?
この際だ。派手にやろうや!」
果たして気色ばむ蜘蛛と女王蜘蛛との火蓋が切られた。圧倒的な数の蜘蛛が一斉に司狼に襲いかかる。
しかし、彼に触れる事が出来たものは一匹もいなかった。突然あるものは剣で切られた様に裂け、またあるものは槍で貫かれた様に穴が開く。司狼はただその場に立っているだけにも拘らず蜘蛛の死体が積み上がっていった。
「おい、アラネア。俺を舐めるなよ」
返り血すら浴びず司狼は不敵に笑って右手を邪神に向けて翳す。と、突然邪神が何かを避けるように跳び上がった。その数秒後、邪神がいた蜘蛛の巣がズタズタに切り裂かれ崩壊する。
「避けられた。エーテルが情報を伝達する様子が見えるのか?なら、これならどうだ!」
夜の闇の中のビルに張り付いて移動する邪神に向けて司狼は再び右手を翳す。その周囲にキラキラと輝く硝子のようなもので形成された半透明の槍が無数に出現した。
「情報量を増やしたぞ。さすがに当たったら痛いかもな!」
言葉では茶化しながらも敵を射抜く視線に隙はない。ビルをカサカサ動き回る邪神を追って弾丸のような速さで2メートルの槍が射出される。だが、蜂の巣に成るのはビルばかりで当たる気配は微塵も無い。
「はえぇ」
街の光だけでは光量が足りず暗闇の中に姿を消した邪神を探して司狼は四方を盾で守り、剣と槍を多数従えて進む。遠くからしか音が聞こえない無人の街。だが、司狼ははっきりと強烈な視線を、視界の端を走る気配を感じていた。
「隠れてないで出てこいよ。でかい図体してるんだ。怖がらなくても良いだろう?まあ、蜘蛛の姿は気持ち悪いと思うけど」
司狼が苦笑して言った瞬間、従えていた武器防具に糸が張り付き、全て掻っ攫って行く。
「おお?」
次いで司狼の前方にあるビルに糸で繋がれたトラックが振り子の要領で旋回し、ちょうど彼の居る位置に落ちるよう狙い澄ましたように糸が切れた。荷台の上に邪神が張り付いてる。
刹那、両者の視線が交差した。右手を突き出したまま微動だにしない司狼を八つの真紅の目が見つめている。トラックが司狼の眼前に迫る。そして、あわや激突するという寸前にトラックは真っ二つに両断され司狼を避けるように落下した。トラックが轟音を立てて中身の荷物をぶちまけ、周りの車を押し潰す。だが邪神の姿どこにもない。闇夜に紛れ荷台から離れていた邪神は司狼の頭上を通り越し、前の4本の脚を器用に使って糸で弦を張り、糸で作った矢を射掛ける。
落下中とは思えない精度で放たれた矢は、新たに形成されたエーテルの盾を3枚貫いて止まった。そのまま司狼が振り返った時には邪神は糸を張り速やかに姿を消している。
「俺の力を試してるのか?忍者みたいな戦い方しやがって。アラネア。正面からかかってこいよ!」
毒突きながら視線を走らせる。だが、何かが忙しなく動いている気配はするのに司狼は何も見つけられない。静寂が満ちる。
「うおっ。何だこれ?」
地面に落ちていた邪神の矢を拾おうとした司狼は思わず声を上げる。
「重い。全然持ち上がらない。糸で作られた物の筈なのに感触は鉄筋みたいだ」
司狼は持ち上げる事を諦めてそのまま出来る限り調査する。白い1メートル前後の棒状の物体。先端は鋭く尖り螺旋を描いている。
「なるほど。良く出来てる。これなら形成状態の盾を3枚も貫通しても可笑しくはない。でも、待てよ…」
片膝をついた姿勢のまま司狼は眉根を寄せる。
「どうしてこんなすごい物が作れるのに、こそこそしてるんだ?糸で武装して戦えば俺なんか一溜まりもないのに。自信が無い?どうして?そもそも糸の矢はどうして一本だけなんだ?もっと沢山連続して撃てば俺を射抜けたかもしれないのに。生産に時間がかかるのか?本当に?アトラク=ナクア。破滅を編む者…編む者…編む。そうか。お前は戦士じゃなく、魔法使いタイプなんだ。時間をかければかけるほど俺が不利になる。作戦が裏目に出た」
急いで立ち上がり視線を上げたそこに邪神がいた。
「…なぜ?」
と言う間もなく四方に展開していた盾が細切れに成って消滅する。何も無い筈の空間に司狼がそっと手を伸ばすと、指先に何かが触れた。スライドさせると切れて血が滲む。
「光学的な迷彩処理をされた鋼線?にしては鋭すぎる…」
指先の血に視線を落とした司狼の顔が曇る。
「くそっ!俺は何をやってるんだ。致死性の毒が塗られていたら俺は死んでた。ああ、らしくない。らしくないな…。もう止めだ。作戦とかどうでもいい。殺す」
俄かに司狼の周りが紅く発光する。オーロラのような帯状の光と蛍火のような丸い光。それらがだんだん光度を増しながら乱れ飛ぶ。その光は司狼に触れた瞬間、鎧に変化し僅か数秒で司狼は深紅のプレートメイルに包まれていた。だが、それだけに治まらずは光はより強く太陽の様に輝き、鎧はぶくぶくと人の形を無視して肥大化を続けて行く。そして光が消えたそこに姿を現したものは人間とはほど遠い悪夢のような鉄の塊だった。
