憂鬱女と透明男
「投げ出したい…ぜんぶ、全部っ…!!」
私の暗い呟きがなにもない部屋に溶けて消える。こんな暗い言葉が最近の私の口癖だ。
「何にも投げ出す覚悟なんかないくせによく言うぜ。」
…また、彼がここに来たらしい…。振り返ると脚と腕を組んで椅子に座っていた。
「あるわよ!!あるわよ、だからっ…」
「手術を受けないって?ただ、自然の摂理に従って消えるだけじゃねぇか。そんなの、何の覚悟もしなくたって誰でもできる。お前はただ逃げてるだけだ。本当に全部投げ出す覚悟があるなら…その窓から飛び降りてみろよ。」
彼の最後の言葉に私はなにも言えなくなる。そんな私を鼻で笑う彼。
「やっぱりな。お前は何も投げ出す覚悟なんかできてない。…なら、大人しく手術を受けて現実の世界に戻りな。…手遅れになる前に…。」
こうやって、彼は音もなく私の病室に現れて、毎日私に手術を受けるように進めてくる。私の病魔は着々と私の体を死に追いやりつつあって、決断までの時間がそんなにあるわけではない。
だからこそ、彼は早く私に彼の望む決断をさせたいらしい。 …だけど、私は……
「今日も嫌だって言うのかよ…。」
彼は溜息を零しながら呟いた。もうお手上げだと言うように顔を上に向けて…。
しばらく私たちは黙ったまま、外の音を聞いていた。その沈黙に今日はもう無駄だと判断したのか、彼は椅子から立ち上がる。
「また…」
「ねぇ、どうして貴方は毎日私の病室に来てるの?」
まだ彼にいてほしい…そんな私の思いが唐突に質問の言葉としてあらわれる。それに彼は私のほうを真っ直ぐ見つめてそれに答える。
「俺はお前みたいに湿湿した奴が大っ嫌いなんだよ。あと、鬱鬱してる奴も。このままここでお前に死なれんのは俺が気に食わねぇから早く手術して退院しろ。」
「……そう…。」
辛辣すぎる言葉ではあるけど、これは彼なりの私への労りと憂いの言葉。
だから……ここまで、ここまで私のことを思ってくれるのなら…嘘でも、嘘でもいい…
「……死んでるやつ追いかけたって、何にもならねぇよ…。いいか、俺はとっくのとうに死んでる。」
そう、彼は死んでいる。言葉で彼自身がそのことを肯定したのは今回が初めてだけれど、私はそのことを…なんとなくは気付いていた…。気付いていて彼に恋をしたの…。愛情というものに飢えていた私に、彼がやさしさという名の媚薬を注いでくれたから。
「…ほんと、私は男運がないのね…。」
私は今まで最低な恋愛ばかりをしてきた。貢がされて浮気されて捨てられるのはあたりまえ。
…私はただ…家族がいない寂しさを、誰か…誰かに埋めてほしかっただけなのに…。
けど、その思いが強すぎるから付き合っていくうちにいつの間にか相手の重荷になって…。
「男運ね…。少しは回ってきてんだろ、今までの奴らより俺のほうがいくらかましだからな。」
「……それでも、報われないのは…今までと、同じ…。」
「まぁ、そろそろ報われる時が来るんじゃねぇの?じゃあ、俺は帰る。
明日は久しぶりに外に出てみろよ。…気分転換ぐらいにはなるだろうからな。」
そう言い残して彼は私の病室から消えた。
「…貴方に…私のなにが分かるのよ…。」
彼に言い返そうとした呟きはやけに寂しげな色を持ってなにもない部屋に消える。
普通の感覚ではおかしいと思うだろうけど、私を蝕む病魔の存在を知って私はほっとした。意外にも早く私がなにもせずにも消えることができる機会を神様が与えてくださったのだと。
でも、彼はそれが気に食わないらしかった。…私は彼の名前も知らないのに…。
* * * * *
次の日、彼はここには来なかった。また捨てられた…そうも思ったけど、ベッドのサイドテーブルで見つけた小さな紙を見てそれを考え直すことにした。
『絶対、中庭に出ろよ。良いことがあるはずだから。』
紙の端に書いてあった彼の名前にどこかしら見覚えがあるきがするのは…気のせいかしら?
たしかに、中庭に出てみるとすごく気持ちがいい。
ずっと狭い病室に閉じこもっていたけれど、中庭にならたまには出てきてもいいかもしれない。
久しぶりに大きく深呼吸をして空に向かって手を伸ばす。体にきれいな空気が行渡って気持ちいい。
「…あっ、あの先輩…!!」
突然声をかけられて振り返ると私の名前も知らない職場の後輩の男の子がいた。
「ぼ、僕…あの…」
話しかけてはきたけど、気まずそうに口ごもる。
「…ゆっくりで、大丈夫よ。」
それを落ち着かせるために私はけれに笑顔を向けると、
「僕を先輩の恋人にしてくれませんか!?」
突然、とんでもないことを言ってきた。まぁ、遊びで言っているわけではないだろうけど…。
「…ごめん、でも…」
「僕、入社してからずっと先輩に憧れてました!!そりゃ、もう相手がいるんなら諦めます。でも…でも相手がまだいないんなら、僕を信じてもらえませんか!?絶対に幸せにします!!」
私の断ろうとした言葉を遮って彼の想いが真剣であることを示す。
「…いや…でも、僕なんかが彼氏なんて…先輩には役不足かもしれないですけど…。」
「先輩じゃなくて、茜でいいわ。」
「…えっ?」
「絶対に幸せにしてくれるのよね。」
「はっ、はい!!…だからあの、手術を…」
「そうね、早く受けなくちゃ。」
「絶対、絶対、後悔なんか…不幸になんかさせませんから!!」
「ありがとう…。」
普通なら断っていたと思う。…でも、この子なら大丈夫だって思ったの。
* * * * *
3年後
* * * * *
「…加藤 新弌…? 親戚の人ですか?」
「私たちを結んでくれた人。」
「!!僕はこの人が何もしなかったとしてもっ…」
「はいはい、早く掃除してあげましょ。」
「…茜ってばいつも僕をからかうよね。」
「…そう…?」
「意外と。」
ずっと記憶の奥底に仕舞い込まれていた彼の名前。
小さいころ苔むしていて可哀そうできれいにしたお墓の中に入っていた人の一人だった。きっと、それからあのときまで彼は私のことを彼は見守っていてくれたんだと思う。
あのとき空耳かもしれないけど、彼の声が聞こえたの。
『そいつは、絶対大丈夫だから。絶対に幸せにしてくれるはずだから。俺はもう逝くけど、そいつと末永く仲良くな。じゃあ…綺麗にしてくれてありがとな、茜ちゃん。』
今私たちは彼に近々結婚することを報告に来たの。今が本当に幸せだって。
あの長くはない不思議な時間があったからこそ私たちは結ばれたのだと思うから…。
お久しぶりのシリウスです(^v^)b
…といっても、作品用のUSBが数か月行方不明で結構ブルーなんですが…。
しかも、この話もう投稿してるだろって思ったら投稿してなかったし!!
そんなわけで、一から書き直してこっちもこっちでいいかな…なんて。
ただし、新弌さんのお気に入りのセリフが無くなっちゃったよう。(泣)
…なんか、愚痴ってすいません…。
でも、また皆さんと久しぶりに会えてよかったです。
また機会があれば会いましょう!! ではでは(^o^)/