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運命物語  作者: 運乃
1章「運命の始まりは灯火から」
3/22

2話:火事の翌日

 棚橋市の中でも一番大きな病院、東棚沢病院ひがしたなざわびょういん。昔からある病院でほとんど全ての科があり地域でも有名な所だった。

 そこの三階にあるとある病室。その付近にいた全員が朝早くから驚ろかされた。一声によって。


「嘘だ」


 少年の大声。廊下にも響き渡るほどの怒鳴り声がとある病室から轟いた。その声に病室にいた全員がそちらを迷惑そうに見て、病室の付近にいた全員が異様な目つきを病室に当てた。

 異様な目つきで見られたその病室は三百四号室。そして迷惑そうに見られた本人は、そこの窓際にあるベッドで、枕を腰掛にして座っていた。

 大声を出した少年は白い掛け布団の上に目線を落とした。その目の前ではいい歳をした医師が項垂れる少年を見下ろしていた。

 

 静かになった少年に医師が今言った事の事実を述べる。


「本当なんだよ。昨日の火事で、」

「嘘だ。あれは夢だった」


 医師が少年にもう一度夢でないことを伝えた。


「夢じゃない。君の家は火事にあった。そして、君以外全員……」

 

 少年がしばらく何も言わずに座っていると、医師が慰めるように言った。


「まだ受け入れられないかもしれないが少しずつでもいい。けどこれは、」

「生きてんだろ。皆……」


 視線を下げたまま呟いた少年に、医師も悲しげな表情で言葉を返した。


「昨日の今日だ。受け入れられないのも当然かもしれない。話した私が悪かった」

「…………犯人は」

 

 少年が同じ声、同じ姿勢で聞いた。


「犯人は、誰だか分かってるんですか」

「それは分からないままだ。警察が必死になって捜査してる。すぐに捕まるよ」


 医師の言葉に少年が何度も頷いた。

 それを見て医師は少年に対する懸念を口にした。


「憎む気持ちは分からなくもないけど、復讐してやろうと思っているならやめたほうがいい。復讐したとしても君のためにもならないし、家族も浮かばれない。それは、分かるね?」


 無言のまま少年が続けて頷いた。あえて顔を見せないように俯いている気が医師はした。


「後でまた来るから、それまで大人しくしてるように」


 去ろうとする医師に少年が呟いた。


「華は来年中学生になるって喜んでたんだ。ばあちゃんもじいちゃんもやっと落ち着いたからって来年の旅行楽しみにしてたんだ。なのに……」


 吐くように呟いた少年に、医師が何も言わず病室から出て行った。医師も周りの患者も声を掛けることができなかった。家族が連続放火の犠牲になったのは、少年で四人目だった。だからこそ、どう声を掛けていいか分からなくなっていた。

 周りから同情の眼差しを向けられる、少年の目からぽっと涙が零れた。落ちた涙が少年の足に掛かる白い布団をほのかに湿らせた。








 朝十時の起きたての体で、未来はカーキ系のダウンジャケットのチャックを上げた。

 体は温かいのに、頭が寒い。そんな体の矛盾に可笑しさを感じる。同時に、耐えられない寒さに身震いを起こした。

 今日は九回目、十回目のこの冬一番の冷え込みなのだ。だから、言うまでもなくものすごく寒い。が、未来はこの冬一番の寒さという言い方を可笑しいと思っている。

 

 天気予報ではこの冬一番というのを秋の終わりからずっと言っている。しかし、それを寒い日が訪れるごとに毎回改めて言っていると、一体いつが寒いのか分からない。そもそもこの冬一番というからややこしくなるんだ、と未来は天気予報とその予報士に、いつも心の中で文句を垂れていた。

 