全長3メートル。深紅の装甲。鋼鉄で出来た巨人と言うよりは歩く戦車と言った風情。2本の足で直立できている事が奇跡のよう。頭部と思しき場所から一本片刃の刃が、両肘から冗談のような大きさの諸刃の剣が突き出している。鎧同士が擦れ合い、背面にあるスラスターが立てる音はさながら獣の遠吠えか、或いは鬨の声を上げる軍勢。
「進軍する者で市街戦なんて初めてだが、まあ、何とかなるよな」
ゆっくりとグラディウスが一歩を踏み出す。それだけで地面は激しく揺れアスファルトが砕け散る。周囲に張り巡らされた不可視の鋼線すらものともしない。
「行くぞ、アラネア!」
司狼がビルに張り付く邪神に向けて跳躍する。猪突猛進。バカみたいにスラスターまで使って突進する司狼の姿に、邪神は金切り声を上げて逃げる。当然、司狼は方向転換など出来る筈もなくそのままビルに突っ込んだ。ビルの上部が崩落して粉じんを撒き散らす。だが司狼は気にしない。
「逃げるなってーのぉ!」
再び隣のビルへ突進からの激突。邪神は素早く糸を使って道路を挟んだ向かい側のビルへ逃げる。
形振り構わない追跡劇を幾度か繰り返した後、とうとう跳び移る途中で邪神に追い付いた司狼は横に180度回転し剣の腹で叩き落とした。司狼自身は空中にエーテルの盾を形成して足場にして急制動を地面目掛けて突進する。
そして今度は縦に回転し落下地点でもがいていた邪神の脚を踏み砕いて着地した。
邪神が甲高い声を上げる。
「つーかまえたぁ!」
司狼が右腕を振り上げると肘の剣がスライドして手の甲から突く出す形に変化する。が、それが振り下ろされる事はなかった。
「何だ?」
司狼が振り返ると剣に腕に無数の小蜘蛛が取りつき糸で背後のビルへと引っ張っている様子が見えた。
「嘘だろ。くっそ」
何とか持ち堪えようとするものの小蜘蛛に体中を覆われて転倒する。更にビルのが倒れ瓦礫の下敷きなった。粉塵が煙る僅かな静寂の中で、邪神は潰れた脚を小蜘蛛に縫合させて修復を完了させるのと、
「ああ!鬱陶しい。グラディウス越しでも気持ち悪い!」
瓦礫の中から小蜘蛛の体液塗れの司狼が起き上がるのはほぼ同時だった。
すぐさま跳んだ邪神とスラスターを吹かして突進した司狼が空中で激突する。ぐちゃりと音がした。
司狼は車を蹴散らしアスファルトを抉って停止して踵を返す。
「手応えはあった。これで、終わりか?」
司狼の視線の先で生きている事が不思議なくらい潰れた邪神が起き上がる。
「しぶとい!」
何度目かの急加速。今度こそと突進する司狼は、しかし邪神の眼前で転倒した。
「…は?何だ?」
立ち上がろうとして気付く。体が動かない。地面から体が離れない。
「…まさか、罠?何の?」
もがけばもがくほど体の自由が利かなくなって行く。見えない粘性を持った何かが絡みつく。そこではっした。
「これは…蜘蛛の巣か?いつの間に?」
その時、司狼の手の上を小さな指先程度の蜘蛛が横断していった。
「これは参った。大きい奴らは囮だったのか。まあ、罠にかかってからじゃ気付いても意味ないか」
スラスターを全開で噴射しても、どんなに力を込めても、エーテルの槍や剣で斬っても糸はビクともしない。
そうこうしている内に満身創痍の邪神が司狼に近づき首に牙を突き立てた。装甲が軋んだ音を立てる。
「アラネア。いくら人がいないからってキスはまずいんじゃないかな」
ピシリと装甲に罅が入り邪神の牙がグラディウスの内部に突き刺さった。
「あああああああああああああ!」
あまりの激痛に命の危機にあっても冗談を言っていた口が絶叫する。その目が夜空に光るものを見た。
司狼が何よりも待ち望んでいた照明弾の光。
「アラネア。これでさよならだ」
僅かに動く腕を邪神の身体に回して抱きしめる。
「そう言えば説明した事はなかったけど、俺のグラディウスはマルスの能力とアレスの能力の複合して出来たものだ。つまり火と兵器の属性をかけ合わせたんだけど。必殺技があるとしたら何だと思う?」
邪神が司狼の腕の中で暴れる。だが、グラディウスは糸に絡まり動かない。煙が立ち上り深紅の装甲が異様に灼熱する。邪神の甲高い声が断末魔の様に高く高く響き渡る。
「正解は自爆だ」
このサイトだらだら書くと、とても読み辛そうなので適当な所でぶつ切りにして掲載する事にしました。まだ長いのかな?是非、感想ください。
前書きでも書きましたが、本作は勢いだけで書いたものです。能力の設定は前作のエテメンアンキから何も変わっていない為、良いのですがストーリーが完成していません。
最後まで書けるのか自分でもよく分からない。読者の皆様、どうか私の未熟をお許しください。
さて、次回は説明回。説明的な台詞が大嫌いな私ですが、極力、自然な流れで理解して頂けるよう努めたいと思います。
それでは次回『Blue Gene-蒼の血統-』で会いましょう。