祭囃子
しゃりんしゃりんと音がする
遠く聞こえる音がする
鈴鳴神輿が運ばれる
静かに響くその音は近く遠くの子達の屋に届く
ああ、近く祭りだと。
でも決して騒いではいけない
山の神を怒らせるから…
「また聞こえてきたね。」
茂みに隠れた少年が小さな声で喋った。
「綺麗な音だね。」
横にいたもう一人の少年が続けるようにそう言った。
二人横並びに茂みの裏にうつ伏せになり、前を通る大人たちを息を潜めて見ていた。
近く、村でお祭りがあるそうだ。
子供たちは心躍り、いてもたってもいられなくなっていた。
そのため、入ってはならないと言われている森の中の参道の近くの茂みで祭りの道具が運ばれていく様を見ていた。
前を通る大人たちはみな美しい白の袴を着ており、各々沢山の鈴のついた神輿や棒を担いで山を下っていた。
歩くたびに鳴る美しい鈴の音は聞くだけで不思議と心を落ち着かせた。
その鈴のついた神輿や棒はこの祭りで使われる神具なのだという。
年に一度のお祭りは山の神をお祀りし、一年の豊穣を感謝し、次の豊穣を願うものだという。
「お祭りいつなのかな?」
「早い方がいいね。」
小さな子供達の彼らにはそういった神聖なものにはあまり興味がなかった。
お祭りになれば沢山のご馳走が食べられる。
お祭りになればとても賑やかな雰囲気を楽しめる。
子供達にとってすれば興味があるのはそちらの方だ。
しかし、
「こら!ここに来てはいけないと言っただろう!」
目の前を通っていた大人たちは既にいなくなっていたため気を抜いていた二人は後ろから急に怒鳴られて驚いた。
そこには別の大人の姿。
「お祭りの邪魔をしてはいけないとあれほど言ったのに!」
二人はこっぴどく怒られていた。
それもそうだ。
子供は絶対に森に入ってはいけないと言われていた。
『森には子を攫う山の神が出る。』
そう言い伝えられ、古くから子供達に言いつけていたからだ。
ここに住む子供なら誰もが知っているお話だ。
言い伝えやお話は多くは子供達に戒めるためのものだ。
山はとても危ない。
事実、山に遊びに出て帰ってこなかった子供達が昔は沢山いたそうだ。
そのため、例え参道であったとしても決してそこから逸れてはいけないと言われてきていたのだ。
茂みに隠れた程度なら見逃してくれてもいいだろうものだが、言い伝えにはもう一つの意味が込められていた。
一年一度の豊穣祭、森で騒げば山の神が怒ると。
神妙めいたものだが、昔からそう言われていた。
事実、子供が遠い昔に騒いでしまったそうだ。
その年は不作になり、沢山の餓死者が出たと言われている。
そのため大人たちも決してこの間は狩りもしないのだ。
棒や神輿についた鈴は一年の豊穣を願うと同時に山を怒らせないための静音でもあるのだ。
崇め、敬う一方で畏れ、静める。
それがこの祭りに込められた意味でもある。
日本ではよくある土地神の話だ。
故に迷信めいた話を信じない子供が多く、彼らのように叱りつけられるのだ。
「祭りが始まるまで待ちなさい。始まれば存分に楽しんで構わないから。」
大人にそう叱られ、そして諭されて少し涙を瞳に溜めながら彼らも家へと帰っていった。
彼が言ったようにお祭りは逆に出来る限り騒ぐのだ。
お祭りであるために出来る限り盛り上げなければならない。
そうしなければ山の神が機嫌を損ねるのだ。
そうなれば豊穣が訪れない。
そのために大人たちも必ず言う。
鈴の音が聞こえても決して騒いではいけない
始まるまではただ静かでいなさい
山の神が眠っているのを起こしてはならない
祭りは大いに遊びなさい
山の神は賑わいが好きだから
もう祭りまでは近いと
――――
鈴の音が聞こえる。
それと同じかそれを超えるほどの賑やかな声が聞こえる。
「騒がしいね。」
「楽しそうだね。」
二人はあの時と同じように茂みから息を潜めて様子を見ていた。
今日はようやく待ちに待ったお祭りの日。
祭りの熱気に当てられた人達が始まる少し前に楽しそうにざわめいていた。
熱気の中心から少し離れた参道に、何故か彼ら二人は今日も息を潜めて待っていた。
大人たちからきつく言われたからだ。
祭りが始まるまで待ちなさい、と。
今か今かと抑えきれない心を必死に抑え、ただひたすらに待っていた。
すると次第にざわめきが消え去った。
静まり返ったその中にしゃりんしゃりんと鈴の音だけが響き渡った。
心まで透かすような鈴の音は皆の心を落ち着かせ、ただひたすらに静音の響く静寂を生んでいた。
清い音は安らぐが、それでも子供達の心は待っていた。
鈴の音が消え失せ、歓喜の声が響くのを。
ただひたすらにじっと身を伏せて待っていた。
ついに鈴の音も消え去り、本当の静寂が訪れた。
何一つ音のしない静寂の中に早る鼓動の音が太鼓のように自分の中で響いていた。
いつなのか…まだなのか…と。
わっと上がった歓声に静寂は破られた。
「始まったよ!」
「もういいの?」
二人は近くにいた大人に声をかけた。
しかし、とっくの昔に二人の傍にいた大人は走り出していた。
「ああ!ずるい!」
「僕たちも急ごうよ!」
伏せていた二人もすぐに起き上がり、街の中、熱気の只中へと走っていった。
ようやく待ちに待ったお祭りだ。
森から一斉にみんな走り出す。
風を切るように街の方へと押し寄せていく。
街に響く歓声は間も置かずに悲鳴へと変わっていった。
代わりに響く雄叫びに怯えるように声は一つずつ消えていく。
その雄叫びは歓喜にも似たものだ。
「見て兄ちゃん!あそこにまだ残ってるよ!」
「早く食べよう!大人たちに取られる前に!」
二人も歓喜と悲鳴の入り混じる中、ただ笑顔で一人を指差してそう言った。
「いや…!やめて!こっちに来ないで!」
顔を涙で濡らし、ただひたすらに命乞いをする女性を前に。
「何か言ってるよ?」
「知らないよ。人間の言葉なんて分からないもん。」
兄弟はただただ『ご馳走』を前に嬉しそうに笑っていた。
今日はお祭り…。
沢山のご馳走と『大人達』の楽しそうな声が響く、数十年に一度のお祭り…。
山の神が豊穣を祝う、山の神のお祭りだ。
ようやく実った一つの村を収穫する…。
お祭りだ。