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月の少女   作者: 高見 リョウ
子どものSOSを見逃すな
17/34

誰かを救うこと

金曜日の朝、戸賀由紀子准教授の前には高井駿太郎と小柴桃子の二人がいた。金曜日の朝からわざわざ研究室に来るということは、よほどのわけがあるのだろうと考え、戸賀は二人から話を聴くことにした。

「話があるのでしょう。そんな思いつめた顔をして、桃子さん、らしくないわよ」

今日も戸賀は淡々と二人と向かい合う、どんな時も動じないイメージはすでに学生の中には浸透している。

「僕たち…子どもを預かってるんです!」

桃子を見かねた駿太郎が突発的に口にした。

駿太郎はまったく緊張していないというわけではなく、手にはしずくが見えるほどの汗をかいていた。

「どういうこと?」

戸賀は目力を強くして二人に迫る。

桃子は静かな声で、戸賀に説明を始めた。


 桃子の必死さは戸賀に伝わっていたのかは分からないが、ここまで来た詳細をすべて戸賀に話した。郷司くんが小学校での体罰事件の発端となったと考えられる第一位の生徒であり、よく暴れること。人に甘えたがること。親は不在で、義理の叔父叔母に育てられ、家では一室に監禁されていたこと。母親は体が弱く、郷司くんを産んだ直後に亡くなったこと。それが理由で、郷司くんは叔母に恨まれていること。叔父は郷司くんを見ると発狂する自分の妻をかばい、郷司くんを見離していること。

 戸賀はその話をうなずきながら、時に桃子に質問をしながら真剣に聴いていた。話を聴き終わると戸賀はすっと立ち上がり、沸かしていたコーヒーを桃子の前に置いてあったコップに注いだ。

「あなたもつらかったでしょう…コーヒー飲みなさい」

「ありがとうございます…」

桃子が泣くのをこらえているのは、横にいた駿太郎には鮮明に伝わっていた。

「それで、昨日は桃子さんの家に泊まったのね」

「はい…そうです」

今にも泣きそうな桃子の代わりに駿太郎が答える。

戸賀は真剣な表情を変えることなく、駿太郎たちを諭すように話し始めた。

「あなたたちは、おそらく良いことをした。でもね、良くやったとはいえないわ…」

「はい…」

桃子は静かにうなずく。

「あなたたちは、学生…。責任を背負うことができると思うの?しかも、郷司くんにとって、桃子さん…あなたは生まれて初め出来た信頼できる人。郷司くんは「ようやく僕を認めてくれる人ができた」って思ってると思う…。踏みにじることはできないわよ」


 戸賀の言葉は間違えのない言葉であった。廊下を歩く桃子の足取りはいつものような力がなかった。

「責任って言葉…こんなに嫌なものだったけ」

「責任を背負うのは覚悟がいるから…」

駿太郎は間違えのないことを言った。しかしその言葉は桃子をさらに追い込んでしまうのではないかと思われる言葉であった。

駿太郎は、大きく深呼吸して、

「郷司くんの第三のステージ作ろう!」

笑顔で桃子に言った。


 心理センターでの子どもたちへのケアは三日目を迎え、国小田の計画通り、この日の午後から子どもたちと子どもたちの小学校の前まで散歩に行くことになった。子どもたちが素直に行ってくれれば問題はないが、まだまだひどい嫌がり方を見せるようなら前の段階に戻る必要がある。子どもたちのペースに合わせるということが重要なのだ。

 大学を出て、10分くらい歩くと子どもたちが通う小学校が姿を現した。子どもたちの中には、徐々に不安そうになる子もいたが、門の前に来てもひどい嫌がり方をする子はいなかった。ついてきた国小田も、学生も少し安堵した表情を見せた。

