不自然な間
大学の授業がスタートして最初の土曜日に駿太郎と桃子は、彼氏から暴力を受けたと桃子に訴えていた女性に会うことになった。駿太郎は、この場をかりて一つ試してみたいことがあった。月島光が本当にカウンセリングの能力を持っているかということだ。そこで駿太郎は、光を女性の話を聴く場に参加させることにした。
場所は、大学の自習室を選ぶことにした。ここは、休日となると誰も使わないので、誰かに話を聞かれてしまうということはない。
当日桃子は、女性を迎えに行くということだったので、駿太郎と光は先に大学の自習室についてしまった。自習室は狙い通りで誰もいなかった。自習室は、大学の3号館の建物の7階にある。自習室から下を見ると、運動部のサークルが広いキャンパスをすごい勢いで走っていた。いったい何周するのであろうか。駿太郎が通う大学のキャンパスは、無駄に広く、新入生は入学したての頃、いつも迷っている。大学の運動部のサークルは、かなり強い部活ばかりなのだが、休日の練習風景を見ていると納得ものであり、ろくにスターばかり集めただけでは、練習なくして勝てないということがよくわかる。桃子は、そんなに厳しい運動部のサークルに身を投じていたのだ。
「大変だなぁー」
「たいへんだなぁー」
感慨深く駿太郎が独り言を言うと、光が駿太郎のその言葉に反復してきた。さすがに一週間近くを隣同士で過ごしているとこの反復には慣れてきたものだ。これは、月島光ならではの個性なのである。そして、人と話す時に見せる光の笑顔はやはりかわいい。それだけで、駿太郎の中の母性本能はくすぐられていた。
桃子と暴力を受けたと訴える女性が自習室に来たのは、駿太郎と光が来てから、30分後のことであった。女性が入って来た時に、駿太郎が女性に対していだいた印象は、’暗い’ただそれだけであった。よく顔を見るとその暗さの中にかわいさがあるのだが、その暗さゆえ、女性の目元からわかるかわいさは影を潜めていた。
隣同士に座る駿太郎と光と机を挟み向かい合わせに、桃子と女性が隣同士で座った。自習室の真ん中の机を借りることにしたが、座ってみると休日の自習室は大分広く感じた。
そして、しばらくの沈黙が続いた。駿太郎はデートDVのワークショップはやってきたが、実際に当事者と会って話を聴くというのは始めてのことである。自分の鼓動がひときわ大きくなるのを感じた。
沈黙を破ったのは、なんと光であった。いきなり、「シーン!」と大きな声で言い出したのだ。これには、静まり返っていた三人も一瞬「クスッ」と笑ったのだ。これも光の反復なのであろうか、おかげで駿太郎は一気に話しやすくなった。そして、ようやく口を開いた。
「心理学科、三年の高井駿太郎です。」
少々ぎこちなかったが、駿太郎としてはがんばった方である。
そして女性はゆっくりと顔を上げて駿太郎の顔を確認した。静かに静かに深呼吸を大きく始めて、ゆっくりと口を開こうとした。その時、いきなり大学のチャイムがなり始め、また女性の顔はしたを向いた。まるで力が抜けたみたいだった。この大学は、授業が無い日でも決まった時間にいつも通りチャイムが鳴る。最近のエコブームに完全に乗り遅れている様相だ。
またしばらくの沈黙。今度は桃子が女性に「ゆっくりでいいから」と語りかけた。女性は頷いて、また深呼吸を始めた。そして、顔をゆっくりとあげた。
「商業学科の虹山尋子です。三年生です」
彼女にとっては精一杯の一言だったのだろう。
「ひろこー!」
すぐさま光が反復すると、さっきまで沈んでいた尋子の顔は少し明るくなった。そして、尋子は彼氏からの暴力の詳細を話し出した。
その内容はかなり酷い、デートDVにありがちなケースだった。電話が尋子の携帯にかかって来た時の干渉、「他の男と話すな」との強制、暴力後すごく優しくなること。この内容を聴いていた桃子は、途中で涙を流していた。
光は、尋子の言葉を反復したり、時より「痛かった」とか、まるで尋子の気持ちになっているかのような言い回しわをするときがあった。面接の後半、尋子はほとんど光の方を向いて話していた。これは、駿太郎にとって驚くべき現象であった。
光は、最後に「いや、でもすき」と尋子に投げかけていた。それは、尋子自身の気持ちだったのだろうか、尋子はその言葉を聞くと、涙が溢れてきた。駿太郎と桃子はこの現象を見て、尋子の心は彼氏のことが暴力を振るってきて嫌なのだが、その反面、好きになったことを否定できない葛藤状態にあると考えた。
駿太郎と光は、尋子にアドバイスなどしなかった。ただ、次は彼氏の話を聴く重要性を感じていた。
尋子は、帰り際少し元気になっていた。
「光ちゃん!ありがとう!助かったわ」
「ありがとう!たすかった!」
尋子の言葉を光はすぐさま反復した。その時光は尋子に対して満面の笑顔を向けていた。おもわず尋子は光を抱きしめていた。これには駿太郎も桃子もただただ驚くばかりであった。
「高井くん!ももちゃんもありがとうね!私もっと言いたいことは言うわ!」
「うん!またいつでも話し聴くから!」
桃子も少し明るくなっていた。
「よかったわね」
桃子は駿太郎に話しかけた。
「・・・」
「どうしたの?高井くん」
「あ、いや、よかったな」
桃子は、駿太郎の反応に少し不思議な顔をした。その時駿太郎は、尋子が面接中に時より見せていた、睨みつけるような目を思い出していた。
次回デートDVの裏に隠された真実!