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運命物語  作者: 運乃
1章「運命の始まりは灯火から」
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3話:未来の頭痛機嫌

 ガキンガキン。ガンガンガン。

 採掘をしているかのような、製鉄所のような金属を叩く音が響く。頭の中で。


未来(みらい)お姉ちゃん、大変だよ。今日ここに」

「ユウくん、しーっ。お姉ちゃん今頭痛いんだから向こう行ってて」


 小さな声で叱る女の子の声とユウくんが扉を閉める音。それが未来の頭の中ではいつもより大きく聞こえた。

 

 その原因がまた未来の頭の中で反響した。割れるほどでもない頭痛。それが起きた未来を朝から何度も襲っていた。

 頭痛はするが風邪の症状がない。熱すらない。ただ今日は調子が悪いだけなのだ。

 鳴り止まない頭痛の音に、未来の苛立ちが募っていく。それでもまだ起きた頃よりはマシになっているのだった。

 未来の眠るベッドのまん前。左右相対するように置かれたベッド。その上に座る女の子、優奈(ゆな)が未だに布団に丸まっている未来に声を掛けた。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「……寝てれば大丈夫だから。それよりユウくんは何を言いに来たの?」


 優奈が未来のぶっきらぼうな言い方に言葉を選ぶ。

 長くここにいる優奈にとって、未来は一番頼りになる姉のような存在だった。その反面、機嫌が悪いときは一番居たくない相手でもあった。そのため体調や機嫌の悪い時は優奈もあまり未来に話しかけないようにしている。変な災難を呼びたくはないのだ。


「えっと、今日ここに新しい子が来るっていう話。未来お姉ちゃん昨日早く寝ちゃったから、聞いてなかったでしょ。だから知らせにきたんだと思うんだけど。今じゃなくてもいいのにね」


 未来からの無言の返答。優奈が最大限の未来の不機嫌さを知った。無言のそうだよね、が壁際のベッドから聞こえてきたような気がしたのだ。

 それに未来が知らせに来たユウくんを恨んだ。変なとばっちりが自分に来るかもしれない。

 優奈がそう思った時、意外な言葉が壁を向いて丸まっているであろう未来から飛んできたのだ。


「今日?」

「うん。男の子が一人。十二月中旬の今ってビミョーなときに入ってくるよね」


 またも無言の返事が優奈に向けられた。

そして、言いたくなかったことが未来自身の口から出たことに、優奈が驚きの声をあげることになる。


「それって私が紹介するの。ここを?」


 その瞬間、優奈が驚いて肩を跳ね上げた。体調の悪そうな声と鋭く刺すような声。それが優奈の驚怖を湧き上がらせた。そして、布団で見えない目がこちらを睨んでるような気までしたのだった。

 曖昧な返事で、しかし未来の言ったことを否定することなく優奈が頷いた。


「でも、できなかったら皆でするし」

「いい。適当に説明するだけで終わらせるから」

「じゃあ、逸見(へみ)さんに伝えていい?」

「うん」


 未来の頷きに優奈がベッドから降りて部屋を出た。

 逸見さんはここに長くいる職員の人で、軽いパーマのかかったショートヘアーが似合う四十代の女性だ。こないだも火事があった時、帰った未来のことを心配して軽くあしらわれた。が、当人二人はどちらもあまり気にしていない。昔からあることだったからだ。

 

 優奈が出て行った後の部屋で残る未来は重たい頭を体ごと持ち上げた。再び痛みが頭を刺激する。まるで、常時なる目覚まし時計が頭の中に入っているみたいな感覚。非常に寝覚めが悪かった。

 どうにか起き上がった未来が勉強机の上にあるカレンダーに目をやった。

 今日は十二月の十八日で土曜日。あと十三日で今年も終わりという日。そんな今日の曜日に未来は項垂れた。

 いつも行く予定の場所が今日は開いていない。そこが開いていたら面倒な案内役を引き受けなくてもよかったのだ。そもそも、新しくこの施設に入ってくる子が今日でなければよかったのだ。頭が痛い今日でなければ。


 イライラと溜息をつきたくなるような思いが混沌と渦巻く中、ノックする音に未来は返事をした。

 部屋の中に入ってきたのは女性の職員、逸見百合香(へみゆりか)だった。皆からは逸見さんや逸見おばちゃんと呼ばれている。四十代前半でおばちゃんと呼ばれるこの女性を未来は可愛そうだと思っていた。見た目は若く見えるのだ。不思議なくらいに。

 入ってきた逸見が扉を閉めながら未来に尋ねる。


「寝てるって聞いたけど大丈夫?」

「見ての通り何とか生きてる」

「死ぬほどの頭痛だったの」

「要らない話があって死にそうになったけどね」


 冗談と用件を交えて二人が話しをする。話しながら、逸見が未来とは向かい合う様に優奈のベッドに座った。

 座る時に一度腰を浮かせるようにして座る。それが逸見の癖であることを未来はかなり前から知っている。一度だけなぜそう座るのか聞いたことがあった。その理由がつまらない理由、と口に出すほどつまらなかったことを未来は思い出した。