 寒さで嫌々起こされて不機嫌なまま、手提げのバッグを手にぶら下げた。これからすぐに出かける予定だった。

 しかし、その前にと未来は遊び場である部屋に立ち寄った。いつも皆に一声かけるのが日課だからだ。

 未来が部屋に入った途端、待っていたかのような声と近寄ってくる足音が出迎えた。


「未来お姉ちゃんおはよう!」

「お姉ちゃん今日も寝坊だよ」


 未来の前で子供達の声が幾重にも重なる。ここにいる子供たちの相手をよくすることがあるためか、未来は子供達には人気者だった。

 目の前でごちゃごちゃに飛び交う子供達のおはようを聞いて、未来は一瞬不審に思った。いつもとは違った声調。それにどこか皆の雰囲気が暗い。明るい声だけど、表情がいつもとは違ったのだ。

 それを気に掛けつつ未来は笑顔で返事をした。


「おはよう。それとごめんね。今日も出かけるから皆と遊べないんだ」


 謝る未来にそれぞれ浮かない顔をした。やはり何かあったのかなと思う未来に、一人の男の子が言った。明るくて元気だけどすぐに泣いてしまう男の子で、皆からユウくんと呼ばれている子だ。


「お姉ちゃん大変なんだよ」

「どうしたの?」


 聞き返す未来に子供達が口々に言った。


「火事があったんだよ」

「ホウカマが出たんだって」

「お家がゴォッって燃えてたの」

「それで消防車から水がバァーって」


 四方八方からまたも飛び交う声に、未来が今度は頷いて受けた。そして皆の言葉を受け止めつつ、悟られないほどの小さな溜息をついた。

 先週もこんな風に騒いでいた気が未来はしたのだ。しかも同じような騒ぎかたでだ。けれど、たった一つだけ違うことがあった。それは明らかに怖がっている表情が濃くなっているということだった。しかし、それも当然のことだった。

 

 連続している放火は昨日起きたので八件目。そのうち全員死んでいるのが四件、生存者がいるのが四件だった。

 その週に一回は起きる火事。それを警察が関連があると発表してからすぐに、町中に連続放火という言葉が、まるで火のように広がっていった。

 そのせいか、連続放火が騒がれた二ヶ月前から、町では消化訓練や火の取り扱いにかなりうるさくなった。うるさいを通り越して神経質なくらいに。

 しかし、そうなったのも連続放火のせいではなかった。何よりその火事以外の小火だけなら二日に一回は必ずあるのだ。

 そのためか火事のニュースが毎日のようにテレビで流れ、ほぼ連日でサイレンの音が町を駆け巡っていた。

 火事のニュースやサイレンの音で大人が不安になるのだから、子供が怖がらないはずがなかった。

 

 口々に火事の話をする子供達に未来が相槌を打ったり、怖いと言う子へニコリと微笑んだ。


「大丈夫。お巡りさんがすぐに悪い人を捕まえてくれるから。そしたらまた町が静かになるよ」


 本当、と聞いてきた女の子に未来は母親のような笑みでコクリと頷いた。

 それでも子供達の怖がっている表情に変わりがないことを、未来は確かに感じ取った。

 もう一度大丈夫と優しく、今度は力強く言って、出かけてくるからねと付け足し部屋の外に出た。

 大丈夫といいつつも、出かけるたびにここが放火されないことだけを未来は心配していた。帰ったときに家がなかったら、と出かける前に嫌な想像が頭をよぎるのだ。そんな想像すらしたくもないのに。


 少しばかり暗い表情で廊下を玄関へ向かって歩いていると、


「未来ちゃん」


 そう呼びかけられて未来は振り向いた。

 未来を呼んだのは二十代のメガネを掛けた女性。今年から新しく入った職員で、人当たりの悪い未来には何度も泣くような思いをさせられている。それにも関わらず根気よく話しかけてくるこの女性には未来も少しだけ感心していた。

 

 ほとんどの職員が、刺々しい未来に話しかけることの意味を感じなくなっている。それを未来自身感じているためか、今では小話かテキトーにしか返事をしていない。そんな自分に毎日飽きずに話しかけてくるこの女性を、未来は好奇的な人物として少しだけ気に入っていた。悪い話さえもってこなければ。


