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月の少女   作者: 高見 リョウ
光の涙
32/34

高井駿太郎の過去

 戸賀は、電話越しに聞こえた久しぶりに聴く声に、少しばかりの驚きを隠せなかった。戸賀が学生時代まで恋仲にあった、月島哲也からの約7年ぶりとなる電話だからである。30歳を超えた哲也の声は、10代、20代のころと何ら変わりのない凛々しい声であった。

 二人は光が事故にあった後、二人で光を支えてきたつもりであったが、それは違っているのではないかと考え始めた。なぜなら、それとは反対に、二人が傷ついたはずの月島光から救われていたからである。

「君の言った通りになってしまった…」

「言った通りになんてならなければよかった…」

 戸賀はずっと、光が人の心の奥を理解し、人の心を解放してやることについては、少しばかりの危険性を感じていた。なぜなら、光には、自分の心の状態を把握する能力が欠落しているからだ。戸賀は手遅れになる前に、月島光という一人の少女を救ってあげたくて、再三にわたって努力を続けた。しかし、それは叶わなかった。

「私がアメリカに行くって言ったとき、あなたは私を恨んだ?」

「恨んでなんかないよ…。それは君の夢だろ」

 戸賀にアメリカの大学院に入る話が舞い込んできたのは、10年前のことであった。このようなチャンスは二度とないと考えた戸賀は、哲也に別れを切り出した後、すぐにアメリカへと旅立っていった。それから、二人はあまり話さなくなっていき、ついに7年前から音信不通となってしまった。

「光は…、助かるよな?」

「大丈夫…。光ちゃんは、助けるから」

そう言って、携帯電話をしまった戸賀は、横で寝ている光の顔を撫でて、自分も深い眠りに落ちていった。


 それから夜が明けた朝、駿太郎はもう一度、丘のてっぺんにある戸塚重造の家に来ていた。相変わらず、寒いのに汗をかいてしまうような急斜面を登ってしまった。

 重造は二日前と変わりのない笑顔で、駿太郎を迎え入れ、孫の美知子は駿太郎を招き入れるなり、コーヒーをせっせと沸かしていた。重造は、「もう寒くなった」などというたわいもない世間話から入り、駿太郎の心を少しずつ和ませていった。そして話をし始めたのは、美知子が沸かしていたコーヒーが、駿太郎と自分の前に置かれた時であった。

「少しは、思い出したかね…?」

「自分が、12年前光の交通事故を目撃したということは、確かのようですが、ここでの暮らしを思い出すことができません」

「そうか…、ほれ、これを見ろ」

重造は少し思いつめた顔をすると、一枚の写真を駿太郎の目の前に差し出した。駿太郎がその写真に目をやると、月島光と思われる笑顔がステキな女の子の横に一人の男の子が立っていた。

「重造先生…、ひょっとしてこれは」

「君じゃよ…。そのまま大きくなっておるから分かりやすいの」

「ていうことは、僕は、いじめにあった傷をいやしにここに来ていたのでしょうか?」

駿太郎には、いじめられたというそのような記憶は一切なかったのだ。小学校の友達とは今でも仲が良くて、年末には同窓会までしている仲である。

「分かった…。君のことをすべて話そう」




 2001年6月、青森県の小さな町に一人の男の子が農業一か月体験をしにやってきた。しかし本当の目的は、その男の子が地元の福岡でいじめられた傷をいやすためのものであったのだ。その男の子の名前は、高井駿太郎で、その男の子についたカウンセラーは、戸塚重造であった。

 駿太郎は、寡黙な男の子であった。小学校に入りたてのころは、よく話していたが、最近になってあまり話さなくなったという。駿太郎の母親はいじめられたことが原因であると言っていた。

 そんな駿太郎は、この町に来てから一人の女の子と出会った。それが月島光である。光もまた、一カ月ほど前に父親を交通事故で亡くしたショックからうつ状態になっていた。しかし光は、人と話すことが好きな少女であったので、重造は駿太郎を人に馴れさせる意味でも、二人を仲良くさせてみることにした。

 それは大成功であった。すぐに二人は打ち解けて、駿太郎も日に日にしゃべるようになり、三週間たったころには、駿太郎の性格が変わったのではないだろうかと思われるほどのやんちゃな男の子へと変わった。また、光も駿太郎がそばにいる安心感からか、徐々にうつ状態を克服し、活発な女の子へと戻っていった。

