兄の素顔
あの面接から数日が経ったが、駿太郎は尋子が時より見せていた睨みつけるような目を忘れなかった。気が気でならなかったが、暴力を振られることによってあの目つきが癖ついてしまったと、自分の中で結論づけることにした。桃子には、そのことを話してはいなかった。桃子と尋子の間には信頼関係のようなものを感じていたからだ。
そして駿太郎は、光のことも気が気でならない日が続いていた。光は、毎日コンビニから食事を買ってきているみたいだった。光の健康状態が気になってたまらない。そこで、週に何日か駿太郎が光に晩御飯を作ってやることにした。
最初に晩御飯を作ろうと考えた日、駿太郎は光に「俺の部屋で、ご飯を食べない?」と誘ってみた。光はニコリとするだけだったが、それをオッケーのサインと受け取ることにした。
最初の日はであってから二週目の水曜日だった。夕方の5時に光を駿太郎の部屋に招き、駿太郎の料理を振る舞うことにした。駿太郎が料理をしている間、光はジーと駿太郎の姿を目で捉えていた。駿太郎はその視線を感じると、「恥ずかしいから、見るなよ」と少し照れた様子だった。
「はずかしいからみるなよ!」と光は駿太郎の言った言葉に反復していた。
夕食が完成し、光とテーブルを挟み向かい合わせに駿太郎が座ると、光の笑顔は一層輝いて見えた。駿太郎は、料理があまり得意ではないため、味が美味しいのか不安だった。
「おいしい?」と駿太郎が尋ねた時に光は、
「おいしい!」と答えた。それが光の本心かそれとも駿太郎の言葉の反復か分からなかったが、駿太郎は光の笑顔をみれたことが嬉しかった。一週間と半分、近くで過ごす光のことを妹のように感じ始めた駿太郎であった。
あの日から尋子のことを桃子はずっと考えるようになっていた。一年生のころから、機会があって仲良くなり、最近ではよく一緒に居たのに、何故尋子の叫びに気づけなかったのか、桃子は自分を責めていた。
桃子はあれから四日過ぎた水曜日もそのことばかりを考えていた。桃子はこの日も授業に集中できなかった。まだ前期が始まったばかりで救いようがあるものの、何とかしなければならない。思いつめた表情でキャンパス内を歩いていると、「小柴桃子さん!」と後ろから呼び止められた。桃子が振り向くと、そこには制服を着た、高校生の女の子が立っていた。
「何?」と桃子が女の子に尋ねると、いきなり女の子は桃子の近くに駆け寄り、「お兄ちゃんは、暴力なんかするような人じゃない!」と桃子に訴えてきた。桃子は、何とか落ち着かせることに精一杯になった。
場所を大学の近くにある、ファストフード店に変えて、話を聴くことにした。小島沙耶と名乗った女の子は桃子のことを信頼しているわけではないと思うが、自分の兄のことを話し始めた。その兄は、尋子の彼氏で、最初は周りが羨ましがるカップルで、尋子は沙耶にとっては姉のような存在だったということであった。
「何で私の名前知ってるの?」と桃子は胸につっかえる疑問を尋ねた。
「尋子さんから、話で聴いてました。いい人だって」
「そう・・・」
それなら少しは信頼してるのだろうかと桃子は考えて、沙耶のことも助けたい気持ちになった。
「いつ頃から、おかしくなったの?」
桃子の問いに、沙耶は大きく目をあけてこう答えた。
「最初に暴力を振るったのは、兄じゃなく、尋子さんです!兄はそれが我慢できなくて・・・つい」
桃子はその一言に、驚きを隠せない。
「本当に?」
「本当です!尋子さん一方的に兄にやられたと言って、大学の信頼する人に相談するて言うから・・・」
「それで私に?」
「はい・・・」
沙耶は涙をを流していた。
「つらかっわね」と桃子が言うと、さらに沙耶の涙は大きな粒になった。
「父が暴力ばかりの人で、兄はその暴力から私を守ってくれた優しい人でした。そんな兄が・・・暴力を嫌う兄が自ら暴力なんて・・・」
沙耶は一生懸命に兄の良さを話していた。桃子は「分かったから」と沙耶の隣に座り、背中をさすっていた。
夜遅く、桃子は駿太郎にLINEで今日のことを報告した。報告を受け取った駿太郎は、尋子の睨みつけるような目の真相に少し近づいたような気もした。しかし、その一方で、尋子の彼氏の父親が虐待を行っていたということが気になっていた。
沙耶の兄との対談!