第一章 第四話「死師尊々(下)」
第一章 第四話「死師尊々(下)」
―作戦開始の朝
奇襲を警戒しつつも、陣での待機組以外の全軍が移動をする。
その中で突出し、前へ進む騎士団長・エルテシア。
その顔には同世代の少女らしからぬ、どこからどう見ても
一人の戦士然とした顔をして、前を向いていた。
そんな一行は、砦のすぐそばまで軍を進めた。
そしてタイミングを計り各隊長に頷くと、砦の前に躍り出た。
砦側から哨戒兵がその人影に気づく。
それをよしとしたエルテシアは、門の前に躍り出て
これ見よがしに自分へ注目を集める。
何事かと正門から東西にいた哨戒兵たちも集まる。
それを由としたエルテシアは、薄く笑みを浮かべる。
その隙をつき、潜入部隊は隊長の号令により
そろそろと移動して、無事に地下水路に入ったのを
確認したエルテシアは、
「我は、リーン王国王族にして騎士団の長・エルテシア!
愚かしくもリーンの領土に入り、砦を占拠した罪は
蛮族たる国のすることか!痴れものどもよ!」
そんな風に罵詈雑言で罵りながら、馬で駆け回る。
うってでる可能性については、援軍もなく、
近くに領土も持たず篭城の構えなのは目に見えているためと
より大胆にその挑発を増していく。
実際に、砦の城壁にいる哨戒兵は矢を射るだけで
正門が開く気配もない。
これが三国志で有名な諸葛亮などであれば、一発で見抜きそうな
稚拙なものであっても、ドンパンド国であれば有効であったことが
伺えるほどの策である。
次々に射掛けられる矢を剣で薙ぎ払いながら、止まることなく
囮としての役割をこなしていくエルテシア。
そこへ動きがある。
砦内にて、なにやら騒ぎがあり、エルテシアへ矢を射掛けていた
哨戒兵もその元へ走り去っていく。
進入部隊が予定通りに、内部進入へ成功したのかと
馬を翻したエルテシアが、確認すると
砦の正門が開く音が聞こえた。
そして中から、真上へ向かって矢が放たれるのを見た突入部隊は、
一斉に正門へなだれ込んでいく。
内部に突然敵が現れたことによる混乱のためか、
ドンパンド国の兵士たちは、動揺する様がエルテシアから見えた。
自らも行こうと、馬を反転させようとしたとき
突如、ドンパンド国側のほうからざっと見て百人から二百人ほどの兵士たちが
こちらへ向かうのが見えた。
銀色に光る鎧を身に纏った兵士たちに、エルテシアは推察をする。
(援軍はないと思っていたが、兵の輸送か・・・それに類するものか?)
虚をつかれはしたが、大幅な作戦の変更は必要ないと判断し、
エルテシアはすぐに建て直し、押さえとして突撃していった。
殲滅部隊も、次々と砦に向かう中
その隊長の判断で、エルテシアが向かったほうの敵へ援護をするために
半分の兵が駆けていった。
次々と兵士たちを斬り捨てていくエルテシア。
馬上にも拘らず、その鮮やかな剣技に敵国の兵士も焦りを隠せないが
数によってなんとか押し戻そうとし、馬へたまたま当たった矢がきっかけで
馬上のエルテシアが落馬し、地上に受身を取り転がる。
すばやく立て直し、今まさに切りかかろうとする兵士の足を切りつけ
返す剣で体勢を整えた。
その鮮やかな体裁きは一瞬、周囲を惹きつけるが
ドンパンド国では有名すぎるくらいに有名な敵国の姫君を殺さんと、
悠然と切りかかろうとする。
援護に入った兵士たちとともに、それらを切り伏せていくが
さすがに一騎当千の将といえど、序々に押されていることに気づく。
焦りを表情に出さず、むしろ余裕すら感じさせながらもエルテシアは
考える。
周りで自らの兵士が、剣で切り殺される場面、
それを見た他の兵士は動揺し、その剣に躊躇いがでてくる。
このままいけば、数の差と士気により全滅をしてしまう。
(どうする、一喝をして士気をあげるか?だが、それも幾ばくかの効果しかない)
そんな中、突然―
「ぐあぁっ!」
敵軍の兵士が横っ面に飛ぶ様を目にするエルテシア。
それにはデジャビュを感じていた。
(あの光景はあの時の!)
