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星術師

 流れ星は、天の切れ目。よぅく見てごらん。神様が覗いているから。目があったら一生懸命お願いするの。どんな望みでも心から願えば、きっと神様は叶えてくれるから。

 星を信じなさい。自分を信じなさい。心からの願いを、きっと叶うと信じなさい。




 エティカの母は言っていた。信じなさいと。小さなことでも大きなことでも、信じなさいと言っていた。吐く息も凍りつく吹雪の夜に、風邪をひいた母は『きっと明日の朝には治っているから信じなさい』と、エティカに笑いかけた。エティカもその言葉を信じて、お医者を呼んだお父さんがすぐに戻ってくることも信じて、とにかく一晩中願い、信じ続けた。

 翌朝、ドタバタと慌ただしい音がして、父の慟哭がエティカの小さな耳に届いた。エティカは自分の目を恨んだ。信じたのに届かなかった。全てはこの役立たずの赤い目のせい。エティカが天の切れ目を見つけることもできなかったから、母は天に召されてしまったのだ。

 ――全てはエティカの盲いた目が悪い。エティカはそう信じた。固く、強く、信じ続けた。




 朝告鳥が声高々に嘶いた。エティカの朝の始まりだ。未練がましく寝返りをうち、それを三度繰り返してから漸く半身を起こした。ひやりとした空気に身震いしながら寝台から裸足の足をおろす。程よい床の冷たさは寝ぼけたエティカの頭を緩やかに覚醒へと導いてくれる。手櫛で髪を漉きながらよたよたと歩き、前日の晩用意していたたらいにつま先がぶつかると、そのままそこに跪き、一晩で冷え切った水の膜に両手を浸した。何度か顔を注ぐとその頃には殆ど頭もシャッキリしていて、今度は危なげなく立ち上がりチェストに手を伸ばす。これもまた用意してあった手ぬぐいで顔を拭き、もう片方の手をチェストの上へと彷徨わせいつものそれを探る。これもまた、前日の晩に選んでおいた紐だ。暫しの間彷徨ったあとようやくそれを捕まえる。

 エティカの閉ざされたままの瞼にはカーテンのように白い睫毛が被さり、窓からの朝日で朝露のごとくキラキラと輝いていた。そんな様子など知る由もないエティカはのろのろと紐を両手にもち、いつものように目に宛てがう。淀みない手つきで頭の後ろに回ししっかりと結ぶと、あとはチェストから着替えを出してさっと寝巻きを脱ぎ、さっと袖を通す。頭を通して腰紐を結ぶだけの簡単な服なので、そう難しいことは何もない。それから手慣れた手つきで背中の中ごろまでうねる髪を三つ編みに結うと、昨晩腕に巻いておいた結び紐を口で解き、素早く結んだ。

 これで朝の準備はほぼ完了だ。窓を開け朝一番の空気を思いっきり吸い込み、ふうっとエティカは一息ついた。さぁ、今日も忙しい一日の始まり。エティカは見えない朝日に向かってニッコリと微笑みかけた。



 エティカは生まれつきのめくらだった。いや、盲というには齟齬がある。村の年老いた老婆と違い完全に盲ていたわけではなく、日の光に弱かったのだ。健常人であれば眩くも清々しい朝日も、エティカの目には白い刃も同じだった。普通の人には難なく見えている世界も眩しすぎて、瞼を開いても何もかもが白く薄ぼやけて見える。室内であればいくらか平気でいられるが、日中の日差しに当てられると殆ど何も見えない。見れないと言い換えてもいい。だからエティカは盲も同然だと思っていたし、周囲もそう認識していた。

 そしてエティカには他にも人と違うところがあった。それは日中目の見えないエティカには判らないことであっても、ほかの人間にして見れば一目瞭然で分かることだった。まずエティカの肌の白さ。生まれたての子供よりもまっさらな肌はいつ見ても変わることがなく、いっそ病的なほどの白さを常に称えていた。同じようにして白いのが髪だった。正確には白というより乳白色に近い色だったが、それでも肌の色と重なり遠目には真っ白な人間に見えるという。体毛も同じく、全身がこの色に染まっていた。