 しかし、その時だった、一人の女の子が「いやっ!」という声を上げた。

「どうしたの?」

安堵していた学生たちに一気に緊張が走った。

「桂木先生?」

一人の生徒がつぶやいた。

その生徒の視線の先に手を震わす一人の男が立っていた。

「桂木先生って…まさか。国小田先生‼」

桂木先生の名前を聞いたことが会った駿太郎は、国小田の名前を呼んだ。

「分かっておる‼子どもたちを連れて大学へ戻りなさい」

「はいっ‼」

学生たちは威勢のいい声をあげて、子どもたちを大学の方向へいざなった。

桂木も生徒の顔を見て、その場から立ち去ろうとしていた。

「桂木先生!待ってください!」

しかし、桃子はその男のもとへ走り出した。

「五嶋郷司くんはあなたに謝りたがっています!」

その名前を聴いた桂木の名前はひきつった。

「やめろー‼あいつは…ギャー‼」

「やめなさい小柴さん!」

国小田は必死に桃子を制止した。

国小田はその次に、桂木のもとに駆け寄ると、桂木を諭すように言葉をかけ落ち着かせていた。


 桃子は夕方、国小田の研究室に呼び出され、駿太郎も同行することになった。

「戸賀先生から事情は聴いた。君たちは郷司くんをよく助けた。しかし小柴さん…今回はいただけない…。彼もまた傷を負っている」

「だから…郷司くんの言葉を伝えて、少しでも…」

「バカなことを言うな!全員を助けてやろうなんか無理な話だ!」

桃子は首を横に振りながら目力を強めている。

「高井君、君も呼んだわけは分かるか?」

「えっ?」

国小田は話の視点を駿太郎に移した。

「君は小柴さんが行かなかったら行ってた。君は誰かをたすけたいと考える…。そういう人間だ…。しかし君は同情心が強すぎる」

「はい…」

駿太郎は国小田に自分の欠点をストレートにつかれたと感じた。

「小柴さんが先に動いたのは、桂木先生よりも郷司くんを助けたいという気持ちがあったからだ。」

「・・・」

その一言に桃子は固まった。

「人をたすけるときに、ほかの人のことが心に浮かぶ…。そんなことで助けられるわけがない!」

桃子は泣くのをこらえた。

「国小田先生!あとは私が…」

そういって国小田の研究室に入ってきたのは、戸賀であった。


 駿太郎と桃子は、戸賀の研究室の移動し、戸賀と向かい合って座った。戸賀は施設のパンフレットをテーブルの上に出した。

「今日…郷司くんが住んでた家に行ってきた。ここに彼を入れることになったから…。児童相談所には私が話をつけておくから、あなたたちは郷司くんをよろしく」

「僕たちが…」

駿太郎は少し戸惑った顔をしている。

「そこまでの責任は、あるはずよ」

「・・・」

桃子は黙っている。

「いつでも会いに行けばいい。あなたたちが居場所になればいい。所属と愛情の欲求はそこから作られるはずよ…」

「分かりました…」

桃子はそういってうなずいた。

「国小田先生の言った意味は分かったわね」

戸賀は次に国小田が言ったことに論点を変えた。

「やはり…限界はあるのでしょうか?」

駿太郎の質問に戸賀はうなずいてから答え始めた。

「誰かをたすけるために行動を起こして、その人をたすけられたとしても、ほかの誰かをその結果によっては傷つけることもある」

「どういうことですか?」

駿太郎は目を見開いた。

「震災の被災者を励ますため、風化させないためにドラマを作る人がいる。その結果、励まされた人はいても、一部の人はトラウマで傷つくかもしれない。戦争の映画だってそう…」

「そういえば私のばあちゃん、戦争映画観たくないって言ってたな…」

桃子は静かに語った。桃子の祖母は戦争の空襲を実際に体験している。

駿太郎は納得がいかない様子だった。

「じゃ僕たちは、どう…」

「高井君‼」

駿太郎の言葉を制止するように戸賀は答えた。

「助けようと思った人を救う!救えない人は他の人が救う!だからこの世に無責任なんてないの」

戸賀の言葉には力がこもっていた。

一呼吸おいて戸賀は少し笑顔でこう言った。

「日曜日よ…。それまでにあなたたちが郷司くんの”安心”になりなさい」


 駿太郎たちが帰った後、戸賀は一人の臨床心理士に電話をかけていた。

「お体の具合はどうでしょうか?」

「教え子の君に心配されることはない」

心配そうな戸賀の声にその男はきっぱりと答えた。

「ところであの子は大丈夫か?」

戸賀はこの男が心配する少女を守る約束を二年前に交わしていた。

「大丈夫です…月島光は私のゼミ生の所にいますから。信頼感のある優秀な学生です」

「それはよかった…」

その男は安心した様子だった。

「光ちゃんと彼が関わりだしてから、彼にも変化がみられています。教え子が成長できています」

「そうかそれは安心だ…」

戸賀は受話器を持つ手に力を込めた。

「安心してください。あの子は生きていますから。人を救うために生まれてきたのでしょ…?足りないところは私が埋めてやります………。重造先生」


次で第二章は終わります!

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