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月の少女   作者: 高見 リョウ
光の涙
33/34

駿太郎と光

 光が深い深い眠りに落ちて一週間がたとうとしていた。桃子は毎日のように、光が寝ている病室に足を運んでいたが、何もしてあげることができない自分の非力さにある種の歯がゆさを感じていた。光は変わりなく、寝息を立てているだけで、桃子がたびたびかけている声にも反応しようとはしていなかった。結局いつも自分は、最後は何もできないということを桃子はかみしめていたのかもしれない。駿太郎と光たちと行動を共にしだしてから、二人の関係に悩むカップルや自分の存在を何とか認めてもらおうともがいている子ども、それから家族とのかかわりに悩む中年の男性に、自分の体について悩む大学生のことを救ってきたつもりであった。しかし、ここにきて桃子は、結局最後にその深い闇から解放してあげたのは、この光の輝くような笑顔だったのではないだろうか。桃子は、そんなことを考えながら、光が眠る病室で頭を抱えていた。

「どうしたの?あなたが病人みたいだけど」

不意に戸賀の声が聞こえてきて、桃子は少し安心した気分になる。

「先生…。私はいつも何もできない」

それを聴いた戸賀は大きく首を振って、桃子の横に座った。

「あなたは高井駿太郎という人間に気づきを与えた」

「えっ!?」

その言葉に桃子は一瞬戸惑ったような表情を見せた。

「人の悩みは、周りの人からは気づかれないところにあること」

「私は…、何も」

「いえ…。高井くん、本人が言ってたの。あなたは…、空間を見ることができる人間よ」

桃子には戸賀が言っている意味がよく分からなかったが、あなたはあなたにしかできないことをやっていると、言われているような気がした。


 夜になって、高井駿太郎は光の病室にもどってきた。病室には、桃子が目の下にうっすらとくまを作って座っていた。

「毎日、光のそばにいてくれてありがとう」

「駿ちゃんのためにいるんじゃないもん」

駿太郎から自然に出た、桃子への感謝の言葉だったが、桃子も自然に出た言葉で駿太郎に対応していた。

「ICレコーダー、早く聞かせてあげて!」

桃子の言葉に大きくうなずいた駿太郎は、バッグの中からICレコーダーを取り出すと、光の枕元に置き、それを流し始めた。そこに録音されていたものは、光が生まれ育った町のみんなの光への励ましのメッセージであった。

「駿ちゃんありがとう…」

「どうしたのさ?」

「私の友達…、助けるために走り回ってくれてありがとう」

桃子は一瞬笑顔を作って、駿太郎に感謝の言葉を言った。

「好きな女ぐらい守るよ」

駿太郎が次に話したその言葉を聴いた桃子は、駿太郎に近づくと、思いっきり背中をたたいた。

「いたい!何するの?」

「私の友達、泣かしたら、承知しないから!」

駿太郎は、桃子のその元気そうな顔を見て、少し安心した気分になった。


 駿太郎は次の日の朝、医師から光の病状の説明を受けることとなった。胃カメラをした日に、桃子から聞いたことは、胃の中が結構あれているから、何か重大な病気が隠れていないかの病理検査をするということであったが、この日説明をするということで、何か詳しいことがかったのだろうかと思ったが、その日の医師の説明は駿太郎の不安を強くさせるものであった。

「胃の近辺に固いものがあります。それが気になるのですよ」

「何かの病気でしょうか?」

「今調べています」

とても難航を極めているみたいであった。医師も険しい顔を崩さずに、一つ一つ丁寧に話していたが、駿太郎は大事なことを聴きそこなった気分になっていた。


 光は、ICレコーダーに入ったみんなの励ましの声を聴いていると思われるが、なかなか目を覚まさなかった。変わらずに寝息を立てているだけであり、駿太郎も桃子と同じような無力感を感じ始めていた。しかし、駿太郎は弱音を吐きたくはなかったので、光の前では努めて笑顔であった。

