第一章 第二話「火急の件」
今回は戦闘シーンがないので残虐なところは皆無です。
第一章 第二話「火急の件」
「ハァッ!」
と、太陽の光を反射させて煌くような様で剣を振る少女。
騎士団長エルテシアその人である。
1時間にも及ぶ自己鍛錬の真っ最中であるが、
その表情には少しの疲れも感じさせないものがある。
先ほどのことを思うと余計に力が入りそうにもなるが、
そこは長年の鍛錬で積み重ねてきただけのことはあり、
冷静に己の鍛錬のみに、その剣を振るう。
自分があんなのの面倒を見なければならない。
そう思うと、心とは別に体へ力が入ってしまう自分に悔いたのか、
剣を振るうのをやめたエルテシアはふぅと短く息を吐く。
考えたくはないが、これからしばらくの間は
あいつと顔を合わせることとなる。
常日頃から冷静にと思うが、今までなかったあの態度に
堅物であると自覚している自分は塵ほども耐えられない。
召喚の儀を行い、かの者が来たことを受けあの戦場にいってからだ。
初めてみた印象は、なんという男だという印象だった。
相手は剣を持ち、槍を持ち、鎧までつけてる訓練された兵士。
それを素手のみで殴り飛ばして次々に昏倒させていくその姿は
目を見張るものがあった。
タイミングよくいつ助けるかを考えていたが、それすらも忘れさせるほどの武を
武器もなくやってのけるあの男に期待に胸が膨らむ。
そう思っていた。
それだけに腹が立った。やつにも、そして、自分にも・・・。
そこで思い直して頭を振り気を取り直すと、エルテシアは鍛錬を続けた。
そんな彼女のことなど露知らず、純白は侍女の案内により部屋へ通された。
胸にはずっとネネコを抱きしめて。
「お前、こんなところに住んでたんだなー。」
そういいながら優しくネネコを撫でる純白。
「ニャイ~♪」
気持ちよさそうにそれを受けるネネコは、とても幸せそうだった。
そんな中でも、純白は考える。
あの場での説明について。
結局俺は、あいつらに利用されてるようなものだよなと。
なんの許可もなく、突然つれてこられて一緒に戦いましょう。
あなたにも強いやつと戦えるという特典とこのネネコを好きに撫でていいのよホホホと。
「俺にとっては、それだけでも別にいいんだがな。」
あちらの世界のことを考えるが、未練などこれっぽっちもないこと、
あそこと自分はひょっとしたら生まれた世界自体が違うんじゃないかと思っていたことなど
そういうことを考えたりもするのだが、
先ほどの会話について考えるとやはり、あちらにしても利用され
こちらも利用するメリットがある現時点では、別にいいかという気になってしまう。
そこは、自分が直すべき性格だろうなと漠然と考えていた純白の部屋に来客を告げるノックがされた。
「失礼いたします。ゴードン公爵様がお目通りをとの仰せです。」
先ほどの侍女の声だろうか、そう聞こえるとふいに扉が開く。
俺まだ何にも了承してないけど。
そう思いながらも、出迎えるために立ち上がった。
「失礼。わしはこの国で元帥を勤めておるゴードンという。
貴殿が、我がリーン王国の救世主殿か?」
そう問いかけてこちらに歩みよってくる男は、一言でいえばダンディ。
二言目にもダンディ、三言目にもというくらいにダンディな印象である。
この城特有なのか白い鎧はそのままに、右胸にかかる勲章らしきものを並べ
威厳に満ちた髭と目と鼻とダンディな顔でこちらを見つめるおっさん。
「救世主かどうかはしらんが、呼ばれたのは事実だ。」
純白は、当たり前のようにそう答える。
本来であれば彼はこの場で切られても仕方のない態度だ。
しかしながら、そんな彼の態度に少しも無礼などという感情もなく、むしろ
自分自身に対してここまで堂々としていることに好意を感じてさえいるほどだ。
そんなゴードン卿は、あいている椅子に座り、純白にも席を勧める。
席に座った二人は向かい合い、ゴードン卿のからの問いかけにより再び会話がなされる。
「お主のその手は、あちらの世界で得たものかな?」
「あちらの世界・・・得たってなんだ?」
純白にしてみればわけのわからない質問だった。
「ああ、その拳は何人何百人もの人間を殴りつけたかのような拳だったからな。」
そういうと、純白の手を取り、
