第一章 第三話「死師尊々(上)」
今回上編では、残虐なシーンはありません。
第一章 第三話「死師尊々(上)」
綺麗な軍列がこれから行く戦には似合わないほどの
煌びやかな白い道となっている。
その数は、大よそ三千。
騎士団長であるエルテシアを筆頭としていた。
その横には、馬に乗れない純白が連なっていた。
旅立つ前のゴードン卿からあるものを渡されて。
―出発前
いよいよ出発というとき、本国の守護をする元帥・ゴードン卿は
みなに士気向上の高説を説いた。
リーン軍務における最高指導者からの言葉は、その場にいる兵士たちの
心に深く刻み込まれた。
それが終わり、ゴードン卿は歩いている純白に声をかけた。
「マシロ。」
何事かと振り返ると、ゴードン卿はあるものを手渡してきた。
そこにあるのは、皮で作られたグローブのようなものであった。
受け取ったグローブを手にはめて、にぎにぎとするのだが
どうにも手になじまない。
「従軍する間、そうして皮を慣らせば戦場につく頃には手になじむだろう。
なじまぬなと思ったら外せばよい。わしからのせめてもの餞別だ。」
そういいながら、肩を叩きつつその場を後にし
他のものにも餞別の言葉を贈っていた。
それを今手の中でにぎにぎとしているわけだが・・・
「握力グリップ握ってるみたいだなこれ。」
と独り言を言っている中で、ある男が声をかけてきた。
行軍をしている間、ずっとこちらをちらちらしていたその男は
クラムと自己紹介をした上で、
「あんたが異世界の救世主なんだろう?話しは聞いてるぜ。よろしくな!」
と、憎めないニカッとした顔で笑いかけてきた。
「救世主になるかならないかは、これから次第だろ。」
と、冷たく言い放つも
「俺のカンはよく当たるんだぜ!ところでなぁ、これ見てくれ!」
そういいながら、彼はネックレスのようなものを取り出した。
「これ、うちの妹が作ってくれたんだけどな、
兄ちゃん乱暴だからすぐに紐が切れるってんで太くしてくれてよっ!
どうだ、いいだろう?」
そういいながら、自慢話を始めてきた。
純白は思った。
これがロリコンか、と。
全然違うし、コンしかあってもいない不名誉なあだ名をつけられたクラムは
その都度物珍しい純白に話しかけてきた。
いい加減煩わしさを感じていたが、彼が語る兄弟の話や友達の話は
とても新鮮に映っていた。それだけではなく、こいつの目は純粋で透き通っていた。
昔から悪意にまみれてきた自分とは違うその目に何かを思ったのか、
その青年の好きに話しをさせながらいつ着くとも知れない従軍を行った。
3日が経った。
兵三千がその場所まで行くのに、それほどの時間がかかるとはと
予想だにしてなかった純白は早くも飽きてきていた。
クラムに続き、次々と物珍しいのか色々な兵士が話しかけてきては
その都度、クラムがつっこんだり笑いをとったりなど、彼らにとっては
日ごろ行っているそのやり取りに関しても、純白は同様に飽きていた。
というよりも、元々話しベタである彼としては、
どう参加すればいいのかすらわからなかった。
本来なら怒鳴って行軍を真剣にしろくらいはいいそうな団長であるエルテシアも
それらのやり取りを優しく見つめ静観する始末だ。
そんな中で、純白にとっては待望の知らせがくる。
「団長!国境東砦が見えてまいりました!」
その言葉に先ほどまでバカ話を演じていたものたちも、
切り替えて真剣な面持ちとなった。
「ご苦労!砦の状況は?」
「現在砦は報告のあったように、東国・ドンパンド国の旗がなびいている模様です。
以後、いち早く到着した斥候からは砦には以前動きなしとのことです。」
「砦から彼奴らが出てくるかもしれん。斥候には引き続き警戒に当たらせろ!」
その言葉に、兵士は短く返事をすると早馬で駆けていった。
そしてそれからは兵士のみなも戦が近いことを悟ったのか、
誰もが黙って行軍を行っていた。
純白が相変わらずにぎにぎとグローブを馴染ませるようにしていたが
