1−3 笑い上戸の騎士
「お嬢さん!」
「はい?」
聞き覚えのない声に振り返ると、高価そうな騎士服に身を包んだ男がにこにこと見下ろしていた。
モールの屋敷から程近い厩舎前。そこを突っ切れば国立図書館がある離宮へは直ぐで、今まで光は何の気無しにその近道を利用していたが声を掛けられたのは初めてだ。
その笑顔からは咎める気配は見えない。
がっしりとした体躯に見上げるほどの長身。まさに騎士と言わんばかりの身なりと風貌に光は首を傾げた。モールに着く護衛ではない(モールはあれで身分が高いらしい)。顔見知りの彼らよりずっと身分が高そうな男が、何の用であろうか。
「魔術師殿の御弟子さん、だよね?」
「はぁそうですが」
視線だけで貴方は誰かと問い掛けると彼は笑って謝罪した。
「俺は近衛第二隊隊長のマク・サクル。怪しいものじゃないよ」
「怪しい人は皆さんそう言いますねぇ」
「ウォークのトコに居たじゃない」
「ウォーク?」
それは誰だ、と首を傾げた彼女にマクはけらけらと声を上げた。
「あいつ、名前も覚えられてないとか!」
「……ああ、もしかして冷血補佐官殿ですか」
光の態度と言葉に、マクは腹を折って笑い出した。何だか面倒な男が増えた。これは逃げるが勝ちというやつか。
「じゃ、私急ぎますので」
「いやいやいやちょっと待ってよ」
あー腹痛い、と身体を起こした男を冷ややかに見上げてみるが、怯む様子もなく楽しそうににやにやとしている。
「あいつに侍女として着くんだろ?顔を合わせる機会も増えるだろうと、挨拶したかったんだよね」
「それはご丁寧にどうも。私は侍女になるつもりはありませんので、そのように補佐官殿にお伝えください」
「あいつが決めた事は、殿下でも覆すのは大変なんだよ。早めに諦めないと」
「私の諦めの悪さは類を見ません」
「なにそれ」
けらけらと笑う。笑い上戸かこいつ、と冷ややかにねめつけてから止めていた歩みを進めた。
「いくら君が諦めなくても、あいつは権力持ってるからねぇ。最終的には魔術師殿を人質に取るくらいの卑劣な事は平気でやるよ?」
「…それで?」
「うん?」
振り返ると、大男のくせに愛らしい仕種で首を傾げて見せる。
「うわぁ、いらつく」
「良いなあ君!」
近衛隊と言えば、王族の側で身を護る事を許された騎士であり、その地位は騎士の中ではかなり高いはずだ。第二だか第一だか知らないが、その隊長がこんな緩い笑い上戸でいいのだろうか。
「貴方は何をしたいのですか?」
「ん?ご挨拶?」
その言葉に光はぎりりと歯噛みした後に表情を一変させにこりと笑んで見せた。
「……お聞き及びかと思いますがこことは違う世界から参りました。コウダヒカリ。こちらではカリイと呼ばれております。それでは失礼致しました」
一方的に言い捨てて頭を下げる。そうして颯爽とその場を去った。
できれば二度と係わり合いたくない男だがそうはいかないのだろう。背後でけらけらと笑う声に、光はそっと嘆息した。