1−7 そして勇者は幸せに
この書状の裏に潜む何かを読み取るのはそれほど難しい事ではない。だがそれは、この世界の情勢を知っていればである。異世界とやらから現れた、十代半ばの少女が考え至るものではないはずだ。
自分の身分を知って、物怖じせず答えるというのも面白い。敬った様子も畏怖する様子も全くない。
自分に寄ってくる女と言えば、次期王妃の座を狙う欲に塗れた化粧の厚い者ばかりだ。そういう女の相手はうんざりするほど面倒である。
こちらの身分を知りながら胡散臭いとばかりに自分を見る少女の思考は不可解だが興味深い。
王太子はゆっくりと脚を組み替えて、こちらの反応を探るように見ている少女にうっすらと笑んで見せた。
「で?何があるんですか?」
こちらの反応で確信を得たらしい彼女はじっと王太子を見据えてくる。その双眸には何の迷いもなく答えを待っていた。
王太子はくつくつと笑いながら懐から箱を取り出し、彼女へと投げて寄越す。
「殿下!」
「いい。こやつの見解が聞きたいのだ」
ウォークの咎める声も飄々と流し、箱を開けろと視線で命じる。これだから命令し慣れた人間は嫌なのだとごちながらそれを開けた。小さな箱の割に結構な重量があると思えば、中には錆びた色の鉄の塊。
「…フチーレ?」
「なに?」
「え?だから銃ではないのですか?絵本で見ましたけど」
首を傾げた。発音が間違っていただろうか。子供用の絵本だったと思うが、確かに銃と描いてあった。
絵本の内容は勇者が銃で悪魔を退治したというものだ。悪魔を退治した勇者は、村の美しい娘と結婚して末永く幸せに暮らしましたとさ、と桃太郎みたいなものかと納得し、こちらにも銃火器はあるのだと思ったのだが、三人の反応を見るとそうではないらしい。
「お前の世界の物か」
「え?」
「お前の世界では誰もが知る物なのだろう。銃は」
「えーと、まあ。知ってはいますが、見るのは初めてです」
日本ではドラマなどで当然のように見るが、一般市民が実際に見る機会は皆無と言っていいだろう。友人(女)が持っていたサバイバルゲーム用のエアガンは触った事があるが。
他国では違うが、日本で所持しているのは公言出来ないような職業の方か警察官くらいだろう。
恐る恐る手にとってみて、光はぎょっとした。
「イタリア?!」
グリップの下にはしっかりと「ITALY」と彫り込まれている。どういうことだと王太子を見遣れば、彼はにたりと笑っていた。
「やはり、同じ世界から来たらしいな」
「だから、誰と?!」
自分の世界への手掛かりが僅かに見えた気がした。この半年、必死に探してきたそれは僅かな糸口さえ見付からず、半ば諦めていたものである。
どくりどくりと音を立てる心臓をごまかすように光は声を荒げたが、言葉を続けたのは王太子ではなく補佐官であった。
「それが銀山に隠された真実だ」
だから分かり易く言え!と光が叫ぶ前に言葉が続く。
「銀山には、イタリア人が隠れ住んでいる」
もう百年以上にもなるか、と続いた言葉に、光は希望と絶望を同時に味わった。