いまだに慣れる気配はなかった。
そして、半日もしないうちに国境近くまで行軍をした軍勢は陣を張り、
砦攻略の軍議を行っていた。
純白は一人荷物のおいてあるところで座り、
相変わらずにぎにぎと手を動かしていた。
いつになったら戦えるのかと思いながら。
グローブをつけてぐっぱをしている彼の元に
ある男が声をかけてきた。
「隣いいかい?」
声をかけてきた少年は、その場には似つくかわしくない金髪の
爽やかな少年だった。嫌味のない笑顔、おそらく一般の女性に
かなり人気がでるタイプの容姿であろうなと思われる白い鎧を
着た少年が純白の頷きに隣へ腰掛けた。
「僕は、ゴードン卿が一子・エリオ=ゴードン。
この騎士団では副長の職をいただいている。
はじめまして、異世界の救世主。」
さわやかな笑顔で握手を求めるエリオという少年に、
純白は手を返して握手をする。
「印象では、もっと粗雑な人だと思っていたよ。
例えば今の場で握手に答えてくれるなんていう
ことはしてくれないと思ってた。」
その笑顔に、こいつは相当な人気がありそうだなと
高校に通ってた頃にたまたま見たサッカー部のイケメンを
連想した。
今までなかったであるため誤解されがちであるが、
純白は礼には礼で応える。
ただ今までが礼に失するものばかりだっただけだった。
「お前戦えるのか?そんなひょろひょろで。」
試すような目でエリオを見つめ問いかけるが、
彼はなんでもないことにように返してきた。
「まぁ、副長を預かるほどにはね。エルテシア様・・・
団長にはとても敵わないけどね。」
はははと笑い、鼻を指でこするその女性がいたら
ほっこりするであろう仕草に純白は特に何を思うでもなく
そうかと短く返す。
「団長や父上から聞いたよ。君が住んでいたところは争いのない
平和な国だったそうだね。そんな中で、繰り広げた他国同士の争いに
その拳一本で次々と蹴散らす様はすさまじかったと聞いたよ。
よほど、戦いに自信があると見える。」
話しを拒否されていないと判断したエリオは続けて、
ずばりと切り込んできた。
純白は、エリオのことを見ると顔を逸らしながら
立ち上がって、
「本音を言えばな、ケンカは好きじゃない。
なのに、トラブルはあっちから勝手にやってくる。
・・・それを払ってるだけだった。それだけだ。」
といい、彼は手を軽く振りながらその場を後にした。
エリオはその後姿をじっと見つめていた。
そこへ事態が動くことが起こる。
それは、一発の矢だった。
ちょうど休憩を取っていた兵士を貫いたそれは、
同じく休憩中でリラックスをしていた兵士の目に
緊急を知らせるものとして声を上げる材料となった。
「敵襲!兵が打ち抜かれた!」
叫ぶ兵士にも、無残にも矢がこめかみに突き刺さった。
矢はまるで雨のようにエルテシアの陣へ襲い掛かってきた。
辺り一帯に響く叫びと急報を告げるように駆け出す兵士。
「軍議中、失礼いたします!たった今、陣へ向け矢が放たれてきました!」
急報を知らせる兵士に、軍議に参加していた隊長各に動揺が走る。
だが、エルテシアは冷静に
「報告ご苦労。三隊は盾を用いて迎え撃て!
二隊は速やかに陣を引き払う準備を、残りは三隊とは別に
迂回し奇襲をもって殲滅しろ!」
と各隊長に指示をだした。
その声に答え、それぞれが動きだす。
自身もうってでるため、外に出ると
初陣となる純白に命令を出すため、彼を探すが
「あいつ、どこにいった!?」
純白の姿はどこにもなかった。
陣よりも数メートル離れた森。
奇襲を行っていたドンパンド軍の奇襲部隊は、弓を次々に射掛けていた。
だがそれも次第に数が少なくなっていく。
その様子に、司令官を務めているであろう男は指示を飛ばすが、
いくら待ってもその男も帰ってはこなかった。
不思議に思っていると、突然彼の横に人の気配を感じた。
「だ、誰だ!?」
だが、その問いかけには
皮製のものが自らの顔へ答えてきた。
―ベキィ!