 呼びかけられた直後、未来は玄関へ続く廊下へと向き直り歩き始めた。話の内容に想像がついた。

 高校生の自分。そして平日の十時。掛かってくる所は一つだった。しかも、掛けてくる人物も分かっていた。

「今学校から電話があって。今日は、」

「出かけるからまた今度」

「少しだけでもいいから、顔見せてあげたりとか」

 

 女性の言葉を聞き流したかのように未来は玄関でブーツを履いた。随分前から履いている毛がついてふわふわしている茶色のブーツだ。もちろん学校の革靴ではない。

 履き終えて玄関の扉に触れた。そこで未来はもう一度呼びかけられて女性に答えた。怒りを込めた言葉で。


「先月は行ったでしょ。出かけるって言ったから、それじゃあ」

「未来ちゃん!」


 女性の言葉が未来の閉めた扉の音で遮られた。項垂れる女性の姿に見向きもせず、冬晴れの言葉が似つかわしい空の下、未来は学校ではない場所へと歩き出した。








 時計の時刻が十一時と十七分に変わった。

 十二月の日差しが少しばかり汚れた白い地面に反射して光る。

 病院の屋上とは別に設けられたテラス。空中庭園を模したようなその場所で、患者や医師など病院に関わっている人間が日向ぼっこをしていた。天然の暖房に冷やかながら澄んでいる空気。それらを少しでも感じたいという人がこのテラスに集まっているのだった。


 その中に一目で落ち込んでいる雰囲気の少年改め、和井正吾(かずいしょうご)の姿もあった。


「和井くん、そろそろ病室に戻りましょう」

「はい……」


 正吾は看護師に言われて、重たそうな腰をやっと椅子から上げた。立ち上がった正吾がテラスをノロノロと歩く。一気に歳でもとったかのような鈍い動きで。

 正吾が迷ったように看護師へ問いかけた。


「あの、中に入ったら病室まで一人で行っていいですか?」


 看護師が躊躇って考え込む。医師から少年のことをあまり一人にしないようにいわれていたのだ。それに付け加えて病室まで送るのも自分の役目。けれど、誰かに付きっ切りでいられるのも嫌だろうと、看護師が答えを迷っていた。

 少し長い返答待ちに、正吾も一人で行けないなら行けないでいいと思っていた。

 看護師が正吾へと少しだけ首を傾けた。


「一人で大丈夫?」

「はい」

「それならいいんだけど、ちゃんと病室にいてね」

「はい……」


 意外な返事に正吾は今できる最高の笑顔で頷いた。といっても、微笑にもならない笑顔だ。

 そうして中に入り、テラスからまっすぐの清潔にされた廊下の丁字路まで正吾は看護師と歩いた。丁字路で看護師が右の廊下へ、正吾は左へと向かう。

 その前に看護師がもう一度正吾に言った。


「あと少ししたら昼食になるから、それまで病室で待っててね」


 その言葉に正吾はまたできるだけの笑顔で答えた。

正吾が左にある自分の病室へと向かう。首を前に傾けて自分の影と磨かれて傷のついているタイルを見つめた。


 今日で何度心配されているか分からない。その中にはいらない気遣いも含まれていた。新聞やニュースをできるだけ避けるようにされたり、話題に出さないような気遣い、そして自殺しないかという心配までされていた。そんな気遣いに対して、事件のことを告げてくれた医師の方がよっぽどいいと、正吾が思うほどだった。

 そうやって気遣われるのも、心配されるのも全てが忌々しい記憶のせいだった。


 夜半に起きた火事。誰かによって家に火をつけられて家族が死んだのだ。自分以外の五人が。

 それを聞いてからさっきまで、正吾は少したりとも信じなかった。信じる気にもならなかった。が、緊急だと押し掛けた警察の事情聴取で正吾は自分が見た物が正夢だったことを知った。いや、無理やりに知らされたのだ。家族が確かに死んだことを聴取で何度も言われたのだから。

