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27/43

3ー3 ダンスを君と

「はい、ここでターン……でしたわ、お姉さま」


軽やかな足運び。

右足を引いてくるりと身を回す、はずが、光は膝から崩れ落ちて少女を見上げていた。

可憐そのものの少女に、にっこりと張り付いている笑みが恐ろしい。


大理石のように艶々とした床はダンスをするためにあつらえてあるはずだが、光は、少なくとも五回はこうして少女を見上げていた。

光を滑らせるために用意されたに違いない。

きっと、例の美貌だけが取り柄の冷血な男が、あいつの為に磨いてやれ、などと命じたに決まっている。ありがた迷惑だ、と一人ごちていると、お姉さま、と頭上から声が落ちてきた。


「わたくし、礼儀作法だのダンスだのは、姉妹の誰より劣っていると自負しておりましたが、お姉さまほど酷くありませんわ」

「だって!わたし一般市民だよ!ダンスなんてフォークダンスも盆踊りも覚えてな」

「口ごたえは結構です」


ぴしゃりと言い切られた。

薄桃の髪を緩く編み上げたミレは、小柄な肢体を腰周りがふわりとしたドレスに身を包んでいる。見た目だけは砂糖菓子のような甘ったるい愛らしさだが、乱と光を宿した双眸からは侍女長より燃えるような強さを感じられた。


「お姉さまに残された時間は僅かです」

「あのね!」

「公爵さまのお誕生日までは20日もございません」

「ミレ!話を!」

「お姉さまは殿下の婚約者候補としてお隣に立たねばなりません。わたくしは、お姉さまにも殿下にもお恥ずかしい思いをして欲しくありませんから、休んでいる暇などございませんよ」

「お、おにぃいい!」

「何語ですのそれ?」


にっこりと笑んだ少女の将来は侍女長以上の鬼だ、間違いない。

ひやりとする床に身を沈めた光の頭上からミレの怒号が飛ぶ。このまま意識が飛ばないかなぁ、などとぼんやり考えながら、光はゆっくりと目を閉じた。


が、子猫よろしく首根っこを掴まれ、少女の細腕に無理矢理引きずられた光は夕飯の時間まで練習をさせられるのであった。

これなら侍女長の行儀見習いのがよっぽど楽だ!と叫んだ光に、それでは明日は侍女長にもお越し頂きますか?と少女は微笑んだ。


鬼だ。侍女長に並ぶ鬼が居るなんて想像だにしなかったのに。

マゾ気質なはずはないのに何故サディストが集まってくるのだ。
















朝には雪崩を起こすほど積み上げられていた書類を、粗方片付け終わったウォークはふっ、と息を吐いて顔を上げた。

本来ならばバライが処理せねばならぬものがほとんどであるが、これは補佐官に任せておけ、と回ってくる。我が領地の処理に含め、王太子の仕事もこなす。常人ならば到底無理であろうが自分ならば不可能ではない。有能だと自負している。

それでも、今日の処理量は多過ぎた。

執務机の端に置かれていた茶は、手付かずのまま何度か入れ直されているが、それでも冷えきっていた。

一口含んで、感じた違和感に眉根を寄せる。

舌はあの娘が入れたものだと思い込んでいたが、むせるような苦味の強い風味は今まで自分が飲んでいた茶だ。

無意識に娘が入れたものを期待していたようで、我がことながら腹が立つ。


「はいりまー…うげぇ」

「……何だその反応は」


ノックも無しに扉を開けられ怪訝に顔を上げれば、顔中に嫌悪を張り付けた少女が盆を持って立っている。

この私を相手によくそのような表情が出来るものだ。


「侍女長が、何度茶を煎れて持たせても気付いてくれないと言ってたから…」


気付かれずに置いてこようと思ってたのに、くっそ、と理解出来ない言葉で毒づく少女。

その内容は理解出来ないが、こちらに毒づいているのであろう。


「殿下の婚約者がそのような悪態を吐くな」

「だ!か!らぁっ!!」

「それはお前が煎れたものか?」

「そう、です、けど?」


手元の盆に視線を落としてこちらに首を傾げて見せる。並々と残ったままのカップを避け、空けた空間に置けと視線だけで指示すると少女はむっつりと不機嫌を露にカップを置いた。


「温かいうちにどうぞお召し上がり下さいませね」


にっこりと笑って見せる。


「不機嫌な顔をしていたほうがよっぽどいい」

「まあ、公爵様ったら!酷いお言葉ですわ」


躾られた形ばかりの笑顔と言葉にうんざりとしながら、温かなカップに口をつけた。柔らかな風味と微かに感じる甘味。

不快ではないが、普段のそれより随分と甘い。


「甘い」

「お疲れの時は甘いものが良いのですよ」

「そうか」


作りきった表情と言葉。

どれだけ嫌味を言おうと涙など浮かべもしない強かな少女。


「つくづく」

「はい?」

「いや。お前ならば、笑顔で悪態を応酬する御婦人方にも引けを取らぬだろうと思ってな」


良かったな、と笑んで見せる。少女は上品に唇を笑みに結び、お褒め頂きありがとうございます、と腰を折った。


「公爵様の嫌味と数々の嫌がらせに耐えた結果でございます」

「お前の面の皮ならば、どれだけ貶められようと安心だ。殿下も安心しておいでだろう」

「まあ嫌ですわ公爵様。わたくしに殿下の正室など勤まりませんと何度も申し上げているではありませんか。公爵様ほどのお方がそのような事もお分かりにならないはずがございませんよね?」

「うむ。まあ、この国に異世界の血を入れる、それもこのような小娘をというのは私もどうかと思うが、殿下が望まれたのだから致し方ない」

「そうです。わたくしのような小娘に王妃など勤まるはずがございません。公爵様が権力を振りかざし、わたくしのような小娘を脅しなどしなければ、わたくしもこのような場所にはおりませんでしょうに」

「気に病むな。きちんと着飾れば、多少は、まぁ何とか見れるようにはなろう」


お互いが言葉を発する度に雷でも落ちたかのように空気をが震えた。

笑顔とは程遠い表情で互いを睨み合う二人を、様子を伺いに来た侍女長はげんなりと肩を落として眺めていた。


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