生まれついてのカウンセラー
桃子は、中学、高校とバレーボールに打ち込んできた。どちらもキャプテンを務め、県大会へとチームを導いてきた。桃子のサーブとスパイクの技術はチームの中では抜きに出たものがあり、県大会で強豪チームとあたった時でも、桃子の技術は光っていた。
そんな桃子は、バレーボールが強い大学に行きたいという目標が芽生えた。そして選んだのが、現在桃子が通う大学である。しかし、スポーツ推薦で入るのは県大会出場のレベルでは不可能であった。桃子は必死に勉強し、一般入試で大学の合格を勝ち取った。桃子は、再びバレーボールに打ち込める喜びを噛み締めた。
大学のバレー部の部員は、スポーツ推薦で入学してきた全国レベルのスター選手ばかりであった。桃子は最初入る隙間もなかったが、ある日の練習で、高等技術のレシーブを何度も決めた。先輩たちのスパイクの練習の時に、人数が足りないからという理由で、スパイクを受ける側で参加している時であった。
その後、桃子は監督に技術をかわれて練習試合に出場した。その試合では、きれいなスパイクを何度も決め、一気にレギュラー候補へ押し上がった。
しかし、それを面白く感じない人間はたくさんいた。桃子を排除する動きが始まった。
「遊びのあんたがコートに入るのは迷惑・・・」
「あんたのせいで負ける」
周りの人間はスポーツ推薦で入ってきた人間。一般入試で入ってきた桃子は異質な存在で、いじめの構造が成り立つには、最適な関係だった。
今までキャプテンで、トップで走ってきた桃子にとっていじめに打ち勝つ耐性は付いていなかった。後々桃子は、練習に行くのが怖くなり、日本代表のバレー中継も観なくなった。桃子はバレーを嫌いになりかけていた。
そんな時、桃子は一人の少女に出会った。それが月島光だったのだ。とある選択科目の授業を受けている時、横に座っていた少女が話しかけてきた。
「げんきない・・・だいじょうぶ?」
桃子は、一瞬すこやかな気持になったが「ほっといてよ」という気持ちにもなった。しかし、顔を上げて、少女の顔を見た時、少女の本当に心配そうな目に引き込まれそうになった。「弱いな私・・・」
気づいたら桃子は、その少女に自分の素直な気持ちを話していた。
「よわいんだ・・・」
少女は桃子と目線を合わせて、桃子の言葉を反復した。
授業の後、桃子はなんでも聴いてくれる少女に自分の感情を話していた。
「でも・・・バレー好きなんだ」
「ばれー、やっぱりすきなんだね!」
その少女は時より心配そうに、時より笑顔で、桃子の言葉を反復した。最後に少女はこう言った。
「つらかったね・・・がんばったね」
始めての反復とか要約ではない少女の言葉だったのだ。桃子は救われた気になった。
「ありがとう・・・名前教えて・」
「なまえおしえて」
「いや・・・あなたの名前教えて。私は小柴桃子」
「ももこ!わたしはひかる!」
その時の光の笑顔は、桃子が生まれてから見た中で一番きれいな笑顔だった。
それから桃子は、バレー部に復帰はしなかったが、ボランティアで子どもたちにバレーを指導しだした。バレーを嫌いになることはなく、小柴桃子は小柴桃子を取り戻した。
桃子は、涙を流し、川を見つめながら駿太郎にそのエピソードを話していた。
「そんなことがあったのか・・・」
駿太郎は今まで知らなかった桃子の存在に気づいた。川をはさんだ向かいにある小学校では、課外授業なのかぞろぞろと小学生が出てきた。桃子は子どもたちに泣いてる姿を見られたくないのか、それを確認するとさっとこちらを振り向いた。桃子はいつでも強くあろうとしているような気がする。
「光は、生まれついてのカウンセラーだと思う。あの子と会話してると、共感とか無条件肯定とかのカウンセラーの姿勢ができてる」
「でも、光ちゃんはそんな事教えられてないだろう」
「だから生まれついてのカウンセラー・・・」
共感と無条件肯定はカウンセリングにとってはとても重要なものだ。共感は、自分の感情は棚に上げてクライエントの気持ちを感じ取ること。無条件肯定はクライエントの考えを批評したり批判したりせずに、考えを受け入れること。光はそれができているというのだ。
「でも光ね・・・人といる時以外は、自分の世界に入ってるていうか、頭は良くて、成績もそこそこらしいけど・・周りの人と合わせて行動しないし。こないだも光をみんなに紹介して、昼ごはん食べに行こうかて言ってたのに・・・どっか行っちゃって」
「それって、アス」
「違う!光の個性!」
桃子は駿太郎の言葉を止めた。しばらくの沈黙の間、川のせせらぎと子どもたちの声が、駿太郎と桃子の耳に届いていた。
次回いよいよデートDVが動きだします。
駿太郎と桃子、そして月島光はどうやって悩めるカップルを救うのか?