エピローグ
長い長い階段を上ると、そこには大きな田園が広がり、そのわきの方に一つの児童養護施設があります。ここは、私、五嶋郷司が小学2年生の5月から4年間生活をしていた場所です。私は、ここに入り4年が過ぎたころ、戸賀由紀子という一人の臨床心理士と養子縁組をしてここを離れました。由紀子さんは本当に私のことを可愛がってくれました。
そんな私は、2年前に東京に音楽大学に受かり、今では海外でコンサートを開くほどに成長をしました。それもこれも全てあの時私を導いてくれた、三人のおかげであると考えています。だから今日は、ここの施設長になられたと聞く、小柴桃子さんに会いに来たのです。
施設の門をくぐった時に、一人の女性が大きく手を振っていました。それは間違いなく、あの時私に始めて、愛をもって接してくれた小柴桃子さんだったのです。
「郷司くん…。立派になったね」
この人は、背が高いのにすぐ泣きそうになります。しかし、弱さを見せたくないのか、いつも涙をこらえていました。私がこの施設に入った後もたびたび会いに来てくれていましたが、いつもそんなイメージが私にはありました。
施設の中はだいぶん変わっていました。というのも、2年前に桃子さんが施設長になってから、多くの子どもたちを受け入れるために改築したみたいです。桃子さんは、自分ができることはすべてやると昔から幼い私に言っていました。
「10年ぶりね!」
桃子さんの笑顔は、何というか、可愛かったです。
「そうですね」
「もう!敬語なんか使ってたらなんか悲しいじゃない」
桃子さんは、あの時と全然変わっていませんでした。
「光さんと駿太郎さんは今どちらにいますか?」
「あぁ!あの二人ね!青森県!」
どうやら私は、あの二人からは遠ざかってしまったようです。二人に会うためには、もう一度東京に戻らなくてはいけません。
「光さんの病気は大丈夫ですか?」
私は、この施設に入ってから、あの二人とは会っていませんでした。光さんは一度倒れられたと聞いたので、ずっと心配してこれまで生きてきました。
「うん…あの時は、ひょっとしたらガンかもって思ったんだけどね、腸が絡まる変な病気だったのよ」
「そんな病気あるのですか?」
「ストレスだって」
それから、光さんはみんなの苦しみを抱えていたと桃子さんから聞きました。
「光ちゃん…、目が覚めた時に一度だけ反復ではなくて自分から駿ちゃんに話しかけたって。「福岡に来たよ」って…」
「光さんの苦しみを解き放ったのは、駿太郎さんなんですね」
私はそんなすごい人たちにすくってもらえたわけです。私が歌に目覚めたあの日、そして僕自身の歌の道は、光さんなしではありえなかったのです。早く駿太郎さんや光さんにも会いたいという気持ちは強くなっていきました。
私はそれから3日後に青森県の小さな町にやってきました。福岡から東京までは、新幹線が完全に一本つながり、日本の時間が流れていくスピードは計り知れないものになっていますが、ここだけは時間がゆっくり流れているように感じました。
桃子さんからもらった地図を頼りに、私は高い丘のてっぺんを目指し歩いていきます。一歩ずつ一歩ずつ進むたびに、緑の葉を揺らす桜の木が多くなってきました。
どれくらい歩いたでしょうか、ようやく大きな建物の前に来ました。インターホンを押すと中から子どもたちがたくさん出てきて、中に向かって「お客さんが来ました!」と叫んでいます。ここは、精神的な問題で学校に行けなくなった子どもたちが多く入っている施設とのことです。子どもたちの声に反応したのでしょうか、一人の男性が中から出てきました。続いて、きれいな女性というより、少女がつられるように外に出てきて、二人してこちらに微笑みかけています。
一人の女の子が、「ママ!遊びに行ってくる」と言って、私の横を通り過ぎようとしました。その時、私に「こんにちは!」とその女の子は笑顔で言いました。その時の笑顔は、まるであの時の光さんを思い出させるような笑顔でした。
二人はこちらの手を振っていました。私は大きくお辞儀をすると、二人は笑顔でこちらに近づいてきます。
その時の少女の顔は、喜びにあふれていました。
約一か月間お付き合いいただきありがとうございました。
私は、これから心理学の研究者として、少しでも日本のお役に立てるように頑張ります。
そんな時、月島光は私の道を照らしてくれる人になるでしょう。




