家の中の檻
駿太郎は乗り込むと言ってみたものの、具体的な計画があるわけでもなく、その発言は衝動的に出たものであり、その場に立ちすくんでいた。
「どうするの?」
桃子もどうやってこの家に乗り込むのかについて疑問に思っている。
「考えよう」
駿太郎は下を見ながら腰に手をやると、目を閉じて考え始めた。光は今回、なぜか黙り込んでいる。新聞配達の配達員が家の前にやってきて、三人を不思議そうに見ているのが桃子には分かった。しかし、それは郷司くんのことを考えているとあまり気にならなかった。
「困ったときは、ストレートだ‼」
そう言い出した駿太郎は、いきなり家のインターホンに向かい一直線に歩き始めた。
「ちょ…ちょっと駿ちゃん!」
桃子はいきなりの駿太郎の行動に驚いた様子だった。
駿太郎はそのままインターホンに手を伸ばし、それを押そうとした。
「あの…なんか御用かい?」
そのとき、駿太郎は後ろから聞こえた男の人の声に呼び止められた。
駿太郎が振り向くと、そこにはいかにもお金持ちそうないい服を着ている男が立っていた。
駿太郎は、少し戸惑ったが、それが一家の主である可能性が高いと思いその男を睨みつけた。
「駿ちゃん!帰ろうよ」
桃子は心配そうな顔つきで駿太郎を見つめていた。
「なんだその目つきは、俺に文句でもあるのか?」
「あるよ!」
駿太郎は、さらに睨みを強くしその男と対決姿勢に入った。
「郷司くんを解放しろ!」
駿太郎はストレートに本題を口にした。
その男はその言葉を聴くと深呼吸し、すっとした笑みを浮かべてこう言った。
「そっちの方が、あの子も幸せだな…」
「はっ!?」
駿太郎と桃子はあまりにあっけない一言に、言葉を失ってしまった。
駿太郎と桃子、光の三人は、その身を男と一緒に近くのファミリーレストランに移した。もう夕方ということもあって店内は賑わっていた。
「そっちの方が幸せってどういうことですか?」
駿太郎はその男をまだ睨みつけていた。
「そんなに睨みつけないでくれ。あれは妻のためなんだ」
「つまのため」
光は少し不思議そうに反復しながらも、スイッチが入ったのか、人の話を聴く体制に入っていた。人の話を聴くときになると、急にスイッチが入ると思うほど、光が人の話を聴くときの変化は大きかった。これが生まれながらのカウンセラーだと桃子に思わせた一つの理由なのだろうか。
「郷司くんは、上の階が嫌とか、ずっとあそこにいないといけないとか言ってましたが、どういうことですか?」
桃子もその眼には力が入っていた。
「下の階にあの子が行くと、私の妻が壊れる」
「つまがこわれる…」光の反復に合わせ男は首を縦に振る。
「あの子は、私の義理の甥っ子だ。妻の妹があの子を産んだとき、妻の妹は…死んだ」
「体が弱かったのですか?」
駿太郎はあまりに重い話なので、無意識的に周りを見渡して、その男に尋ねた。
「大体…あの子の父親が誰かわからない。だから引き取ることになったんだけど…あの子を見ると、妻が「人殺し‼」て言いながら発狂するんだよ。あの二人仲が良かったからね…」
「だから…どっかに閉じ込めたのですか!?」
桃子は言葉に力を込めて聴いた。
「ああ…上の階にな。会わせないように。学校から帰ってくる時間は妻も自分の部屋に閉じこもるようにしている。」
「だから上の階が嫌って…」
桃子の声は震えていた。
「あなたは…郷司くんが辛い思いをしているのに平気だったのですね…」
駿太郎は怒りを込めてその言葉を言った。
「そんなことはない…私は心配だった…だから・・」
「うそをつけ‼」
「うそだと!…」
駿太郎の「うそ」という言葉に男は反発を示した。
「光が「心配だったんだね」とかあなたに言ってない。この少女は辛い思いをしている人の気持ちは分かるんです」
駿太郎はこう言った後、深呼吸をして続けざまに言葉を放った。
「まず…子どものことが心配なら八年間もこんなにひどいことはできません」
駿太郎たち三人は、郷司くんを一日引き取ることにした。
「桃子お姉ちゃん、駿おにいちゃん‼光姉ちゃん‼」
郷司くんは家から出ると駆け足で三人のもとに駆け寄ってきた。
「今日だけは、桃子お姉ちゃんの家で思いっきり遊ばしてやるからね」
「あそばしてやる」
「うん‼」
桃子の言葉と桃子の言葉に対する光の反復に、郷司くんは笑顔でうなずいた。
三人は桃子のアパートに一室で思いっきり遊んだ。トランプや人生ゲームなどを夜の10時過ぎまでやった。郷司くんの笑顔は輝いていて、それを見るだけで駿太郎たちはうれしかった。
「楽しい…」
「たのしい…がんばったんだね」
光の郷司くんの気持ちをくみ取った言葉に、郷司くんは、うなずき、
「これからも頑張るんだい!」と力強くいって見せた。
10時半になって駿太郎と光が帰り始める。
「駿ちゃん!明日から郷司くんどうしようか?」
駿太郎は少し考えて、
「戸賀先生に相談しよう」
と口にした。
確かに戸賀先生なら、児童相談所とのパイプが強く、児童養護施設にもボランティアなどで言っている。
「わかった!そうしよう」
桃子は安心して答えた。言い終わった後、唇を強くかみしめていた。
桃子と郷司くんは一つの蒲団に二人で入って寝た。郷司くんは桃子の体にぴったりとくっつき離れようとはしなかった。
「あったかい…」
郷司くんが静かに呟いた。
「ずっとこうしたかったんだもんね」
「…」
郷司くんはもう何も言わなかった。
「今度からは、自分のやりたいことを素直に言えるようにしよ…わかった?」
「うん…」
郷司くんはうなずくと静かに目を閉じた。
桃子は一晩だけ母親になった気分を味わった。
子どもの虐待はいろいろなケースがありますが、子どもを一室の監禁する例もあります。