ミスコンマジック
場内観衆の視線は香織に注がれ、しばらくの沈黙が訪れた。
香織は、下げていた頭を上げると、うっすらとした笑顔で「ふぅ~」と深呼吸をし、気持ちを落ち着かせていた。香織のそのかすかな笑顔の裏には、真剣な表情があることを、駿太郎たちは感じ取っていた。
香織は場内を見渡す。この聴衆に自分が伝えたいことを伝えるだけで、大きなことは何一つ言わなくていいのだと、香織は自分に言い聞かせていた。
その時、駿太郎の隣にいた、月島光と目が合った。その時、不意に光は、香織に笑顔を見せた。
「ありがとう…」
香織は小さくつぶやくと、一歩スタンドマイクに近づく。
そして、話し始めた。
「こんばんは。三嶋香織です。
私は、今日笑顔を取り戻すことができました。本当に今は、自然に笑えているのです。本当に今の自分が信じられず、夢のような時間を過ごさせていただいています」
今までと変わったスピーチに、場内は少しざわついていた。
それにも動じず香織は、話を続ける。
「1年前から、私は自分の容姿に自信が持てず、笑顔を失っていました。2年前に雑誌に載ってから、モデルになりたいという夢の入り口に立ったはずなのに、私はなんだか怖くなってしまいました」
ざわついていた場内は静かになる。
「自分が弱かったんです。体は、ご飯が食べられなくなり、どんどん痩せていきました。自分は、醜い容姿だと思い込み、鏡も自ら見られなくなりました。怖かったのです。
気づけば、周りの人まで巻き込んでしまっていました。お父さんは、私のためにいろいろしてくれていたのに、それをも踏みにじっていた。お父さんにまで、心の傷害を負わせていました」
場内は、香織の声以外、何も聞こえなくなっていた。
「しかし、私をたすけてくれた人がいました。
戸賀先生。心理学科の先生で、ミスコンに出ようか迷っている私の話をよく聴いてくれて、励ましてくれました。そして英語も教えてくれました。とてもきれいで、才色兼備、私が男だったら100%惚れてる先生です」
戸賀はクスッと笑い、壇上の香織を見つめていた。
「小柴桃子さん。
最近できた私の親友。かわいいのに、熱い心を持った、優しい女の子です。彼女には、辛いとき、いつでも電話できるし、24時間体制で、私を励ましてくれました。
早く彼氏とかできたらいいね‼」
「余計なお世話だーい!」
桃子が壇上の香織に向かって叫ぶと、一瞬だけ場内は笑いに包まれた。
「秋原恵美さん。
着付けとかメイクとか、手伝ってくれて、メイク中も「かわいいね」と言って励ましてくれました。
このメイク可愛いでしょ!?」
「かわいいー!」
場内の男性陣がそう言って叫ぶ。
恵美は、壇上の香りに向けて笑顔で頭を下げた。
「瀬川彰彦さん。
いつも、バカばっかり言ってるけど、辛い時の私には、それが必要だった。
また…、辛くなったら、バカ言って励ましてね」
「あったりまえだ―‼」
彰彦が叫ぶと、場内からは「ルフィ―か、お前は!」と彰彦に突っ込む声が響いた。
「高井駿太郎さん。
頭は良いけど、少し空気が読めない、頑固者。
でもね、私のこと一生懸命に考えてくれた。スピーチも、待機児童を大学で預かるとかことをテーマにするとか、提案してくれた。私の夢を一押ししてくれた。
ありがとう…」
駿太郎は、少しうれしくなり、照れたように顔をステージからそむけた。
「月島光さん
不思議な女の子。かわいい女の子。
いつも私を笑顔で癒してくれる。私の気持ちを分かってくれる、魔法使いみたいな女の子。
私が暗闇に入り込み迷っている時、先の道を照らしだしてくれる。
月みたいな輝きで。照らし出してくれるのです。
そんな彼女は………、月の少女と私は呼びたい」
「かおりちゃん‼」
光はステージの香織に向けて、叫んだ。
「はーい‼」
香織もそれにこたえていた。
「この大学には、そんないい人がたくさんいます。たくさんいるんです。そんな大学に来れて、私は幸せです!皆さんもそうは思いませんか!?」
「イエ~イ‼‼‼」
場内は香織のつられて、盛り上がった。
「そして最後に、お父さんいつもありがとう。私は…、お父さんのこと大好きです。
だから…、ありがとう‼」
香織はそう言って深々と頭を下げると、場内からは拍手が沸き起こった。
「すごいスピーチだわ…、会場を巻き込んで、盛り上げた」
「先生、そうですね…。僕も頑張らないと」
戸賀は、そう言った駿太郎を見ると、笑顔でうなずいていた。
香織は優勝こそ逃してしまったが、場内の聴衆が選ぶ、特別賞を受賞し、駿太郎たちの前に現れた時は、輝くような笑顔であった。
「おめでとう‼」
「ありがとう」
皆の祝福に、そう言って答えた香織の眼には、少し涙が出ていた。
みんなが香織を取り囲み、祝福をしている時、不意に香織の視線が、その輪の遠くに流れた。
「お父さん…」
駿太郎がその視線の先を見ると、そこには、香織の父である三嶋一行がいた。
「香織…、すごかった、可愛かったよ!ありがとう!」
父親の言葉を聴いた香織は、その瞬間、父に向かって駆け出した。そのまま香織は、父親の胸の中に飛び込み、大きな声を出して泣いていた。
駿太郎たちはただそれを見つめているだけだった。
その帰り、駿太郎は桃子と別れた後、光と共にアパートを目指した。光は少し疲れているのか、目にはクマができていたが、可愛い笑顔は変わりなく、駿太郎の問いかけに反復して答えていた。
「光…、今日は頑張ったな!」
「がんばったな!」
いつも一区切りがついた時、様子がおかしくなる光だが、今日はまだ大丈夫なようだ。腕の青滋味も消えかかっていて、少し駿太郎は安心していた。
「今日は頑張ったし、寒くなったし、鍋でも作るか!」
「つくるか‼」
その反復に、駿太郎は笑顔になる。
駿太郎は、光に毎日会えるこの日々をうれしく思っていた。
「光…、俺のことすき?」
駿太郎は、光がなぜ自分のことが好きなのか、まだ分からないことだらけだ。この月島光はなぜ、人の心を分かってやることができるのかというのも。
「あれ…」
駿太郎は、異変に気づいた。光からの反復がないのである。聞こえるのは、秋の虫の鳴き声と、川が流れる音だけである。
駿太郎は、慌てて、後ろを振り返った。
「光‼」
光は突然、道の上で倒れて、意識を失っていた。
次から怒涛の第四章‼
光はなぜ、駿太郎のもとへやってきたのか、なぜ人の痛みや苦しみを解放することができるのか。




