香織の決意
学園祭の前夜祭で行われるミスコンまであと一日となった、10月31日の木曜日、駿太郎は光を連れて、大学の心理センターの前にいた。そこで待ち合わせしていたのは、香織の父である三嶋一行だった。三嶋さんは、あの踏切での一件以来、駿太郎や桃子らの勧めで、大学の心理センターにカウンセリングを受けに来るようになっていた。カウンセリングを担当しているのは、中年期をゆうに超えている、国小田であったが、国小田自らもその中年期を乗り越えているからであろうか、三嶋さんの心身の健康はだいぶん落ち着いていた。新しく始めた仕事もうまくいっているということであった。
ただ、娘の香織のことはやはり気がかりらしく、この日も自分のことより娘のことを国小田にも話していたらしい。そのカウンセリングの話を駿太郎は、三嶋さん当人から聴くこととなった。
「香織さんは、よく頑張っていますよ」
「がんばっていますよ!」
駿太郎と光はそう言いながら、三嶋さんを励まし続けていた。
「いつもありがとうございます」
三嶋さんは、あの時より顔色もよく、言葉にも歯切れが出てきていた。そして笑顔を駿太郎たちに見せるようになった。
「明日ですよね…」
「はい…明日です」
「いじめられていたのですね…。あの子は」
三嶋さんがその事実を知ることになったのは、国小田とのカウンセリングの時であった。駿太郎は、それを国小田に伝えており、それを聴いた国小田は、娘がなぜ元気がなくなり、食欲もなくなっていたのかと不安を抱える三嶋さんに伝えた。
「なぜ私に行ってくれなかったのか?今でもわかりません」
「それは…、あなたに心配かけたくなかったからではないですか?」
「それはどういうことでしょうか?」
「あなたが大切な人だから、心配そうな顔を見たくなかった」
駿太郎は、思ったことを話しているだけにすぎなかったが、かなり熱の入った言い方をしてしまった。
「そうだったのですか…」
「いえ…私の仮説ですが」
三嶋さんはそれを聴いて、「真剣に考えてくれてありがとうございます」と少し笑顔になった。
「ありがとうございます!」
反復するように言葉を発した光は、三嶋さんに笑顔を見せた。
「光ちゃんには、たくさんの元気をもらったからね。なんだか魔法にかかった気分だったよ」
光はずっと微笑み続けていた。
11月1日金曜日、ついにミスコン当日となった。ミスコン開始2時間前となった会場の舞台裏では、出場者の着付けとメイクアップが行われていた。
今年のミスコンの出場者は、香織を入れた4名で、その4名とも雑誌に載ったことのあるつわものばかりであった。
香織は、着付けやメイクが終わるとスピーチ原稿をゆっくり読み始め、できるだけ前を向いて話せるようにと、暗記をするように内容を覚え始めた。香織のメイクをしていた恵美は、駿太郎と桃子と彰彦、そして光を呼びに行っていた。
「香織ちゃんやっぱりかわいい!」
「桃子ちゃん…」
桃子は舞台裏に来てそうそう、香織に言葉をかけたが、香織の不安は本番前に来て高まっていた。
「不安なの…?」
「うん…」
桃子の問いかけに正直に答える香織の手は汗で少し濡れていた。それに気づいた駿太郎はそっとアドバイスをする。
「胸トントンやってごらん。少し落ち着くから」
「分かった…やってみるね」
香織は、駿太郎に言われた通り、胸に手をやり、トントンとそこをたたく。
「ほんとだ少しだけ落ち着いたかも…。駿太郎くんスピーチはね…」
やはり緊張と不安があるのだろうか、そこで言葉がつまる。
「スピーチが…?」
彰彦も心配そうに問いかけるが、そこから香織は何も言わなくなってしまった。
香織は、スピーチの紙を握りしめて言葉を何とか出そうと努力しているのが見受けられた。だが、言葉を出そうとしているのは、駿太郎や桃子たちも同じ事であった。励ましたいけど、何と言っていいのか分からないといった葛藤を抱えていた。
「じぶんがいいたいことがある」
不意にその緊張感のある沈黙を破ったのは、光であった。
「光ちゃん…」
香織は下をうつむくと、駿太郎の方に体の向きを変えて言った。
「駿太郎くんゴメン…」
「いや…、いいよ」
駿太郎は、香織を気遣って笑顔になる。
「あなたが言いたいことを言いなさい!お父さんもそれを望んでいるわ!」
「戸賀先生‼」
そこに現れたのは、香織に英語スピーチを教えていた戸賀であった。
「いいたいことをいいなさい!」
光は戸賀の言葉を反復する。
「はい…」