 このようにして全身まっ白なエティカは、けれど一箇所だけ白くないところがあった。それが、エティカのふたつぶの瞳だ。まるで血の色が透けたような紅色の瞳。白い肌に白い髪、そこから滲むような血色の瞳。誰が見ても異様な彼女の容姿は異端であり、表立って口にするものはいなくとも、見るもの誰も彼もを一度は気味悪がらせた。

 生まれた時からそうだったので、物心ついた頃にはエティカは髪を結うようになり、間違って瞼を開けることのないよう目隠しを自身に施すようになった。村の女の常識で短髪はありえないし、まさか使い物にならないとは言え目を抉るわけにもいかない。これが彼女にとって最低限最大限の対処法であり、ある種の処世術でもあった。




 朝の空気はいい。朝日はその目に見えずとも、その瑞々しい匂いはエティカを爽快な気持ちにさせてくれる。心なし体まで軽くなったような気がして、空の水桶を片手で振りながらエティカは家の裏手にある井戸へと迷うことなく進む。敷地内は家の周りをぐうるりと囲うように小さいながら柵が立ててあるし、長年の週間で足元にも道のような溝があるので杖を持たないエティカでも迷わず井戸までなら向かえる。盲た代わりにエティカの嗅覚や触覚など他の感覚がそれを補ってくれるので、住み慣れたこの小さな家の範囲までは杖を使わずとも自由に歩くことができた。

 そのまま軽快な足取りでいくとつま先にコツンと硬い感触があった。井戸だ。ここは少し慎重になりながら(落ちては困るから)紐をたぐり寄せると備え付けの桶をするする落としながら、エティカは考えた。

 あと三度水を汲んで家にある瓶をいっぱいにしたら、朝食の準備をする。それから父と双子の兄妹が起きてきたら弟に朝告鳥への餌やりと、鶏の卵をとってくるように頼む。そうしたら卵を焼いてそれを出して、みんなが食べているあいだに洗濯物を洗う。そうだ、繕いものをしなきゃいけない。今年七歳になる妹、アルヘナに着せる衣装のための繕いものだ。豊穣の祭までまだ三月あるとは言え、エティカの手では時間がかかるだろう。そろそろ手をつけないといけない。村のおばあさんが余っている糸をくれると言っていたので、取りに行かなければ。午後になると日が強くなる。エティカの肌には日差しも毒だ。少し当たっただけで日焼けをするというよりやけどに近い状態になるほど真っ赤になりヒリヒリと痛み出す。だから今だって長袖だし、村の中心部へ行く時は父に貰った日傘と頭巾は必須だった。それでも午前中に行くほうがまだましだろう。

 エティカはさっさと洗濯を済ませたらご飯を食べる前に出かけようと決めた。決めた頃にはもうすでに、瓶の中は水桶三杯分の水がひたひたに満ちていた。




 本当を言うと、村へ行くのは少し億劫だった。日傘と籠を右手に、左手では絶え間なく杖を一歩先にかつかつと彷徨わせながら、エティカは朝とはまた違った意味でふうっと息をつく。家は村から離れた先にある丘にあるのだが、そう遠くはない。問題は距離ではないのだ。

 エティカの村はさほど大きくもないがそれほど小さくもない。極貧でもないがお世辞にも豊かとは言えない。娯楽も少ないごく普通の辺鄙な村で、どこに行っても異様と見て取れるエティカが行けばどう見られるか。視線を見ることはできずとも、エティカにだって嫌というほど感じることはできる。いや、できてしまう。

 ちっぽけな村でも朝といえば活気のある方だ。人通りは多いだろう。頭巾と目隠しでできるだけ隠してはいても肌は隠しきれないし、第一今更そんなことしたって無駄だ。エティカは生まれてこの方20年ずっと、異端でい続けたのだ。何を隠そうとごまかそうと、それはこれからもずっと変わることはないだろう。

 同じ年頃の娘は既に伴侶を見つけているし、そうでない娘の方が圧倒的に少ない。ただでさえ女が少ないのだ。売り手市場のはずが適齢期から四年経ってもなんの変化もない。これから先もこのままでいるのだと想像すると当然のことと思えたし、けれどとてつもなく不安になった。そういった不安を家にいるときは忘れていられても、村に行くと必ずと言っていいほど思い知らされる。