またも、敵軍の兵士が飛ぶ。今度は上に。
ありえない筋力であった。鎧を着込んだ兵士をあそこまで飛ばすことは
この世界においてよほどでない限り、ありえないことである。
そんなことをできるとしたら、と考えにいたるところでようやく
その原因が見えてきた。
「あ、あいつ!」
それは、縛られ陣に放り込まれていたはずの純白であった。
嬉々として、的確に最小限の動きで敵軍の兵士たちを殴り倒すその姿は
普段にはないほどの表情が見えてとれた。
兜をつけ、顔面も覆っているにも拘らずフルフェイスでは隠しきれない部分、
あご元などを殴ることにより、戦闘不能を優先としたその戦い方には
周りの兵士も目を見張っている。
エルテシアは、その姿に気を取られながらもふと心の中で笑みを浮かべながら、
先ほどよりも軽くなった体を従えて、また敵軍の兵士たちを斬り捨てていった。
そしてついに、砦は陥落を迎える。
ある程度の敵を斬り捨てると、砦のほうから勝ち鬨にも似た声が聞こえたからだ。
その声にエルテシアは終わったかと心の中で思うと、残っている兵士たちに
剣を向けて言い放った。
「砦は陥落となった。これ以上の抵抗は無と考え降伏せよ!」
その姿に敵軍の兵士も、素直に従うと剣を捨てた。
砦の中、縛につかれた司令官らしきもの、投降したもの、降伏したものを
エルテシアは順に見ていくと、各隊長に指示をして本国へ連れ帰るものを
選別していく。
純白は、その様子を壁際で腕を組みじっと見ていた。
先ほどまでの戦闘が嘘のように、冷静な視線でそのものたちを見ていると、
ちらちらと兵士たちがこちらを見ている。
特に気にせずにいた純白だが、そこへクラムが声をかけてくる。
「よう!さっきはすげー戦いぶりだったなっ!」
そんな様子で声をかけてきたクラムに、純白は
「まあな。ただ、またあそこの鬼に何か言われそうではあるが。」
そういい、エルテシアのほうを見ると、クラムは苦笑いを浮かべ
「・・・だな。まぁでも、大丈夫だって!俺も・・・ってなんの権限もない俺が言ってもあれだけど
役に立ってたってところを推すようにフォローしてやるからさ!」
そういいながら、隊長格に呼ばれじゃあなと元の位置へ戻っていった。
ああいうのが元の世界にでもいてくれたら俺もちっとは・・・と思うが、
振り払うようにして、再び黙ってその処理を見守った。
砦での処理が終わり、エルテシア率いる一軍は隊長格の一人に砦の守護を任せ
本国へ帰還していた。
みな一様に今回の戦果を話しながらも、奇襲など警戒を行いながらの行軍。
そこへある報告が舞い込む。
陣中にて捕えていた敵兵士たち5人がいずれも、行方不明であると。
奇襲を疑うが、たった5人が軍団である自分たちに襲撃しても、
物の数ではないと思い、斥候部隊を作り周辺に放つことで対応した。
そんな中、いつものようにクラムを中心とした連中は
意気揚々といろんなことを話していた。
そんな様子を純白は、よく喋るなと呆れた視線で見ていた。
そこへクラムがそれに気づいたのか話しかけてくる。
周りの兵士は相変わらず距離を取っているのか、話しかける相手が
純白だと分かると一様に口をつぐむ。
「純白!これ見てくれよ。さっきも戦闘で斬りつけられたけど
妹が編んでくれた紐のおかげで命拾いしたんだぜ!」
と、胸元にある首飾りの紐をさもどうだといわんばかりに見せてくる。
「・・・ロリコンも大変だな。」
「ロ、ロリコンじゃねぇ!シスコンだっ!」
シスコンは否定しないのかということと、
そうかシスコンっていうのかの二つに頷きつつ返す。
周りもクラムのそんな冗談が笑えるのか一様に笑顔を浮かべている。
「お前も妹とか兄妹持ったら分かるって―」
クラムがそういうや否や、ふいにクラムが倒れる。
純白はその瞬間、まるでスローモーションのように目の前に倒れこむ
彼の後頭部にあった一本の矢を見た。
急いで起こすも、まるでいまさっきまで楽しそうに笑顔を
浮かべている状態のままであるクラムを見ると、心臓に手を当て
死んでいると悟る。
周りは、口々にクラムと叫び純白を押しのけて、クラムに駆け寄った。
その拍子に自分が掴んでいた首飾りに気づき、それはクラムが自慢していたと
したものだと思った瞬間―
彼は、矢の飛んできた方向へ走り去っていった。
エルテシアは突然おこったことに、軍を混乱させまいと
隊長たちに指示をだしていた。
そんな中、突出して走り去る純白を見かける。
まさかと思いながらも、身動きが取れない中で場を鎮めるために
様々な指示を飛ばしながらも、今は見えなくなった純白のほうを見やる。
混乱を鎮めて動けるようになったエルテシアは、その場で待機を命じて
急いで純白の後を追った。
そんな中、自分よりも先行して追いかけさせた兵士があるところで
誰も彼もが青い顔をしながらその場に立ち尽くすところまで行くと声をかける。
「やつはどこにいった?それにお前たち、追撃がどうしてここで―」
といいながらもその目の前に釘付けとなった。
そこにはもうすでに敵と呼ばれるようなものなどいなかったからだ。