「ほら、この拳骨の辺りもうすでに平らになっておるし、その上には何度も殴ったことにより
皮が厚くなってさしもの天然の装甲のようになっておる。
これは、何人、何百人と相手を射止めたお主が得た武器に他ならんだろう?」
といい、おかしそうに笑いかけた。
「別に望まれてたわけじゃなかったみたいだけどな。望んでもいないし。」
そういうと、純白は手を交わし再びネネコの頭を撫で始めた。
「おぬしはネネコが好きか?先ほどからずいぶんと撫でておるが。」
「好きとか嫌いとかじゃない。ただ、さわり心地がいいだけだ。」
そういいながらも、ネネコのほうに向ける彼の目は優しさに満ちていた。
そんな様子をみたゴードン卿は満足したのか、席を立ち
「そなたの名、聞いておらんかったな?」
そういうと、純白はめんどくさそうに答えた。
「俺は純白だ。羽山純白。おっさんがこの国の大将ってことはこれからはおっさんの命令に従えばいいのか?」
と、なんでもないことのように聞いた。
「うむ。だが、直接わしが指揮するわけではなくお主の直属の上司は、エルテシア様がなされるだろうな。」
そういうと、扉の前の侍女に手を振り最後に、
「姫君の機嫌はよくしておいたほうがお主の今後のためだと、忠告はしておこう。」
そういってその場を去っていった。
あとに残った純白と侍女は、顔を見合わせていたがイソイソと礼をして扉を閉めた。
あの白い鎧の女に様付けか。それに姫君って・・・。
そこまで考えるが、まぁどうでもいいかとひたすらネネコを撫でることに専念した。
それから日も沈み、相変わらずネネコを撫で続けていた純白に再度、呼び出しがかかる。
今度はなんだと侍女に連れられ、ある部屋へ招かれた。
中は、広い部屋で何十人も座れそうな長い高級テーブルが真ん中に置かれ
それぞれ上座に女王、右隣には昼間話したオリシアナ。そして、左隣にはエルテシアが座っていた。
純白に気づいた女王であるテファルナは、万遍の笑みでこちらに手を振っていた。
それに返して手を振りながら、どこに座ればいいのか迷っていると侍女が進めた女王の対面の席に座った。
「救世主・マシロ様。今宵は歓迎の意でこうしてお食事にご招待いたしました。ごゆるりとお楽しみください。」
席を立ち、そのように説明をしたオリシアナはにっこりと微笑みまた改めて席に座りなおした。
「あ、ああ。」
毒気の抜かれたような顔の前をしながらも、料理が運ばれ、各席に料理を置かれた。
「なぁ、俺、立派な食べ方は知らないぞ?」
一応断りを入れるが、オリシアナは結構ですよ。というのでそのまま食べ始めた。
「ねぇねぇ、おにいちゃんっ!」
純白が食べていると、女王が声をかけてきた。
・・・威厳の欠片もない女王だが。
「ん?なんだ?」
そう軽口で応えると、エルテシアがこちらを睨んできた。
うっとおしそうに視線を外し、なんでスかと使い慣れない敬語らしくない敬語で応えなおした。
「おにいちゃんっ、あっちの世界でつよかったの?どんくらい?こんくらい??」
と、女王は手を彼女の限界までいっぱいに伸ばして問いかけてきた。
「そうだ・・・そうでスね。これくらいだ・・・でスね。」
そういいながら、ゆうに倍はあるくらいに手を伸ばし応えた。
「わぁぁっ!すごいねっ!おにいちゃん!」
と、目をうるうるして尊敬しているような目でこちらを見るその純粋な視線に、
小動物のそれを見るかのような心情で愛護欲を持ってしまう純白だが取り成して、
「・・・そうだといいな。」
ボソッと、そう呟いた。
「テファルナ。お食事中にお行儀が悪いですよ?」
昼間とはうってかわって、姉らしい声質でオリシアナがたしなめた。
その様子に、純白は疑問的な視線を向けた。
「なぁ、女王にその態度は失礼なんじゃないのか?」
さも当然のことを聞く。食事の手を一度止めると、
お前が言うなという視線とともにエルテシアがそれに応えた。
「食事のときくらいは、三姉妹仲良く立場もなく食べるのは昔からよ。」
といい、また食事に戻った。不機嫌そうに。
あいつはなんであんなに顔がいつも怖いんだ?と思いながらも、
「お前ら三姉妹なのか。」
「ええ。私が長女で、向かいの機嫌の悪い子が次女、こっちで一生懸命愛らしく食べているのが三女です。」
