3ー2 御姉様
お久し振りです。お久し振り過ぎて、いろいろと迷子状態です。
「えっと…」
彼女の真意が読めず、光は困惑を主張するため眉根を寄せて少女を見上げた。
光の前に立ったままの彼女は意思の強い双眸でこちらを見下ろしているが、その奥でゆらりと揺らめく不安げな色を見逃さなかった。
「わたくし、貴女のようになりたいのです!」
「へ?わたしみたい?へ??」
初めての言葉に柄にもなく動揺する。
会うのは二度目。それもほんの僅かな時間であったが、彼女が人を担ぎ上げようとするような娘には見えない。
口を開かなければ可憐な美少女。たおやかに見える外見とは程遠い苛烈な性格だが、感情が表に出る素直さは光が好むところだ。
建前を用意して光に取り入ろうとしているとは思えない。いや、思いたくなかった。
「貴女さまは否定しておられましたが、本当は殿下のお側に仕えるのでしょう」
「いや、だからね?」
「わたくし、力が欲しいのです!貴女のように強くありたいのです!」
「わたし強い?」
「はい!ご自分を隠さない強さ!殿下にも公爵さまにもあの態度!」
「え?そこ?」
「はいっわたくしもどんな身分のお方が相手でも、屈したくないのです!」
ぐっと握った拳をそのままの力強さで光の両手を握りこんでくる。
至近距離に現れた新緑の双眸が宝石のように煌めいていた。
ふ、と小さく息を吐いて光は美少女から視線を落とした。
「分かった。公爵さまに頼んでみる」
「御姉様!」
ミレは強張ったままであった表情を一変させ光に抱き付くと、ありがとうございますと礼を述べた。
きゅっと細い肢体を抱き返した光がにったりと黒い笑みを浮かべた事には気付かずに。
飛んで火に入る夏の虫って古い悪役が使う言葉、自分が使うことになろうとは。
ウォークは薄い唇に指を当てジジェスの言動をじっと観察していた。初めこそは身を竦めていた伯爵だが、次第にこちらをしっかりと見据えてくるようになった。
娘の強い視線は彼譲りか。
口を挟まずにじっと話を聞いていたウォークはゆっくりと頷く。
「片付けは、済んでおります。貴方が危惧するようなことは起きないでしょう」
ゆっくりとカップに口を付ける。喉に流し込まれる苦味の強い茶に眉を潜めてしまうのは、あの少女が煎れる茶に慣れてしまったからか。横の茶菓子にも手を付けた。
「娘は、カリイ様のお」
「お父様!ミレをわたしにくださいっ!」
ノックもなしに扉が開かれた瞬間、常識の通用しない娘が飛び込んできた。ウォークは頭を抱え、伯爵は呆気に取られて少女を見上げている。
「お前は、本当に…」
「公爵は黙ってて!お父様!」
「へ?あ、はい?」
「大事にします!まだ大した稼ぎもありませんが、きっと幸せにしてみせますので黙ってミレをわたしにくださいっ」
「お、御姉様…」
ちょっと待て。何故娘の背後で感激したように瞳を潤ませているのだ。お前たちはそういう趣味か。
ウォークはますます頭を抱えた。
「お前はうちの行儀見習いだ」
「ああそうですね!ではまず侍女長に…」
「あれの主人はわたしだが?!」
思わず声を荒げてしまってからウォークは小さく息を吐いた。この娘にこちらの思惑など通じないのを染々と噛み締める。
「ああ、自分が蚊帳の外だから拗ねてるのですか?」
「…馬鹿を言うな」
「では公爵さま。ミレをわたしの教育係りとして雇って頂けますか?」
教育係りとは。
やれやれと頭を降ってから小さく笑ったウォークは、分かった、と頷いて見せた。
麗らかな陽射しを受け、光はぼんやりと窓の外を見下ろした。
こんな日は洗濯をするものと光は身に叩き込まれており、こんな豪奢な部屋で優雅にお茶をすすっていればもぞもぞと落ち着きもなくなるというもの。
この世界に迷い込んで早半年。
両親が心労で倒れる、なんていう心配はしていない。死体が見つからない限り、あの両親なら「どこかで元気にしているだろう」と安楽的に考えるはずだ。
我が親ながら、とは思えども、我が親だからなぁ、と息を吐いてしまう。
「お姉さま」
ふわりと笑む少女はその見目の儚さとは違い、声音も視線も強い。
「そろそろ練習を再開しましょう」
「は、い」
がくりと項垂れた光は、口の中で小さく、どうしてこうなった、とごちた。