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断固拒否!  作者:
21/43

2−8 癇癪持ちが現れた!だが、光は出番が無かった…

 ミレ・ジジェスは怒っていた。十五年の生涯で一番と言って良い怒りに苛まれている。

 元来、短気で思った事を直ぐ口にしてしまう彼女は、周囲に癇癪持ちだと思われていたために、これがどれだけのものかと表しても普段通りの反応しか返ってこない。あーはいはい、落ち着いてくださいませお嬢様。美味しいお菓子がございますよ。


 それが彼女の怒りを増長させた。


「信じられない!お父様は一体何を考えておいでなの?!」


 ベッドに枕を投げ付ける。縫い目の隙間から飛び出た羽根を、控えていた侍女は何も言わずに片付けた。

 小さな桃色の唇を噛み締める。ふ、と庭に視線をやると信じられない光景が広がっていた。


「あの好色爺!」

「お嬢様!どこでそのような言葉を…」

「煩いわね!」


 それどころじゃないのよ!

 ミレが叫んで部屋を飛び出すと、背後にはその不作法を咎める声が響いたが当然無視である。構っている余裕などない。

 薄い桃色の髪が揺れるが気にせずに走る。


「これ!行儀の悪い!」

「ごめんなさいおばあさま!」


 杖でゆっくりと歩く祖母が声を上げる。流石にそれには頭を下げたが足は止めない。

 大きな音を立ててテラスへの扉を開けた。


「お姉様から離れなさい!」

「ミレ…」


 すぐ上の姉の腕を掴む男。そいつをきつく睨め付け、ついでに指をさしてやる。品位など知ったことか。

 姉はほっとしたように眉尻を下げた。可哀相なお姉様!わたくしが護って差し上げなくては!


「久しぶりだねミレ嬢」

「ご無礼お許し下さいね、お・じ・さ・ま!」


 ミレの言葉に男は頬を引き攣らせるがそれは一瞬のことだった。直ぐににたりと笑んでくる。


「ちょっと見ない間に綺麗になったね」

「まあ。たくさんの女性を手篭めにしているおじさまに褒められるなんて」


 嬉しいですわ、と作った少女の笑顔は恐ろしいほどに毒々しい。姉ですら小さく悲鳴を上げた。


「そう言えばおじさまは、我が家から行儀見習を受け入れて下さるそうですわね」

「あ、ああ。だから迎えに…」

「お世話になります」


 そう言ってにっこりと笑むと男は間の抜けた声を出した。


「お姉様は嫁ぎ先が決まっておりますの。他所のお屋敷ではなく、そちらで一から教えて頂かなくては」


 ねえ、お姉様。


 妹の笑顔と言葉に、姉は思わず頷いた。


 自分が行儀見習にという話がきてからというもの、妹の機嫌はたいへん酷いものだった。十五にもなって癇癪を起こして、などと両親は困り果てていたくらいだ。


 だが、それはただの癇癪ではない。お姉様はあんな男に許す身体をお持ちなの?!と憤慨した妹に驚いた。

 二つ下の妹はどこから得るのか、知識だけは豊富な耳年増である。まさか、伯爵のいかがわしい噂まで聞き及んでいるとは。

 妹だけはこの話に反対してくれる。

 だが、持つのは古くから続く家柄ばかりのジジェス家。宰相の従兄弟である伯爵相手に拒否することは出来なかった。

 両親もすまないと泣いてくれたが、あの男に目を付けられてはどうすることも出来ない。

 傷物になろうとも家を守らなくてはと、覚悟したはずなのに。

 迎えにきた男と実際顔を合わせてみれば、やはり嫌悪感しか感じない。嫌だ、と言ってしまいたかった。

 だが、妹を代わり差し出すなど出来る訳がない。

 頷いてしまってから顔を青くした。


「駄目よ!貴女はまだ…まだ幼いわ!」

「わたくしもう十五です」


 つんと胸を張る妹は自分よりずっと強く、威厳すら感じられた。


「ミレ嬢が…」


 ふむ、と男は顎髭を弄りながら、少女の全身を舐めるように視線を這わせた。ミレの背筋をぞわぞわと悪寒が広がる。

 気持ち悪い!


「私は君でも構わないよ?」


 そう言って近付いてきたかと思えば、少女の肩を抱き寄せた。

 自分くらいに幼ければ手も出しまい、というミレの考えは甘かった。

 姉はおっとりとした淑女で、身体付きも女らしい。自分といえば、外見はまだ幼く十五にはあまり見られない。伯爵も流石に手を付けないだろうと思っていたのに!

 女だったら何でもいいの?!


「離して!あたしは貴方の妾になるわけじゃないわ!」

「な、なにを言ってるんだ」

「貴方の屋敷に入った娘がどうなるかなんて、子供だって知ってるわ!」


 うろたえる男に更に言ってやる。だが、伯爵は直ぐに気を取り直してにたりと笑んだ。


「私の申し出を断れば、家がどうなるか。分かっていないようだね?」


 その言葉に唇を噛んだ。こうやって、何人の娘を傷物にしたのだろう。

 ミレは我慢の限界だった。


「今すぐこの手を離さないのなら、わたくしが貴方を成敗するわ!」

「おお怖い」


 男は肩を竦めるだけだった。

 女を馬鹿にするんじゃないわよ!


 ミレはドレスに隠し持った護身用のナイフに手を掛けた。


「やめておけ」


 怪我をするぞ、と背後から掛けられた声にミレは驚いた。


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