「また」

「いいじゃない。癖だもの。それより、月曜日に火事があったでしょ?」


 聞かれた途端に未来はピンときた。優奈の言葉を思い出し、不機嫌な目つきを逸見に向けた。


「今日入ってくるんでしょ?」

「あら、聞いてたの?なら早いわね」


 逸見が必要な部分だけ言う。未来のこの目つきと態度には慣れているのだ。


「あなたと同じ高校生で男の子。棚橋高校にいってるから顔くらい見たことあるんじゃない」

「いちいちその辺の顔なんて覚えてないから、多分知らない。向こうがどうかはしらないけど」


 そう、と逸見が相槌を打って話を進める。未来が会話で嫌いなのが無駄話だからだ。


「部屋は男子のほうね。他のことはあなたが説明して」

「適当でいいでしょ。あとは暮らしてるうちにわかるんだし」

「うん、それでいい。ただ必要最低限のことだけは説明してあげて。あと、あなたから何かあったら説明していいから。そこは任せる」


 未来がわかるほどの溜息で逸見に答えた。面倒くさいと。

 しかし、それも気にせず逸見は続ける。一番重要なことを。


「でも、事件のことで深く傷ついているから優しくしてあげてね」


 逸見の言葉に未来がより一層目を鋭くさせて言った。


「同情しろってこと?」

「未来っ」

「冗談よ。分かってる」


 未来が微笑を浮かべて肩をすくませながら逸見へ返した。怒ることを分かって言ったので、未来は気にしていなかった。


「それで今日のいつくるの?」

「もうすぐ来るわよ」


 本当に急な話だと未来が逸見とその少年に内心で舌打ちした。いつも急にしか話をしてこない逸見はともかく、これから来る少年は急すぎた。今さっきまで寝ていたため、まだパジャマ姿なのだ。

 頭痛のイラつきと少年の転居に未来の不機嫌さがさらに増す。


「じゃあ着替える」

 

 その意味を察して逸見がベッドから立ち上がった。


「はいはい。着替えたら遊び場にいて。その子が来たら呼ぶから」

「来なくてもいいんだけど」


 部屋から出ようとしている逸見に未来が憎々しい口調で返事をした。

 そんな未来に逸見がしかめっ面を向けた。


「未来。ちゃんとしてよ?」

「ほどほどにね」


 まったくと一言置いて逸見が部屋から出て行った。頭痛もあってか今日の未来は頗る機嫌が悪かった。


 未来が適当に着替えて、遊び場へ向かった。いつも朝に立ち寄る部屋だ。


「おはよう」

 と、一言だけ言う。おはようが返ってくるのを確認して未来はすぐに部屋を出た。

 今日部屋にいる子は全部で三人。優奈とユウくん、そしてユウくんと同い年で七歳になったばかりのマキちゃんだけだ。あとは全員遊びに行ってるか何かだった。

 

 静かな施設。とてもいい雰囲気なのにこれを台無しにするイベントが未来を待っていた。

 案内などの説明は未来にとってはあまりやりたくないことだった。だが、今いる三人に任せると騒がしくなることは想像しなくてもわかった。

 静かにしてほしくても騒ぐのだから、新しく誰かが来るというイベントで大人しくしているほうが奇跡だといえた。

 逸見が未来自身に任せたのも単に他にやることがあるからだ。なければ自分でやったはずだった。未来の予想では。

 

 未来が施設の中を少しだけ歩く。少しばかり引いた頭痛のおかげで、頭が軽くなった気がしていた。

 暇つぶしに歩いた後、未来が玄関の廊下の壁に寄りかかった。

 早く終わらせたい。そして、今日は寝ていたい。

 その思いだけで玄関で待つことを未来は決めた。遊び場からどうせここに来る。それを考えたらここで待っても同じだと考えたのだ。

 

 そして逸見の言葉と自分の思いを心の中に浮かべた。

 これから来るのは火事で家をなくした少年。ニュースで見た限りその少年に家族は一人もいない。全員死亡したらしかった。そもそもいたらここにはまずこない。孤児院兼自動養護施設などに来るはずがない。

 何よりどちらかというと来ないほうがよかった。少年のためにも。けれど、家族がいない上に、身寄りがないなら一時的でも仕方ない。

 

 それが少年の、と思いかけて未来は気づいた。

 立っていたのだ。透明なガラスの入ったドアを開けて、広い玄関スペースに二人。職員一人と見知らぬ少年が。

 手荷物を持ったまま少年が軽く頭を下げた。


「はじめまして。俺、和井正吾(かずいしょうご)。よろしくな」


 笑顔ではきはきと挨拶する同い年ぐらいの少年、和井正吾。

 その少年を一目見て、未来は口元を少しだけ緩ませた。

 案外、平気じゃない。そう感じて。


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