 しかし、重造にはすでにここで考えもしていなかった事態が起こっていた。二人の間には、小さな恋心が芽生えていたことである。仮にそれが二人の心の支えになっているのだとすれば、これほど危険なことはないのである。さらに、駿太郎は夏休みが過ぎるころには、転校するため福岡へ戻ることになっている。重造との契約期間は、7月の末までなので、強制的に二人は離れ離れになってしまうのである。

 それを二人に話さなく他はいけないと考えた重造は、二人を呼んで、こと細かくこれからのことを話した。すると、光の返事はあまりにもそっけないものであり、重造を安心させるものであった。

「知ってる…。寂しいけど、私が大人になったら福岡に行くもん」

「僕も寂しいけど…、我慢できる」

それにつられてか、駿太郎も離れ離れになることを受け入れた発言をした。

「駿太郎!約束だよ!」

「うん!」

その場で二人は、指切りげんまんをして、大人になったら福岡で会う約束をした。


 安心した重造であったが、その夜に事件は起きた。突然、月島光が姿を消したのである。この時期はうつ状態から回復している頃なので、自殺には一番気をつけておかなくてはならない時期であった。

 電話の一方を受けた重造は、青森市内で学会の真最中であったが、急いでタクシーに乗り込み、光を探しに行った。光の母、都美子の話によると、「駿太郎くんがいなくなるのはいや」と突然わめきだしたと言うのだ。不安が的中した瞬間であった。


 光がいなくなってから30分後、最初に光を見つけたのは駿太郎であった。駿太郎は、光が落ち込んだ時に、いつも海岸のテトラポットに座っていることを知っていたのだ。

「やっぱりここにいた!」

「ありがとう…。駿太郎がもう少し遅かったら、お父さんの所に行ってたかも」

「帰ろう…」

二人は、お互いの手を握りしめてその場から立ち去った。


 二人は帰りに、光の家までの距離が一番近い、県道のわきの歩道を歩いていた。駿太郎は、光を助けられた喜びに浸っていた。しかし、大きな車の光が近づいてきたとき、不意に光の手がするりと駿太郎の手から離れた。

「光!」

光は父が乗っていたものに似ているダンプカーを目撃し、ふらりとそこに飛び込んでいったのである。駿太郎は、急いでその場に駆け出して、光の手を引っ張った。




 「何とか…、君のおかげで光がダンプカーと正面衝突するのは避けることができた。君はあの日、二度、月島光という一人の人間を助けたのだ」

重造にそう言われた駿太郎は、自分の手をじっと眺めていた。

「しかし、それで傷ついたのは、光だけじゃなかった。好きな人が目の前ではねられたのだ。君には自殺したいほどの衝撃が目の前で起こったに違いない。君の自己防衛機能は正常に働き、ここでの生活の全てを忘れてしまった」

「でも…、僕は転校したということも知りません」

「おそらく…君の活発なここで培った性格は残った。生きる上で必要と君の脳が判断したからだ。そして、転校した小学校が無性に楽しかったのであろう。記憶をすべてその学校に塗り替えた」

駿太郎は、今まで見ていた悪夢の説明がこれならつくと納得していた。目の前にいる老人が自分の恩人であると考えると、この言葉を言うほかなかった。

「ありがとうございます」

「顔を上げろ。君が光に会って、悪夢を見だしたということは、由紀子から聴いておるからな。それは私の責任だ」

駿太郎は、それから大きく息を吐き、重造に向かって話した。

「光を助けるために、できるだけ、町のみんなの声を集めて、光に聴かせたいです」

「光が倒れた原因は、やっぱり皆の悲しみを背負いすぎたからか?」

「はい!だから今度は、光の名前を聴いたら心から喜ぶこの町の人の声を聴かせて、光の心を喜びで満たします」

「逆を突くか!?」

重造は駿太郎のその言葉を聴いて、この男は頼もしいと言わんばかりの笑顔になった。


 駿太郎は、重造の家を出ていくとき、再度重造に呼び止められた。

「光は…、君のことがまだ好きか?」

「はい!僕のことを大好きだと思います!」

それを聴いた重造は笑顔であった。

「いつもセックスをせがまれます!」

「光は学校で習ったことは素直に言う女の子だ!おそらく、セックスは好きな人とするということを習ったのだろう」

「僕もそうだと思います!」

そう言って前を見た駿太郎の視界には、大きな海が広がっていた。明日、駿太郎は月島光が待つ福岡県に向けて出発する。


駿太郎は月島光を救えるか?

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