 誰かが悪いんじゃない。このエティカの赤い目が、この不気味に白い髪と肌が、病弱な自分が悪いのだ。解ってはいても憂鬱な気分はごまかせない。村へ着くまでにはせめて笑顔でいようと、道中エティカは一生懸命になって楽しいことばかりを思い出すようにした。




 村に着くと、エティカは真っ先に馴染みのお婆さんのもとへと向かう。お婆さんは高齢で盲ているせいか、村で唯一エティカに普通に接してくれる人だった。いつも店先で番をしている彼女は、友人のいないエティカにとって村で唯一の話し相手だ。そのお婆さんに、刺繍糸を分けてもらう約束をしているのだ。心もち早足で、けれどみっともなく転んでしまわないようにエティカは急ぐ。もちろん、そんな朝の挨拶に溢れている場でもエティカに挨拶する者はいない。そこに留まっていれば誰もがしんと黙り込んでしまう。さっさと行ってさっさと帰るのがエティカにとっても村の者にとっても一番いいのだ。

 そう言い聞かせながら一生懸命杖で探りつつ、見えない道をエティカはたどる。お婆さんの家の傍まで行けば、杖の音に気づいたお婆さんか店の者が声をかけてくれる。あと少しだ。そう思ったところで、杖の先に何かが当たった。

「よおラグナ」

 突然、エティカの頭上から野太い声が聞こえた。唸る野良犬のように言われたそれに、エティカの顔色がさっと青ざめる。たった一言ですぐに解った。エティカをラグナと呼ぶのは一人しかいない。村で一番の乱暴者のリゲルだ。

 耳を澄ますと、自分の周りでいくつか砂利の擦れる音が重なった。どうやら取り巻きを引き連れているらしい。それに気づいたエティカはすぐに警戒して身を固めたが、少しだけ遅かった。

「きゃっ……あ、か、返してっ」

 辛うじて財布の入った籠は死守したものの、日傘と杖を奪われる。頭巾はかぶっているけれどそれだけでは心もとない。エティカは咄嗟に俯いて、日差しから顔をかばった。

「どうしたんだよラグナ。こんな昼間に怖いものでも見たのか。なぁ」

 下卑た声がエティカの耳に優しく語りかける。忍び笑いがあちこちから聞こえ、たまらずエティカは顔を覆った。そうでもしないとこの場に崩れ落ちてしまいそうな気がしたから。本当は耳を覆いたい。けれど一度耳を覆ったときはその隙を狙って目隠しをずらされたことがあるため、それもできない。くつくつとまとわりつく嘲笑は、あちこちから聞こえた。

「おい、聞いてんのかよ。目だけじゃなくて耳まで盲になったのかよラグナ!」

 私はラグナじゃない。ラグナ《凶星》なんかじゃない。言いたいけれど喉が震えて声すら出せそうにない。

 こうなるともう、ただひたすらじっと耐えるしかない。傘も杖も取り上げられた盲のエティカにできることは、リゲルが満足するまでこうして嬲られ続けること。それに我慢して、耐え続けること。それしかできないし、それしかやり過ごす方法はない。顔を覆いながら、エティカはこれから続く苛めへの覚悟を決めた。

 と、その時――――。

「どきたまえ」

 一陣の風。指の隙間からエティカの頬を撫ぜたそれとともに、迷惑だと隠しもしない声音で聞こえたそれは一瞬、聞き間違いかと思うほどにその場の空気にそぐわなかった。

「なんだ、てめぇ」

「なんだもなにもない。どけと言っているのだが。君の方こそ難聴の疑いがあるのではないかね。一度医者にかかることを勧める」

「なんだとテメェッ」

 何がどうなっているのか、エティカ挟んで前後から、先ほどの状況より一変したおかしな応酬が交わされている。一体何だというのか。背後の人物は何者なのか。聞き覚えのない声にエティカは困惑し、必死にその人物の声を聞き分けようと耳を澄ませる。