いや、敵だったものの体が辺り一体に飛散していた。
どういう力で引きちぎったかもわからないほどの四肢や、
明らかに潰れたのが見て取れる顔をした肉塊。
その原因を作ったであろうその男もまたそこにいた。
ゴードン卿から贈られた皮のグローブが完全に破けており、
血で真っ赤に染まった両の拳。
そして、遠めからでも分かるほどの怒りに満ちたその表情は
歴戦の戦を経験したエルテシアでさえ、戦慄と恐怖にその場を動けずにいた。
しかし、その顔につーっと流れたもので我に返ったエルテシアはゆっくりと
馬を近づけた。
その場に立ち止まっていた兵士たちは近づかぬように口々にいうが、手で制し
近づいていく。
純白の肩に手を置くと、帰るぞと言って兵士たちに声をかけた。
検分により遺体が先ほど陣から行方知れずだった5人と判明し、
その場のするべきことを終えた一行はさらに警戒を強め、帰還の途についた。
警戒により口数が少ないというわけではなく、訳隔てなく明るかった一人の兵士に
たいしてのことなのか、最後まで無言の途であったと近くの農民は語っていた。
本国へ帰還をし、報告を行うと
オリシアナやゴードン卿に労を労われるとともに、
純白が今回起こした騒動により、謹慎を命じられた。
部屋に戻ると、純白はクラムが残した首飾りをじっと見ていた。
あんなにあっけなく奪われるものが、俺の貸す力か。と。
あいつほどあの場に必要だったものはいない、
俺なんかよりはよっぽどあいつのほうが必要とされているのではなかったか、
初めてとも言えるそんな他人の死に触れた思いを純白は幾日も考えて過ごしていた。
1週間が経った。
その間も城下では兵士の亡骸にすがる年若い少女の姿があったり、
行軍中に仲良くしていた兵士たちもぐっと涙をこらえる姿を見たりなど
この砦を取り返すという戦いだけでもなくなった兵士はいっぱいいただろうことは
純白の目で見ても容易に知れた。
そしてその夜、純白の部屋へ一人の女性が訪ねてきた。
「入るわよ。」
その小生意気ともいえるような物言いで、入ってきた女に一瞥をするが
話しなどないかのごとく、純白は町の外を眺めた。
そんな様子にエルテシアは何も感じずに部屋へと入った。
お互いがお互い、何も言わずにじっとしていた。
それは5分か、10分かは分からないがお互いに何も言わないときが
エルテシアにより終わることとなる。
「聞いてもいい?」
その言葉に、純白はエルテシアのほうへ向き直る。
それをいいと判断したのかエルテシアは口を開いた。
「なぜ、貴様はあそこまでの行動をしたのか。貴様の様子では
クラムに対していい印象がないと思ったが。」
そういい終えると、そっと椅子へ腰をかけた。
純白は、その問いに視線を外し答えた。
「俺にもわからない。ただ気づいたら、ああなってたってだけだ。」
「気づいたら?理性とかそういうのがなかったってこと?」
純白の答えに、返す刀のように問い返すと純白はわずかに目を閉じ
「・・・ああいった感情になるがわからなかったんだ。」
そう答えた。
それは、彼が現代において自分が誰かに気を許すと
いうことをしてこなかった何よりの証拠でもある。
それによって彼に見えない何かが宿ったがためにであるが、
それは本人にも、ましてや他人であるエルテシアには分からなかった。
「俺からも聞く。なんで、あの時俺が無能呼ばわりしたのにお前は何も言わずにいたんだ?
プライドの高いお前なら何かしら制裁があってもいいだろうに。」
そういうと、エルテシアのほうを向いた。
エルテシアは、なんだそんなことかという表情を浮かべると、
「簡単なことだ。指揮官として、奇襲が実行されお前を扱いきれなかった。
結果的に散らす必要のないこの国の宝を無駄にしてしまったのだからな。」
そうなんでもないことのように言う。
そして、彼女はあることを純白に訪ねた。
「お前は、"死師尊々"というのを知っているか?」
「・・・しらん。」
その答えに、そうかというとエルテシアはすっと純白の顔を見て答えた。
「200年前のある時代に一人の騎士がいた。ある戦でその男は、
勲功を上げたがその褒章を伝える場でこう言って断ったそうだ。
"死師尊々"として私は彼にこそ褒章を贈りたい、と。
それは彼をかばい、死に絶えた同僚に贈るべきといった彼なりの言葉だったと聞いたよ。
つまりは・・・」
―"死師尊々"
"死したるものを師と仰ぎ、またその尊々たることを永劫まで"
そのことを聞いた純白は、うなづく。
それを由としたのか、エルテシアはそっと出ようとした。
そこへ純白は、クラムの首飾りを差し出すと
「あいつの妹へ届けてやってくれ。」
その手にしていたものを受け取ったエルテシアは、
ああ、と答えそっと出て行った。
「"死師尊々"・・・か。」
その言葉は、時として時代により色々な見聞がなされるとともに形を変え、
意味を変え、元々であった言葉とは違うものかもしれない。
だが、ただ今、この時はその言葉をと純白は胸に刻むのであった。
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