プロローグ
月島光はいつも悲しみにくれていた。しかし、その悲しみを月島光の周りの人々は気付いていなかった。その少女の笑顔は、多くの人に喜びを与え、多くの人を幸せにした。彼女は、皆に愛され、彼女も皆を愛していた。
しかし光には特別仲がいい友だちはいなかった。光はいつも自分の世界に入り込んで見えるほど周りの人に馴染むということはなかったのだ。
光は生まれて18年間を故郷で過ごしてきたのだが、ついに光は、生まれ故郷を出て行くことになった。遠くの大学に入学することになったからだ。遠くの大学に入学し、一人暮らしをすることに、光の母親は反対した。しかし、遠くの大学に行きたいという光の希望に救いの手を差し伸べたのは、光の兄であった。
光の兄は、自分の妹は特殊能力を持っていることを信じて疑わなかった。光の周りの人はいつも笑っていることを彼は知っていた。そして光の笑顔に多くの人が救われることも知っていたのである。周りの人々を皆幸せにしてしまう、それが月島光の特殊能力なのだ。
「光の願い聴いてやってくれよ」
兄がそう母親に言った時に、光は大丈夫だということも母親に訴えていた。
「光は人を笑顔にする。今まで光を恨んだ人がいたかい?光はいつも、みんなの隣で笑っていたさ」
「そうだね」
母が口にしたのはその一言だけであったが、光に一人暮らしを賛成した一言になった。
光の旅立ちの日は、三月の中旬だというのに雪がちらつく寒い日となった。町中からたくさんの人が、月島光を見送るため駅に訪れた。
「光ちゃんまた帰ってこいよー」
「この町のこと忘れないでくれよー」
町中の人たちは、旅立つ光に向け多くの言葉を発していた。そこには、多くの笑顔が溢れ、冬は寒そうな鳥たちも電車が到着する警笛と共に元気良く空へ飛びたった。
光はいつもと変わらない笑顔を、集まった人々に向け振りまいていた。でも何も話さない、何一つ言葉を出さない。ただ大きく、そしてだんだんと小さく手を振り、電車に乗り込んでいった。
曇り空の隙間から、太陽が射し込むと同時に電車が動き出した。
「光ちゃん」
「光ー」
また駅に集まった町中の人々が名前を呼び、手を振る。
「ほら、光はこんなに愛されてる。どこに行っても心配ないよ」
光の兄が、母親の肩にそう言って手を伸ばすと、母は何も言わずに涙を流して小さくうなずいた。
やがて、光を乗せた電車は大きなカーブにさしかかり、目に見えなくなった。
光は駅のホームが見えなくなっても、笑顔で手を振り続けていた。
「ひかねーちゃん!ひかねーちゃん!」
線路を沿って、光が乗った電車を追いかけていたのは、光が良く一緒に遊んでいた町の子どもたちであった。電車が子どもたちを抜き、前に出たときに光はその存在を認めた。
「ひかねーちゃん大好きだよー!」
「また帰ってきたらあそぼーね!」
光と目が合った子どもたちは、次々に光に向けて叫んだ。
光は、手を振る子どもたちを見つめて小さくつぶやいた。
「みんなありがと。みんなだーいすき。あいしてる」