その鈍い音に、司令官はぎりぎり意識を保ち体勢を立て直すが
完全な形で振り下ろされた次のそれには対応できずに昏倒することとなった。
ドサっと、倒れる男を冷静に見ていた純白は、
他に残っているやつがいないかを探したが
誰もいないらしいと気づくと、ゆっくりと自分の陣地へ戻っていった。
そこへ現れた白い鎧を着た味方の軍を誤って何度か殴り飛ばしながら・・・。
兵士に拘束され陣へ戻ってきた奇襲部隊の指揮官並び、その部隊と
その中には純白がいた。
味方を敵と捕えて殴ってしまったことにより、
団長であるエルテシアの前に打ち捨てられた。
その顔には、なんの感情もなくただただ静かに縛についていた。
「ご苦労。敵はみな倒れていたんだな?」
と、冷静にそのつれてきた兵士や殴られて気絶している味方の兵士を
見ながら問いかけた。
「はっ、我々が駆けつけたときにはすでに森に30人、
小規模な陣に指揮官らしきものと護衛の4人ほどが気絶しておりました。」
そうか、と短く返すと目を閉じ、
次に目を開くとそこには隊長ですら怯えるほどの目で、純白を睨みつけた。
そして剣に手を伸ばすと、抜かずにそのまま純白を殴りつけた。
「っ!」
なんの防御姿勢もできない純白はその場に転がった。
殴られたこめかみにつーっと血が流れる。
純白の表情には、殴られて怒りを表すようなそういうものはなかった。
それは純白が理解していたことであったから。
何かしらの叱咤があったとしても、
決して不思議ではないとそんな表情をしていた。
「言ったはずだ。私の命令に従えと!」
ここまでの迫力ある激昂を受ければ普通の人間であれば、
恐怖に身を縮めることだろうが、純白にそれは通用しなかった。
そんな様子に本人はおろか、兵士たちまでの見る目も変わる。
「この野郎!救世主かと思い、今までの無礼も水に流したが!」
その場にいた兵士が剣を抜いた。
そして袈裟斬りをしようとするが、
「待て。斬ることは許さん。こいつに死なれればせっかくの召喚の儀が無駄になる。」
先ほどの一撃で気が済んだのであろうか、エルテシアは短く息を吐くと
兵士を制し、転がっている純白へ近寄る。
「今後は、監視下において貴様を扱うことにする。いいな?」
そう言い放ち、その場を離れようとするが・・・
「待てよ、無能。」
純白は彼にしては珍しく顔に笑みを浮かべ、言い放つ。
その言葉に周りは唖然とするが、言われたエルテシアは振り返った。
「・・・。」
無言で純白を見据えるエルテシアの表情は無表情ともいえず、
なんともいえないものではあるが、
普段、鬼軍曹のような印象持っている兵士は
そのエルテシアの様子に気が気でなかった。
「お前らは、お前らのために戦えとそういっただろう。俺はそれに従っただけだ。」
さも当然のように言い放つ純白。
無礼千万と剣を手に取ろうとするものまでいる兵士を、
エルテシアは、諌めて陣にほおりこんでおけと命じて軍議の陣へ引き上げた。
そして軍議が再開されるとそこは驚愕の場となった。
「な、なりません!エルテシア様自らがそのようなことを!」
隊長の一人、いや、隊長全員がエルテシアの提案に断固として反対する声を荒げた。
「あやつに言われたことを気にしておいでですか?所詮はたわ言にございますぞ!
彼奴のことなど気にせずに団長は団長の思いのみで・・・」
そういいかけた隊長に緊張が走る。
自分の顔をじっと見る、エルテシアの顔には怒りも微塵も無い表情で見ていたからだ。
普段であれば殴られても仕方がないことであるが、一度視線を外すとエルテシアは
「団長命令だ。気に入らなければ戦列から外れてもらって結構。」
一方的にそういったエルテシアは、隊長たちを置き去りにして外へ出る。
後方で指揮を取る職であるエルテシアの誰よりも前線に立つ姿勢には、
隊長たちはもちろん元帥であるゴードン卿すらも手を焼くことだが、
それにしても今回はという思いが大半を占めていた。
「お、お待ちください。りょ、了解いたしました。
作戦はエルテシア様の案で採用いたします。」
そういうと、みなひざをつき忠誠を表す敬礼をする。
「・・・すまない。苦労かけるな。」
振り返り、自分たちに苦笑を浮かべる自らの上司に隊長たちは決して
作戦を失敗しないように誓うのだった。
そして、各隊長たちは部隊に通達を出す。
「今後の指示を出す。これからお前たち潜入部隊は
砦の見取り図を元に地下水道へ侵入してもらう。
そこから地上に出て正門まで辿りつけば、かんぬきを外し合図を出せ。
その間、ひきつける意味も込めて砦内に矢を一斉に射掛けるのだ。」
別の部隊では、
「近隣の森にて、待機をし、潜入隊の合図とともに正門から突破、
殲滅隊と合同で砦の制圧を行う!」
それまた別の部隊は、
「我々はここの陣で捕えたものたちの監視、
自体が動けば数人を残して殲滅隊として参加する。・・・以上だ。」
三部隊からなるそれぞれに、そういった指示が飛んだ。
だが、それぞれの部隊の兵士たちは率直な疑問を飛ばした。
それは、砦の城壁にいる哨戒兵や潜入する隙をどうやって作るのかだ。
各隊長たちは、当然来ると思ってたその質問に率直に答えた。
「敵国にも顔の知れているエルテシア様が囮となられる!」
その言葉に各部隊は当然のように、驚いていた。
それを聞いていた純白は縛られながらも、一人笑みを浮かべていた。
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今回、上編下編の二部構成になっております。