「言いたいことがあるならはっきり言えってんだこの痩せぎすの糞ジジイがッ」

「口汚い男だ。耳が汚れるから口を開くな。言いたいことはこれだけだ。そこをどけ。私はさっさとうちに帰りたいんだよ。これで三度目だ、何回言わせるんだね。これだから学も向上心もない者は嫌いだ。理解の及ばない野蛮人め。会話するのも忌々しい」

 ペラペラと淀みない口調は穏やかだが言っている内容はリゲルより余程えげつない。リゲルは爺と称したが、声音から察するにそれほどの年かさではない気がした。落ち着いた口調は老成したものを感じるが、声自体はやや掠れてはいるものの渋みのあるしっとりと耳によく通る。壮年の男性なのかもしれない。音だけで判断するしかないエティカにそれを確かめる術は今のところ、ないようだけれど。

「大体、私がなんだと? 痩せぎす? 君のように脳みそまで筋肉が詰まったようなただの肉塊に言われたくないね、この低脳が。どうせ私が言っていることの半分も理解できていないくせに威勢だけは一人前を気取るとはなかなか哂わせてくれるじゃないか。今日一番の洒落をどうもありがとう。残念ながら低俗すぎて私を笑わせるには今一歩及ばなかったがね」

「テメェ俺をただの村人だとか馬鹿にしてるのか。痛い目合わせてやろうか、ええっ」

「誰もそんなことは言っていないしごめん被る。対話も成立しないとは家畜に劣るな君は。そろそろ飽きてきた、この馬鹿の一つ覚えみたいな応酬にも。これで四度目だ。そこを、どけ。今すぐ。即刻、早急に、道を開けろ。それが済めば弱いものいじめだろうが自尊心の確立だろうが馬鹿げた擬似権力の確認作業だろうが好きにしてくれ。どうだっていいのだよ、そんなこと。そこをどけ。君も、君たちも、そこの石みたいに縮こまったお嬢さん、もちろん君も含めてね」

 要するに邪魔なんだよ。

 矢継ぎ早にまくし立て最後にそう付け足した男は、満足したのかそこでぴったりと口を閉じた。

 それまで耳を澄ませて聞いていたエティカといえば大変驚いた。自分も邪魔だったのだ。当然といえば当然だろう。なるべく道の端を歩こうと努めてはいたもののいかんせんそれを明確に把握しているわけではない。どうやらエティカは道のど真ん中でリゲルに絡まれ、彼の言うとおり石のように、けれど石ころよりも大きな体でそこを陣取っていたのだ。

 急に恥ずかしくなったエティカは顔を覆いながらか細い声で「ごめんなさい」と呟いて、ずり足で横道にそれた。杖がないので大胆に動くことはできない、これもエティカの精一杯だ。なにやら非常に惨めな思いになり、顔を覆う手のひらがやけに熱い。きっと日に焼けた時のように真っ赤に染まっていることだろう。それこそ耳までまんべんなく。

「この……この野郎っ」

「おい、近寄るな。私は退けといったんだ。汚い手で触るんじゃない」

 砂利の擦れる音がする。何が起こっているのかエティカに見ることはできないが、このままだと男性が危ない気がした。数歩分下がった足を反射的に半歩エティカが踏み出したとき、懸念は現実のものとなった。

「ぶっ飛ばしてやるっ」

「私に、ローブに触れるな。おいっどうなっても知らんぞ――……」

「うあああああッ」

 ――なんだ。一体何が起きたのか。エティカの足元にどさりと鈍い音がして、僅かに届いた風からは舞い上がった砂の乾いた匂いがした。聞こえたのはリゲルの叫びだ。戦くエティカの足元でリゲルの奇妙なうめき声が聞こえる。周囲はどよめき、エティカのそばの気配からは衣服を叩くような音が聞こえる。

「だから言ったんだ。人の忠告は聞き給え。あと半刻もすれば治まるから君たちもそう騒ぐでないよ、喧しいな。では私はもう行くよ。ああ、君。どいてくれてどうもありがとう」