その時、香織をまじまじと見ていた駿太郎には、香織の目が光って見えた。
午後6時、ミスコンが始まり、出場者の4人が壇上に上がった。結局あの後、舞台裏には光と戸賀が付き添って、香織を励まし続けた。戸賀が光を残した理由は、「人の心が誰よりも理解できるから」ということであった。駿太郎は香織が大勢の前に立てるか不安であったが、香織は魔法にかかったように、あの雑誌と同じような笑顔で壇上に上がっていた。
「香織ちゃん…かわいい」
彰彦が言ったように、可愛さで言えば、香織はその中でずば抜けていた。ただそれだけでは、ミスコンは勝てない。一体スピーチで何を言うのかが、駿太郎の心配事であった。
司会進行の人がまずステージの中央に立ち、出場者一人一人の名前を読み上げる。出場者の4人はそれに合わせて、深々と頭を下げた。
しかしあの不安そうだった香織の吹っ切れた笑顔に、駿太郎と桃子と彰彦はただ驚くばかりであった。
直前まで香織に付き添っていた、戸賀が観覧席にやってきて、ステージ上の香織に対し、声援を送っていた。
「一体先生、何を助言されたのですか?」
「高井君!助言なんてしてないわ。大事なのは、いつでもそばにいると思わせること」
「なるほど…」
戸賀の一言に、彰彦は感心した様子でうなずいていた。
そして、出場者4人はまず、一人ずつステージ中央に置かれたスタンドマイクの前に立ち、英語で自らの自己紹介を行う。
最初に順番を決めるくじ引きが行われた。ここで決めた順番は、日本語でのスピーチに受け継ぐことになっている。
その結果、香織の順番は一番最後になってしまった。
「クソ!よりによって、プレッシャーのかかる順番に」
彰彦はそう言いながら、手を握りしめ、こぶしを作った。
駿太郎は不安そうな顔で、11月になった肌寒い時期というのに、額に汗をかいていた。それを見ていた光は、駿太郎の手を取り、強く握りしめた。
「光…」
光はただ黙っていた。
最初の人が英語でスピーチを始めたが、終わってみるとその見事なスピーチで会場は拍手喝采に包まれた。
「うわ…やべぇ」
素晴らしかったのは、残りの3人も一緒であった。何とうち2人はイギリスやアメリカへの留学経験があり、しっかりとした英語を普段の生活から話せるとスピーチで言っていた。
戸賀は英語スピーチを訳していたが、「すばらしいわ」とスピーチをした一人一人に向けて、拍手を送っていた。
「次は、三嶋香織さん‼お願いします!」
香織はステージの中央に立つと、深々と頭を下げた。
駿太郎は、不安で押しつぶされそうになり、息が荒くなっていた。
しかし、香織が頭を上げると、きらきらとした笑顔で香織は、スタンドマイクに一歩近づいた。
「可愛い―‼」
スピーチが終わると場内は拍手喝采に包まれていた。
「戸賀先生ありがとうございます‼」
駿太郎たち3人は、戸賀に頭を下げ、お礼を言った。
「よくやったわ」
戸賀も今まで駿太郎たちが、見たことのない笑顔になっていた。
確かに英語の技術としては、前の3人と比べると、はるかに劣るかもしれないが、笑顔だけは一番よかったと駿太郎は感じていた。
「次に、日本語スピーチです!」
スピーチの内容次第では、差がつく項目なのであるが、香織は自分の話したいことを話したいと言っていた。それは期待が大きい反面、不安もやはり大きいものであった。
駿太郎が描いたスピーチの構想は、桃子と彰彦も素晴らしいと思っていたからだ。
「大丈夫…」
駿太郎は自分に問いかけるようにつぶやく。
最初の人がステージの中央に立ち、スピーチを始めた。その内容は、日本は過去にどのようにしていたら戦争をしなくて済んだかという、今までにないもので、場内の関心を引き、終わった後は、審査員席もスタンティングオベーションとなっていた。
「すごい…」
駿太郎はそのスピーチに驚愕してしまった。
「確かにすごいわ…。でも三嶋さんにしかできないスピーチがあるはずよ」
戸賀は最後まで、香織を信じましょうという目つきで駿太郎を見た。
次の2人も、日韓関係や日米の今後のことなどのテーマでスピーチを行いたくさんの拍手をもらっていた。
「次は、三嶋香織さんです」
香織はゆっくりとステージの中央に向かい、また深々と頭を下げた。
「香織ガンバレー‼」
彰彦は大きな声を出す一方で、駿太郎は、静かに香織を信じて祈っていた。
香織のスピーチが始まる‼
第23部、書き直し前のものを投稿していたため、書き直し後を投稿しました。
若干内容に変更があります。
すみませんm(_ _)m