 その日の夕方、桃子は新たなICレコーダーを握りしめ、光の病室にやってきた。桃子はサッとそのレコーダーを光の耳元に置くと、録音された音を流し始めた。そこに入っていたのは、今まで駿太郎たちが接して助けてきた人たちの励ましの声であった。虹山尋子に小島陽平、郷司くんと三嶋香織と、光の笑顔によって、深い闇から解放された人たちの明るく元気な声であった。

「桃子…。ありがとう」

駿太郎は、桃子に深く頭を下げながらそうつぶやいた。


 次の日も光は深い眠りについたままであった。駿太郎の無力感は、時間が経つことにますばかりであり、ただ光を見ていることだけしかできなかった。早朝に戸賀がやってきて、駿太郎は戸賀と軽く話をしたが、戸賀は駿太郎に気の利いた言葉をかけたわけではなかった。

 戸賀が去った後、駿太郎は光に話しかけてみることにした。これは毎日やっていることなのだが、光の反応は今のところはない。この深い眠りを覚ます言葉は、駿太郎自身の本当の気持ちをストレートに言うことなのであろうかと駿太郎は考えていた。

「光…。いつになったら目を覚まして笑顔で話してくれるの?」

光は体を何一つ動かさずに寝ているだけだ。

 そういえばこれまで駿太郎は、光の笑顔にだいぶん救われてきたことを思い出し始めていた。人を助けるときに、これまでいち早く何をするかを考えて駿太郎は行動してきが、いつも不安だらけでその不安を拭い去ってくれたのはそばについている光だった。

「光…。今度は俺が助けてやるから」

そう言って、光の体に顔をうずめると、駿太郎はその上下する光の体の心地よさに、深い眠りに落ちてしまった。




 高井駿太郎は海岸線を一人で歩き、横には戸塚重造と若い女性が一緒に歩いている。駿太郎が歩みを止めたのは、一人の同い年ぐらいの女の子の隣に来た時であった。その女の子は海を見ていた。

「駿太郎くん。紹介するよ。月島光ちゃんだ」

「月島光です」

そう言って、女の子は駿太郎に頭を下げる。

「駿太郎くん。自己紹介して」

重造は駿太郎に指示を出す。

「たかい…」

「がんばれ!」

「高井駿太郎です」

月島光の笑顔は輝いていた。その笑顔につられて、駿太郎は自己紹介をした。


 駿太郎は、夏の暑い日に光の後ろを歩き、手はしっかりと光の手につながれていた。光は駿太郎をリードするかのようにせっせと歩いている。

「パパが死んでから、ずっと寂しかったけど、駿太郎くんが来て寂しくなくなった。だってずっと私についてくるじゃん」

「だって…」

光は弟を見るかのような笑顔で、駿太郎に接する。

「私のこと好きなの?」

「うん…」

「どうして…?最初は駿太郎くんのこと、うざかった」

「僕のこと、気持ち悪いとか言わない。普通に話してくれる」

光はクスッと笑い、駿太郎を抱きしめてこう言った。

「なんで気持ち悪いの?駿太郎くん可愛い!もっと元気出してよ!」




 駿太郎は勢いよく目を覚ました。気が付けばもう夜になっており、病室の中は少し薄暗く、病室の外は少し暖かな感じの空気が流れていた。

「最初に好きになったのは…、俺だった」

駿太郎はその時、握っていた光の手に少しの変化を感じることができた。光の手が駿太郎の手を握り返していたのだ。それも力強く、駿太郎の手を握り返していた。

「しゅんたろう…」

「光…」

光はうっすらと目を開けると駿太郎に微笑んだ。

「しゅんたろう…。ふくおかにきたよ」

「ありがとう…。光」

あの時の約束を光は忘れていなかった。いつか福岡で駿太郎に会うという約束を忘れていなかった。

「しゅんたろう…だいすき。あいしてる」

その言葉に駿太郎は涙があふれてきた。「俺も好きだ」と今すぐにでも言いたかったが、なかなかその言葉が出ない。しかし光の笑顔を見ていると、不意にこの言葉が出てしまった。

「光…帰ったらさ。セックスしようか…」


劇的なものもなく、さらっと読めるようにしましたが、二人の今後については、エピローグに続きます。

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