1−5 苦いだけの茶なぞ要らん!
この世界で一般的な茶と言えば、ハーブティのような香りの強いものである。煎れてもらっておいて何だが、香りが強過ぎて味など分かったものではないし、かなり濃くてどうかと光は顔を歪めた。
侍女の手順をじっと見ていたが、どうにも蒸らし過ぎの気がしたので時間を短くして勝手に容れてみた。
それでも苦味が強いので茶葉の量を減らしてみたが、今度は味も香りも薄い。ならばと甘味料と乳(こちらにも牛は存在したが牛乳は常時飲むものではなく、滋養強壮の薬として利用されており高価なものらしい。研究に没頭して寝食を忘れるモールの為にと、屋敷では常備されていて助かった)を用意してもらい、漸く好みの味が完成した。
それを飲んだモールも気に入り、屋敷では茶の用意は光の仕事である。
さて。その自分好みの味を、この男たちに披露すべきか否か。
茶葉をいつも通りの分量で入れ、手を止め考え込んだ。
「変わったお茶の煎れ方するんだって?」
「え?」
騎士がにこにことこちらの手元を見ている。何故知っているのかと眼を丸くすると男はこちらの表情だけで答えを返してくれた。
「魔術師殿が褒めてたよ。ウォークに君を取られて何が困るって、君の煎れたお茶が飲めない事だって」
「ほう」
沈黙を守っていた見馴れぬ男が、にやりと笑んでそれは楽しみだと零した。囁くような声だというのによく通る。怠惰な空気とは裏腹に声だけは存在感に溢れていた。
いつもの手順で煎れ始めるが手元に注がれる男たちの視線が気になって仕方ない。見てくれるなと言いたいがそうもいかない。
「皆さんは甘い物平気ですか?」
「茶菓子程度なら食べるよ」
騎士は笑顔で答えてくれたが残りは何の反応もない。どれだけ甘くしても良いという事なのだろうなぁ、ええ?などと柄悪く考えながらも、用意してくれた茶菓子からは甘い香りが漂っているので甘味料は控えめにした。
「ココを入れるのか」
最後に牛乳を煎れたところで男が眼を丸くした。
「はい。こちらでは栄養剤の一種だと伺いましたが、私の世界では普通に飲みますしお茶に入れるのも一般的です。お待たせ致しました」
出された物を怪訝に眺める二人に対し、騎士は直ぐ様手を付けて、美味いと声を上げた。
「これ本当に茶?」
「そう、ですよ?」
「苦くない!」
やはりあの苦さは普通ではないのかと苦笑する。
「何故、あんなに苦いものを飲むのですか」
「元来眼を覚ますためのものだからな」
「眼を覚ますためにあんな苦いものを我慢して飲むなんて、意味が分からない…」
「君は違うの?」
「え?ああ、眼を覚ますために飲むっていう人も居ますけどね。普通お茶はお菓子のお供、一息入れるっていう用途ですからねぇ」
濃いコーヒーを眠気覚ましにというのは普通だ。だがこちらの茶はハーブティに似た味だというのに渋味ばかりが残って、本来の味も良さも失われている。
毒味が済んでいるからか、ウォークが優雅にカップを取ると口を付けた。む、と眉根が寄せられるのを見て、光はこっそりと拳を握る。存外に美味かったと言っているのが変化の少ない表情からも見て取れ、姑のように文句が言えずざまあみろと舌まで出してみる。
「お口に合いましたか?」
「……まぁまぁだ」
ふて腐れた声音に騎士は声を出して笑い、補佐官の鋭い視線に曝されるが気にした風もなく茶菓子に手を付けた。
何か、ちょっとだけすっきりした
光はこっそりとほくそ笑んだ。