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月の少女   作者: 高見 リョウ
ミスコンのドラマ
20/34

生きる価値

 電車が緊急停止したため、電車の乗客員による安全確認がその場で執り行われた。人身事故は一歩手前で防げたため、警察は出動しないで済んだが、男性が気絶していたため救急車が出動し、男性は病院に運ばれることになり、駿太郎たち三人も同行することになった。

 大学の前で起きた事故ということもあり、やじ馬がたくさん集まっていた。病院に同行することになった駿太郎には心配事が一つだけある。

光のことだ。

 光はいつも駿太郎のところで夕食を食べており、久しぶりに光が一人で買い物に行き、それから一人でご飯を食べるとなると、駿太郎はなんか心配なのだ。

「桃子と彰彦、先に行っててすぐに行くから」

駿太郎は光と後ですぐに駆けつけることを桃子と彰彦に伝えた。

「わかったわよ!」

桃子は、笑顔でそれを了承してくれた。


 駿太郎はアパートに帰り着くと、すぐに光の部屋のインターホンを押した。そして、光の部屋のドアがゆっくりと開いていく。

「しゅんたろう!」

光は笑顔で駿太郎の目の前に現れた。

「光、行こう!」

「いこう!」

駿太郎はそれだけを伝えると、急いで光を、アパートの近くの駐車場に停めてある、駿太郎の車に乗せ、病院へと向かった。

 道は夕方の帰宅ラッシュの前で、結構すいていたので駿太郎の車はすいすいと進んだ。駿太郎の車は、ダイハツの軽自動車でかなり小回りが利く設計になっており、去年、駿太郎の親が新しい車を買ったときに譲り受けた。

その車は、国道三号線をまっすぐ西へ進み、男性が運ばれた病院へとたどり着いた。


 病院に着くと、桃子と彰彦の二人は、医師からちょうど説明を受けているところで、二人とも真剣な面持ちで、うなずきながらその説明を聴いていた。駿太郎が駆け寄ると、医師がこちらの方を振り向いて答えた。