と、女王であるテファルナの頭を撫でながら、オリシアナが応えた。
「我々は姉妹ではありますが、公の場では一人一人責任のある立場にいるものたちです。
女王らしからぬ三女のテファであってもそれは例外ではありません。でも、職務から離れれば
間違いなく私たちは仲のいい三姉妹というだけです。」
と説明を続けた。
「仲いいんだな。」
純白はそういいながら、最後の一皿をペロリと平らげた。
そして、
「それで、いつ俺は戦争に加わればいいんだ?明日か?」
と、聞きたいことをずばり聞いた。
エルテシアやオリシアナはこちらに視線を向けたが、
「今は食事中です。詳細は明日お知らせいたしますので、今は我々のこと、そしてあなたのことをお話しましょう。」
と、オリシアナが体裁を整えて食事を再開した。
そんな二人を見て、ため息を吐くと肩肘をつき、オリシアナやエルテシアらの話を聞いていた。
食事も終わり、侍女の案内で部屋へ戻る途中声をかけるものがいた。
「少しいいかしら。」
そう切り出したのは、エルテシアである。
その顔は怒りも何もなくただただ無表情だった。
そんな彼女の顔に、何かを感じたのかああという返事とともについていった。
城のベランダとなる部分、もうすでに日は落ちており暗がりである部屋に
壁に備え付けられた蝋燭の明かりが二人を照らした。
「お前にいまさら礼儀がどうのとは言わん。元々、世界が違う上に立場を考えればお前が
生まれ育ったところとはまるで違うだろうからな。」
と一息で言うと、純白を睨みながら言い放った。
「だが、明日からは違う。・・・明日から上司となる私からの最初の言葉だ。」
「私の命令は絶対だ!・・・覚えておけ。」
そういって、彼女は一瞥もくれることなくその場を後にした。
ぽかーんとする純白は、後ろ姿を見送るが頭を掻くと自分の部屋へ戻っていった。
―翌日
先日の件で改めて呼び出された純白は、会議の場にいた。
「先日、お願いしたようにあなたは我々に協力をするということでいいですね?」
不在の玉座に、宰相・オリシアナと元帥・ゴードン卿が左右に立っている中で、
オリシアナが純白に訪ねた。
「ああ、誓約書でも書くか?」
と、軽い口調にエルテシアの厳しい目が届くが純白は気にせずにいた。
「いいえ。誓約書などは必要ありません。それどころ―」
オリシアナが言いかけている中で、乱暴に扉が開かれてボロボロの兵士が駆け込んできた。
その様子に、声を荒げようとしたエルテシアだったが
ボロボロの様子だった兵士の尋常ではない様子に口をつぐんだ。
「か、会議中に失礼いたします。私は、アルフ領東方国境砦から参りました!火急申し上げたいことがあり―」
そこまでいうと、ごほごほと咳をこぼした。
その様子はどれほど急いでいたかを物語っていた。
「無礼はこの際二の次だ。落ち着け。」
と、昨日訪ねてきたゴードン卿とは違う厳格の声に、急ぎ足気味だったかの兵士は
いったん深い深呼吸をし、ゆっくりと状況を説明した。
「昨夜未明、東国はドンパンド国より夜襲をかけられ一夜のうちに先の砦は陥落と相成り、
お味方に甚大な被害とのことお伝えにあがりました。」
「・・・被害はどの程度だ。」
「軍の半数は砦にて、残りの3割方も敵の追撃に合い・・・申し訳・・・ございません・・・!!」
被害を報告する途中、あまりの悔しさからか言葉に涙まじりとなり兵士は力尽きたように報告を終えた。
そんな兵士にゆっくりとゴードン卿が近寄り、肩を叩きそっと、
「・・・さぞや辛かっただろう。ご苦労であった。」
というと、
「・・・この者に水と食料を。火急につき、失礼する!」
近くの兵士に命令をすると、早々に王の間を出ていった。
そして、エルテシアも続きオリシアナに礼をすると出ていく。
「貴様もだ、純白!早くこい!」
と、真剣味をかもし出したエルテシアの怒号が飛ぶ。
その尋常ならざる表情に、純白も素直に従った。
「・・・純白殿。」
王の間を出る際に呼び止められた純白が振り返ると、
「我が妹、エルテシアをどうぞお願いしますね。」
と真剣な表情に、純白は拳を上げて出ていくのであった。
今は何も考えず、ただ暴れればいいだろうと考えながら・・・。
-The Next Story-
次回、いよいよ初陣の純白編です。