2−9 かくさんが現れた!かくさんはうっかりなキャラの人だった!
ミレが慌てて振り向いてみれば、見覚えのない男女二人組がそこに居た。その堂々とした不法侵入者に眉を寄せる。
「その手を離しなさい」
びしり、と男に指先を向けたのは、自分と変わらない年頃の少女だった。
簡素だが作りのしっかりとしたドレスを身に着けた彼女は、どこか良い屋敷の侍女に見える。
だが、侍女が他所の屋敷に侵入し、顔の知られた伯爵に命令口調で指先を向けるなど。こんな無礼を働くだろうか。
隣に居る男もこの辺りでは見掛けない顔だ。着ている物は上等だが、眠そうな眼差しのせいかどこかの三男坊といった風体をしている。
だが、確かにどこかで見掛けたことがあった。
いつ、どこで?
「だ、だれ?」
「かくさんです!」
ぼんやりしたままの姉がぽつりとこぼした問いに、少女は鼻息荒く言い切った。
「何だそれは」
「あー待って下さいね。今、印籠を出します」
彼女以外の人間が、いんろう?と首を傾げているのを尻目に、彼女は麻袋に手を突っ込んだ。ごそごそとそれを漁る彼女を呆気に取られたまま見詰める。
「あった!」
じゃっじゃじゃーーん!と声を上げて光が取り出したのは銀製のスプーン。それを胸を張って見せ付ける。
「これぞコルト公爵家の薔薇が入ったスプーン!」
「何故そのようなものを…」
いや、さすがに王家の証とか怖くて失敬出来なくて。公爵ならまだ、ねぇ…売ったら高いかな、とか思ってませんよ、ええ。
そう呟く少女の横で呆れたように額を押さえた男。だが、口元は笑みで歪んでいる。
変わった人たちだ。
その二人、いや男を、信じられない、というようにじっと見ていた伯爵の手が震えていた。肩に置かれたままの手からそれが伝わってくる。
伯爵の顔色は蒼白を通り越した紙のような色をしていた。
え?あれ本物?大分変わり者だが、彼女は公爵家縁の人?
では、この窮地も救ってくれるかも知れない。
ミレは混乱しながらも一筋の希望を見付けた。伯爵といえども、王家の血を引く公爵家に手出しは出来ないだろう。
そう思いながら見れば、男からは高貴な雰囲気を感じられる。きっとどこかのお茶会ででも御見掛けしたのだろう。
「で、殿下」
「久しいな、ミルコ」
姉と同時に吐き出した、でんか?いう声は、もうバレた、という光の声に掻き消された。
「な、なぜこのような所に」
「それは俺が聞きたいな」
「そ、それは…」
「貴殿の従兄弟殿がなぁ、貴殿の悪癖に手を焼いていると愚痴を零していたがまさか本当だったとは」
「殿下…その」
なんとか取り繕おうとミレから離れた伯爵が、しどろもどろで視線をさ迷わせている。相手が王太子とはいえ、孫ほどの年齢の男相手にみっともない。
光はちっ、と行儀悪く舌打ちすると伯爵に向かってにっこりと笑んだ。
「ここで悪代官なら、ええい口封じだ、やってしまえぇ!ですよ。さあ、さあどうぞ」
「どうぞではないだろう…」
「あ。わたしは戦力にはなりませんからね?充てにしないでくださいね」
「誰がするか」
王太子と少女のやり取りを唖然と見詰める。王太子相手にこの物言い。一体何者か。王太子の侍女かと思ったがそうではないだろう。
姉妹は顔を見合わせた。
何だかとんでもない事に巻き込まれた気がする。