4ー7 同郷っていいな?!
また間が空いてしまいました。
申し訳ありません。
なんとか年内に4章を終わらせた、い、です。
ディラが王立図書館に寝泊まりするようになって三日が過ぎた。
閉館の時間になっても帰る気配はなく、声を掛けた職員を王太子からの許可は獲ていると追い返した。
確かに、ここに立ち入る許可も閲覧禁止の場所にまで入る許可を出したのも王太子らしいが、閉館の時間を過ぎて居座られると帰ることができない。
妖精のように可憐で神々しささえ感じる美少女に強くは言えず、職員たちは館長に泣きついた。
頭脳より肉体派にしか見えぬ厳つい顔をした館長は、王太子から彼女に鍵を預けてよいと言われているから帰っていいと答えた。その言葉にあの美少女は一体何者だと全員が身を固くした。
君子危うきに近寄らず。
初日以来、魔女に声を掛ける者はいない。
王太子付きの女官や、宮廷魔術師が飲食を差し入れても見てみぬふりだ。勿論、王立図書館は飲食禁止である。
それどころか、職員たちの寝台とは比べるのもおこがましい、高級で柔らかそうな長椅子と上掛けまでが彼女の側に鎮座している。勿論、ここの設備ではない。それを差し入れてきたのがドナウ公爵家だと知ると、彼らは益々視線を明後日へと投げた。
一度は絶世の美少女に目を奪われる利用者たちも、直に色を無くし視線を反らすようになる。美少女にそぐわない粗雑な動作や舌打ちなどを認めたくない。女神のような美少女がそんな事をするはずがない、あれは色々と何か間違いに違いないああ幻覚だ、と。逃避するためであろう。
残念なことに、彼らの視力は正常であったが、現実を受け止められるほどの精神力はなかった。
三日目の深夜。その日は月も無くひどく静かな夜だった。
耳に痛いほどの静寂に自身の息づかいと頁を捲る音だけが響く。
人目が無くなった頃から魔女は傍らに精霊の光を置いていた。それがぶわりと揺らいだ瞬間、魔女は小さく声を上げる。
「見つけた……」
小さく形のよい唇がゆっくりと弧を描いた。
村の奥にある集会所に移動した一行は、室内の検分を終えると表を騎士二人に任せた。
込み入った話を聞かれるのも困るという結論にいたり、ジジェス夫人にはそのまま食堂に残ってもらっている。夫人がこれ以上深入りすれば護衛を一人付けるだけでは済まなくなるだろう。ただでさえ王太子とミレとの婚約問題で、ジジェス家の親族は身辺が騒がしいというのに。
こじんまりとしてかび臭い集会所には古びた長机が二つと、座ればギイギイと不穏な音を立てる長椅子が五つあるくらいだ。壁際に並ぶ酒樽からも、ここでまともな集会など開かれていないのはよく分かる。
村のおじさんたちが呑んで騒いで、あの壁の穴など、酒の席での争いの痕であろうと光は一人頷いた。
光はマクの隣に腰を下ろし、長机を挟んで腰を下ろした二人とマクは軽い挨拶を交わしている。それをじっと観察していたが、 オリバーと名乗った青年が不意にこちらに視線をやってにこりと微笑んだ。
「カリイちゃんはとっても度胸があるね」
「誉め言葉だというのなら、ありがとうございます」
「子供なのにひねくれてるなぁ」
オリバーはけらけらと笑うと、ちらりとマクとリーガー(先程光を瞬殺した男)を見遣った。
オリバーは精悍な顔付きと体躯の男で、マクと変わらぬ年頃かと思われる。洋画の主役を張れそうなほどに甘い顔立ちで、にこりと微笑まれれば大抵の異性は頬を染めそうだが、勿論、光の頬は染まらなかった。その反応をも楽しみながらオリバーが眺めてくるのを光はうんざりと思う。
可笑しな好意を抱かれた。いや、興味か。
なんだ、この世界の人は目が悪いのか。十人並みの容姿である自分に好意を抱いてくる異性など、ほとんどいなかったというのに、こちらの世界では王太子やらマクやら――本気ではないにしろ――言い寄ってくるなど異常だ。なるほど、頭が悪いのだ。
物珍しい存在だ、とお互いにそう思っているなど、それこそお互いに知り得ないことを心中に置きながら微笑み合う。
リーガーとマクはほやほやと緊張感のない笑顔で軽口を交わしていた。
さて、ここからが「わたしの仕事」だ。小さく咳払い一つ。ゆっくり呼吸をして気合いを入れる。
「本題に入る前に一ついいですか?」
光の声に三人は視線を向ける。凛とした少女の双眸には強い意志が灯り、随分と年下の少女に三人の意識は支配された。
薄い唇がゆっくりと動く。
「地球に戻った人はいますか?」
地球。
その言葉にリーガーはひゅっと息を飲み、オリバーは言葉を飲み込んだ一瞬の後に眉を寄せた。
良かった、知っている。
血をそのまま受け継いだ訳ではないだろう。
彼らがこの世界に来て百年は経つと王太子は言った。彼らがどの時代から来たのかはまだ分からないが、戦争に殉じていたという彼らの中には女性がおらず、こちらの世界の女性と子をなしたはずだ。
彼らは何代目になるのか。
知識や思いを伝えられていなかったらどうしようと思っていたが、何も知らぬわけではなさそうだと、光は安堵した。
「カリイ、その話はまだ早い」
これまで聞いたことのない強く厳しい声音のマクに光は薄く笑って見せた。
くつり、とマクを見上げる闇色がいつになく深く、すっと深層を探られるような不快感を覚える。
「ここまで連れてきて頂いた皆さんや夫人には申し訳ないと思うのですが、わたしの目的は彼らとあなたたちとの橋渡しではありません」
見誤ったか、とマクは目を細めた。
いや、違う、そうだった。
反抗する素振りを見せても、最終的にはこちらに都合よく事が進んでいたものだから、少女の本質をすっかりと忘れていたのだ。
この娘は王太子や公爵の都合が良いように動くような娘ではなかった。自分の意志を簡単に曲げるような、其処らに居るような柔な娘ではない。
「わたしはわたしの居るべき世界に帰るだけ」
その双眸には色を無くした男が恐ろしいほどはっきりと映って見えた。