 誰の返答も期待していないのか男は一口にそう言うと、エティカに嫌味ったらしく礼を告げ何かを押し付けてから遠ざかっていった。エティカは呆然としながらも、両手に戻ってきた日傘と杖をもう離すまいとしっかり胸に抱き込む。男の去った方向を、見えない瞳で追いかけるようにしながら。




「それは大先生だね」

「だ、だいせんせい……?」

 もごもごと何かを食んでいるように口を動かしながら、しわがれた老婆が言った。村で一番の長寿であるこのカリナエ婆さんはいつも店先にちょこんと座っている。今年で一体幾つになるのかエティカも知らないが、目も老化でエティカ以上に盲てしまい声も随分嗄れているので相当の高齢だろう。だというのに異様に耳はいいものだからこうして野菜を売る店番をいつまでも任され、人が来るたびすぐに察して声をかける。それはエティカに対しても変わらず、エティカが村へと訪れると二人はいつもこうしてしばしの会話を楽しむのが習慣となっていた。

 カリナエ婆さんはなんでも知っているし、なんでも話してくれる。村のこと、最近の流行り、噂話に生活の知識。いつ話してもそれに限りが見えることはない。それに目には見えずともエティカが村でどんな存在なのか、どんな娘なのか誰かに聞かされているだろうに一向に態度を変える気配はない。エティカはそんな、物知りで、優しく、穏やかで、けれどおしゃべり好きでどこか少女のようなカリナエ婆さんが大好きだった。

 そして今日もエティカはカリナエ婆さんに先ほど起こった事件を話してみた。リゲル相手に一歩も引かず、それどころか畳み掛けるようにやり込めた少し偏屈そうな男性の話を。

「大先生は星術師(エトワリエ)なんだよ。北の森があるだろ。そこの奥深くに塔があってね、大先生はそこで星術の研究をされているって話だ。あんた、むやみに近づくんじゃないよ。あのお人は相当偏屈でね、あたしも若い時分はそれはもうちょっかい出しては痛い目見せられたもんだよ」

 ほら、あの通り見た目はいい男だろう? ちっとばかし痩せっぽちだがね。

 茶目っ気たっぷりに囁かれても、エティカには彼の容姿などわからない。

 星術師の大先生は、いい男。エティカはあの時感じた薬草の残り香を思い出しながら、頭の中にそれだけを書き留めた。きっともう、会うこともないだろうけど。




 星術師(エトワリエ)とは、この国にしかない職業だ。謎が多く、魔術師と呼ばれているし、学者と捉えられてもいるし、そのどれでもないと言う者もいる。国内でも珍しい、不思議な人たち。そんな不思議な星術師がいるこの国は、『星の仔のひとの国(エトリデトワール)』と呼ばれている。エティカもよくは知らないが、エトリデトワールに住む者たちは、皆等しく星の民なのだそうだ。空に輝く星のひとつひとつが彼らの祖先であり、自分たちは彼らの子孫なのだと、この国の子供たちは寝物語に聞かされる。

 天に召されたエトリデトワールの民はあの空に輝いている。自分に恥じないように生きなさい。誇りを持って燦然と輝きなさい。あの星にもそれが届くように。そう躾けられて、エティカも今日まで育ってきた。

 でも今は誇りも持てそうにないし、輝くことすらできない。自分は、自分のこの赤い瞳はラグナ――凶星と呼ばれる星――の色にそっくりなのだそうだ。不吉の星。不吉の色。ラグナは輝くべきじゃない。エティカはラグナじゃないと言いたいけれど、そうかもしれないと思う自分もいる。

 お母さんはどうしてあんなに早く死んでしまったのだろう。エティカはそれを考えると恐ろしい。この目を憎いと思っても、見えるようになりたいと思っても、ラグナの色を知るのが恐ろしい。自分の瞳の色を知るのが恐ろしい。

 だから星術師もなんとなく恐ろしい。エティカの知りたくない事実を、なんでも知っているような気がするから。


 カリナエ婆さんに言われなくてもエティカが今後あの男に近づくことはないだろう。今後はあの森にも近づかないようにしよう。

 道中そんなことを考えながらも、杖と傘を握るエティカの指はいつもよりも力がこもっている気がした。


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