「心配ありませんよ…。入院もしなくていいですから」

「あ…ありがとうございます」

駿太郎は男性とこれまで面識があったわけではないが、不意にその言葉が出てきた。

「ふぅ~」

彰彦も安心したのか、大きく深呼吸をしながら笑顔を見せていた。

「あの…ご家族のかたは」

桃子だけは依然として冷静を保っており、男性の家族のことについて質問をしていた。

「家族ですか…娘さんとは連絡が着きました。あ…彼の身元は三嶋一行という名前で、現在56歳、一応去年退職していて、現在は無職ですね」

医師はその質問に淡々と答えていた。

「56歳なのに退職?」

駿太郎はそれを聴いてびっくりしてしまった。

「はい…彼が前に勤めていた会社を、55歳に退職したらしくて…」

医師はそれにも便乗せずに淡々と答えた。


 医師と話をしていると、若いナースが一人で駿太郎たちのもとにかけてきて、笑顔で言った。

「三嶋さん目を覚まされました。あの…あなた方にお礼と謝罪をしたいそうなのですが、来ていただけないでしょうか」

「みしまさんめをさました‼」

光は誰よりも嬉しそうな表情を見せていた。

それにつられて桃子もようやくほっとした顔になり、

「わかりました!」と答えた。


 三嶋さんは治療室で目を覚ましたらしく、三嶋さんがいるところは他の患者さんに見られないようにカーテンで覆いかぶされていた。

 駿太郎は、先頭になってゆっくりとカーテンを開けると、それにつられて深々と頭を下げる三嶋さんがそこにはいた。

「どうも助けていただいてありがとうございました」

三嶋さんは涙ながらに感謝の言葉を口にした。

「いえ…生きていてくれてうれしいです…」

彰彦は粛々とした感じで、三嶋さんの感謝を受け止めている。

「本当ですよ!」

「ほんとう!」

駿太郎の言葉に続き光も彰彦の言葉を肯定し、三嶋さんの感謝を受け入れた。

「危ない目に合わせて本当にすみませんでした…」

次に三嶋さんは謝罪を口にする。

「そんな…危ないなんて考えてもいませんでしたから…」

桃子は、三嶋さんを見つめながらそう答えた。

三嶋さんは頭をなかなかあげなかった。それを眺めていた若いナースは感受性が強いのか、涙を流しながらうなずいていた。

「本当に…この方たちがいてくれたよかったですね…」

医師も粛々とその言葉を述べている。

 三嶋さんはしばらく下げていた頭をあげ、一言つぶやいた。

「私…、どうかしてました」

「どうかしてた」

光の顔が一瞬で人を心配するときの顔に変わった。

「どうかしてたってどういうことですか?」

駿太郎も気づくと三嶋さんに尋ねていた。

 三嶋さんはもう一度下を向いてから、涙をぬぐい、駿太郎たち四人の顔を一人一人見渡して話し始めた。

「私は…去年、働いていた会社を退職しました。一年ほど前から、大学生の娘の様子が変わり始めていたので、そばにいてあげることにしました。嫁の収入は、恥ずかしながら私より高かったので、何とかなるだろうと…。しかし…娘はよくなるどころか何も話してくれず、食事もあまり食べなくなり、痩せていったんです。何で悩んでいるか…、それすらわからない。

 働きも出ず、家族のために、日本の社会のために役に立っていない私は、何の価値があるのかと考えるようになりました。

本当のことを話すと、会社を退職した理由も、若い社員を育てることができず、老いていく私の体と共に絶望感を感じたからです。

今日の運転中…、娘のことを考えていたら、不意に体が踏切に…」

 その話を聴いていた彰彦は、下を向き悔しそうな顔をし、若いナースはさらに大粒になった涙を流していた。

「じぶんのかち…わからない」

光は話の途中で何度も三嶋さんの言葉を反復したり、うなずいたりしており、その影響で三嶋さんはここまで話せたのではないだろうかと、駿太郎は考えていた。

「すいません…こんな話ばっかり」

三嶋さんは再び謝罪を始めた。

「いえ…話せば、楽になりますから」

桃子は謝罪する三嶋さんをかばうように言葉をかけた。


 病院から出るとき、四人は重い足取りを何とか前に押し出して、病院の出口に向かって歩いていた。

「なんか難しいよな…。生きてる価値が分からないって」

彰彦は重い頭を下げて話していた。

「世代性と停滞」

「えっ?」

駿太郎がつぶやいた一言に、桃子が反応する。

「生涯発達論、中年期の発達課題」

「エリクソン?」

桃子が20世紀の中期にアメリカで活躍した心理学者の名前を出した。

「そうだ!中年期は身近な人が亡くなりだす歳で、子どもも大きくなり、自分の体も大きく衰える。そのめまぐるしく変化する環境についていければいいが、ついていけないと、そこで人生が…」

「滞る」

彰彦が駿太郎の話の続きを途中で答えた。

「しかも日本人男性は、その中年期が一番自殺率が高いんだ」

駿太郎が不都合な真実を口にした。


 病院の駐車場に着くと、家の方向が逆である彰彦とはここで別れることになった。彰彦は今までの真剣な顔を崩して、いきなりニタニタと笑いだし、別れ際駿太郎の肩をたたき、

「あのかわいい子ちゃんは駿太郎の彼女?」と聞き出した。

駿太郎はゆっくりとその手をのけて、

「友達!」

と答えたが、彰彦は少し不満げであった。

彰彦は光と目を合わせると、

「瀬川彰彦っす!よろしく」と自己紹介を始めた。

「あきひこ!」と光は笑顔で反復した。

それを見た彰彦は、「マジ可愛いー‼」と言い出しそのままかけていった。

「あいつの性格はようわからん」

桃子は睨むような目つきで話していた。


 車に三人が乗り込もうとしていると、

「あの…」と女の人の声に呼ばれ、三人はその声の方向に振り向いた。

 駿太郎はその顔を見ると、驚いた。なぜならその女の子は、駿太郎が今日の授業で隣に座っていた、あのアイドルと劣らず可愛い、少し痩せた女の子だったからだ。

「三嶋はどこにいますか?」

女の子は心配そうな顔で、駿太郎たちに尋ねてきた。


 今日は生涯発達論を取り上げました。

中年期のことは日本だけでなくアメリカなどの精神国で大きな問題になっています。

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