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月の少女   作者: 高見 リョウ
デートDV
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小柴桃子の頼み

 駿太郎がその声に振り向くと、一年生の時から同じゼミであった小柴桃子が立っていた。桃子は、駿太郎とよく話をする唯一の女の子であった。桃子は駿太郎が身長があまり変わらない(駿太郎の方が少し高い)ので、話しやすかった。それが駿太郎と桃子がよく話をする理由なったかといえば、そうとも言い切れないが、とりあえずよく話をしていた。理由をあげるとすれば、一年生からゼミがあるということであろうか。駿太郎が通っている大学では、大学担任制を設けており、中学や高校のように担任の先生というものが存在する。狙いは、大学中退者を減らすためであるが、ある程度の効果は残しているらしい。駿太郎と桃子がよく話をするようになったという実績も残していると言えるのだろうか。

「何?どうしたの?」

駿太郎は、笑顔を作って桃子の声に応答した。

この日の桃子は、少し薄ら笑いを浮かべて、いつもと雰囲気が違った。駿太郎は何かあるなと確信して、桃子の話を聴くことにした。

「ちょっとね・・・頼まれて欲しいことがあって」

「頼まれてほしいこと?」

「うん・・二つくらい」

「二つ・・・分かった!いいよ」

駿太郎がそう言うと、桃子の薄ら笑いは、少しずつ普通の笑顔に変わった。そして桃子は続けた。

「友だちのことなんだけど」

「友だちのこと、うんうん」

「女の子なんだけどね・・・彼氏に殴られたって」

 桃子の顔は一気に曇っていた。

「殴られたって・・デートDV?」

駿太郎が少し驚いたように尋ねると、桃子は大きく頷いた。

「デートDVを何故俺に相談するの?学相(学生相談所)とかあるでしょう」

「嫌なんだって・・・大学の先生たちに知られるの」

 デートDVは、恋人間においてはシビアな問題だ。主に彼氏から彼女(その逆もある)が多いが、彼氏が暴力を振るったあと極端に優しくなることが大きな特徴であり、彼女はそれも愛だと思い込みやすく、逃げれなくなってしまう。解決策としては、お互いを一人の人間として尊重しあうことがあげられるが、今回は友だちに相談できているのでまだまだいい方なのか。

桃子は深妙な面もちで続ける。

「ほら、高井くんはデートDVのワークショップで中学校とか回ってるし、助けてくれるかなて・・・」

駿太郎は、人に何かを頼まれると助けてやりたくなる。それは、人のためじゃなく、自分がただ気持ちいいからだ。駿太郎自身もそれを自覚していた。

「いいよ。何もできないかもしれないけど、話を聴いてやるよ」

駿太郎が笑顔をで答えると、「ありがとう。さすが高井くんだね」と桃子も笑顔になった。

こんな時の桃子の笑顔はとてもかわいい。駿太郎は、引き込まれそうになったことが幾度もあるが、好きとかそんな感情は抱かなかった。そんな笑顔のまま桃子はもう一つの頼みを話し始めた。

「もう一つ・・・いいでしょ!」

確定してるし…と駿太郎は思ったが、口には出さなかった。「い・・いいよ」とだけ答えた。

「あなたのアパートの部屋の隣に越してくる女の子の面倒をみてくれない?ちょっと不思議ちゃんでさ」

「女の子?」

ちょっと待て…とも一瞬考えたが、別の感情が思い浮かんだ。めちゃくちゃかわいい女の子で、ランデブーできるかもというバカらしいものだった。

「いいよ」とあっけらかんと答えてしまった。

「さすが高井くん!」

 桃子の笑顔はさらに明るくなった。

「じゃあ授業終わったら会いに行きましょう!あなたのアパートにもう来てると思うから」

「はーい」駿太郎は、にやけてそういいながらも、正気を取り戻した。デートDVだ。

「デートDVの話を聴くのはいつ?」

駿太郎は真顔で桃子に尋ねると、「あっちの希望を聞いておく」といった答えが返ってきた。


 授業が終わると、駿太郎と桃子は駿太郎が住むアパートへ向けて歩き出した。駿太郎は、授業に全くと言っていいほど集中できず、授業中は上の空だった。いったいどんな女の子が来るのかな、かわいいのか、それともわけありかと様々なことを考えていた。

 桃子が「コンビニ」に寄りたいと言い出したので、野球部が練習する球場側の門から出ることにした。野球部は今日もティーを打ち込んでいた。駿太郎も高校まで野球をしていたため、ついつい野球部の練習には目が行ってしまう。ブルペンに目をやると、エースの上島投手が投げ込んでいた。上島投手は、今秋のプロ野球ドラフト会議で一位指名が予想されており、150キロのストレートを投げる剛腕ピッチャーである。いつも目は自信に満ち溢れていたが、駿太郎にはプロ野球に行って成功するのかは疑問だった。上島投手はいつもインタビューで「自分が納得いくピッチングを」とか内向きな表現しかしなかった。もっと観客や外向きの空間に対して魅せるピッチングをすればいい、駿太郎はそう考えていた。

「野球好きなんだね」

桃子が感慨深く話すので、「ああ」と駿太郎も感慨深く応答した。


 コンビニに立ち寄り、飲み物などを買ってから、駿太郎が住むアパートに辿り着いた。駿太郎のアパートはかなり古い。家賃は、三万円ほどの00物件なのだが、風呂の水道もガスも壊れやすい。耐震強度にも駿太郎は不安を抱えているのだが、この地方は滅多に地震は起きないし、ましてや震度5強以上の地震は過去一回しか起きてなかった。

 駿太郎の部屋は二階なので、鉄でできた階段を上る。’ギシギシ’という不気味な音が響くが駿太郎はもう慣れている。桃子は少しびっくした様子だった。

 駿太郎の部屋の前に着き、鍵を開けていると、隣の部屋のドアがゆっくりゆっくりと開き始めた。駿太郎が目を細めて見ていると、中から一人の女性が姿を現した。駿太郎は、一瞬目の前にまばゆい光がさしたかと思った。その女性というよりも少女は、美しい目を持つ、色白で黒く長い髪の美少女だった。

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