 警察に火がつけられた時のことを聞かれて、正吾は正直に遊びに出かけていたと答えた。火事の時正吾は友達とゲームセンターで遊んでいた。自分の家が燃えているとも知らずに。そもそも分かっていれば遊んでなどいなかった。そう後悔してもしきれない中で、いろいろと聞かれ、正吾は自分を責められているようにも感じた。悪いのは自分だったのかもしれないと。


 そんなことを思っているうちに、正吾は足元にある自分の影が憎く思えてきた。目の前にある影が犯人のようにさえ思える。そんな錯覚が正吾を襲っていた。本当に火をつけたのは自分ではないかと。

 自分が、犯人が、自分が、犯人が、やった。

 頭の中で響く声に握り拳を固めた瞬間、一つの足音が正吾の後ろでキュッと足音を鳴らして止まった。


「ねぇ、ちょっといい」


 病院の廊下に突然女性の声が発せられる。が、それに気づかず正吾は自分の影だけを見続けて歩く。


「ねぇ、俯いてるあんた。ちょっといい」


 怒ったような声にようやく正吾は頭を上げた。そして自分の病室に目を向けた。まだ少しばかり遠くにある。自分の戻る場所だ。


「そこの暗そうなあんたに言ってるんだけど」


 イラついている声にようやく正吾は声の方向へと振り返った。今呼ばれた気がして。

 正吾が振り返ると、そこには眉間に皺を作った眼光鋭い少女が立っていた。

 口を一文字にしていて、ムスッとしているようにも見える。が、笑えば可愛いこと間違いなしの顔の持ち主だった。顔から肩に覗く髪は艶やかな黒で、肩にかかるほどだ。スタイルも良くアイドルだったとしても可笑しくはなかった。

 

 そんな少女が正吾に鋭い視線をぶつけている。こちらが何か悪いことでもしたかのような、向こうが喧嘩を売っているような視線。

 一瞬で怖さを覚える少女に正吾は聞いた。


「なんだよ……」


 聞き返した正吾に、少女は飛ばしてた眼つきも眉間の皺も、溜め息を吐いて消し去った。


「君気を付けた方がいいよ」

「なんで」


 意味の解らない言葉に更なる恐怖を正吾は感じた。誰ともしれない少女に気を付けろと言われて、警戒しない人間がいるはずがなかった。


 少女が何ともなしに、正吾をぞっとさせることを言った。


「君から嫌な臭いがする。火で何かを焦がしたような焦げくさい臭い。それに火をつけた時のモワッとした臭いもする。だから気を付けた方がいいよ」

「……」


 不気味なことをいう少女のせいで正吾は床を見た。火の臭い。それに気を付けた方がいい。馬鹿みたいだった。既に手遅れだと言い返そうとして、しかし、言えなかった。火事が起きたことを咄嗟に指されて、まだ反論できる余裕などなかったのだ。

 黙る正吾より先に少女が口を開いた。


「何かあったの?」


 正吾が言い返すこともせず沈黙を続けた。

 立ち尽くしている正吾に少女は迷ったふうに言った。


「……何かあったなら十分に気を付けた方がいいよ。こういう臭いって続くから。引き留めてごめんね。気を付けた方がいいことだけ伝えたかっただけだから。それじゃあ」


 少女が勝手気ままに一しきり忠告すると、本当に少しの微笑と手を振って去っていった。

 去っていった少女の姿を見ることもなく、看護師に呼びかけられるまで正吾はその場で立ち尽くしていた。

 日にあたる自分の影になぜ自分じゃなかったのかと。なぜ燃やされたのが自分の家だったのかと。犯人を同じ目に合わせてやりたい。そう思いながら、自分の影を見つめていた。


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