16話:ブレイクタイム
タバコの煙を夜空に吐く。吐いた部分の星が霞んで見える。掴めるものなら掴んでみろというかのように煙が宙を漂う。瞬く星に一瞬のカーテン。まるで白い煙を宝石が隠したみたいだ。カーテンの隙間にチラチラと輝く光。それに誘われたみたく七五三は手を出した。
「夜空の宝石を掴みたい、ってか?」
その声に七五三は寝転がっていた体はそのままで寝ていた顔だけを起こす。頭の上に黒いサングラスをかけて、ジャケットを着た男が立っていた。男はほくそ笑むように笑っている。ニヤリと笑うしたり顔。それが男の癖だという事を七五三は知っていた。
そして男の姿に今日は暇だったみたいだなと七五三は思った。これも癖なのかジーパンを履いている日は休みで、作業着みたいなズボンの時は仕事だ。休みと仕事できっちり服が分かれている。稀にジーパンを履いて仕事をする時もあるが、そういう日は自分の前には現れない。面白い奴だと七五三は前々から感じていた。
隣へ座る男に七五三はふっと笑った。
「掴むんだったら、宝石よりも女だろ?」
「ははは、男二人ビルの上ってのも寂しいな」
「言うな。悲しさが増す」
男の笑い声に七五三は吸いきったタバコの火を消し、吸い殻を横に置いた。タバコを新たに取り出す。この男といるとタバコの減りが早い。
寝転がる七五三の隣にいた男もポケットからタバコを取り出した。
「まぁ血腥い話の時にいるような奴は好きじゃないけどな」
「同感だ」
二人で同時に火を点ける。煙が別々に上った。
「で、ターゲットは?」
「色っぽい奴だ。軽く見積もってもEはあるぜ。しかも、締まってる」
七五三が親指を立てた。
「グッドディスカバリー。名前は?」
男が夜の町並みを眺めながら言った。
「不明だ。偽名でよければ教えてやるぜ」
その途端七五三は頬を緩め、妖しく笑った。
「いいな。名前不明の謎めいた女か」
「そそられるか?」
「ああ……」
考えるように答えた七五三に男が苦笑する。
男は七五三と言う男の不敵な笑みが一番危険だと知っていた。何を考えているのか分からない。女と一緒に過ごすつもりなのか、女を弄ぶつもりなのか、それとも恐ろしい結末にするのか。そんな自分の考えがいつも当たることがないのが一番恐ろしいと思っていた。
七五三がタバコを吹かす。
「そいつの力は?」
やっぱりと男は笑みを浮かべた。予想もできない事を突然聞き出すからこいつは怖い。男は内心で舌打ちして、七五三に言った。
「会ってみろよ。ディスカバリーって店にいる。まぁ貢ぐ奴にしか寄ってこないけどな」
男の言葉に今度は七五三が舌打ちした。
「感じが悪い奴だな」
「見た目と中身は違うもんだぜ」
その言葉に七五三が起き上がり、勢いをつけて立ち上がった。コートが翻る。
「なら、そいつの中がどうなってるのかじっくりと確かめに行くか」
ニタッと男は笑って灰をビルに落とした。確かめに行く。人がわざわざ探し出した相手を見に行く。念入りな確認か、仕事をした有無を確認しに行くのか。どちらにしても嫌な奴。男がタバコを口にすると、七五三が手を出した。
「銃寄越せ」
思った通りの事を聞いた七五三に男は首を傾げる。
「万だ」
「ゼロだ」
七五三の言葉に男が嘲笑する。
「万だ。じゃなきゃナイフでも持っていけ。それで血を浴びて返ってこい。せいぜい警察に捕まらない事を祈るぜ。はははははは」
瞬間、七五三がコートに手を突っ込み、男はジャケットに手を突っ込んだ。チャキっと音がして二つの銃が互いに向き合う。銀色の銃と黒の銃。おもちゃではない事を互いに知りつつ、その引き金に指が掛けられる。小さく黒い銃の穴がお互いの額を向く。
「お前のを貸せ」
「だから、二万置いてけって言ってんだろ? 金欠が銃をねだるな」
銀色の銃を握る男の一瞬の罵倒に七五三が顔色を変えた。
「部下一人死ぬ引き換えに俺を撃つか?」
「たかだか部下一人。殺したきゃ殺せ。その代りお前の仕事が増えるだけだぜ、七五三」
「…………」
七五三が銃を下しコートの中に入れた。それを見て男もジャケットに銃を仕舞う。七五三が穏やかではない、睨み殺すような目で男を見る。
「そいつは命令通りお前がやれ。俺は命令された通りに動く。勝手な事して面倒が増えても助けない」
七五三の言葉に男はタバコを消した。溜息と共に煙が吐き出される。
「いいぜ、部下一人はお前にやる。好きなのを持っていっていい。まぁ話からすると、女の死体が欲しいって所だろうが」
男の変わり身に七五三が笑う。男は世渡り上手で理解が早い。だからこそ、自分とも話せるのだと七五三は感じた。
「ああ。ちょっと困ってる」
「部下って言っても、かなり下の奴から適当に引き抜いていい。あとは、好きにしろ。お前がそいつにする事には興味ねぇからな」
「助かる。釣りはそいつが身に着けてた貴重品でいいか?」
「もちろんだ。お前のために全員に掛けてる保険だ。金だけは貰うぜ」
「ああ」
満面の笑みを浮かべて七五三が去っていく。それを男は横目で見て町並みに目を移した。点々と明かりが家に灯っている。街路の光が蛍みたいだ。輝く町並みの上では星が忙しなく瞬いている。二つの景色はまるで鏡のように対称になっている。上空へ行けばもっと境界がないみたいに見えるのだろうなと男は思った。そんな町並みを見て男は体を振り向かせた。
「七五三!」
男が叫び七五三に向けてある物を投げた。振り返った七五三がそれを受け取る。手に取った物に七五三は満足げに返事をした。
「釣りは後で必ず返す」
七五三の言葉に男はふんと鼻を鳴らした。
「ああ、多目に詰めてくれると有難い」
七五三が背中を向けて歩き出した。コートのポケットに銀色の銃を仕舞い込んで。